#15 ON LIVE / 02
カップへ手を伸ばしかけて、まだ顔が大きく映っていることに気づいた。
スタッフを見ると、すぐに二人の画面へ戻してくれる。
「この間、VORANTのところでWIEDRAに会ったわ」
「WIEDRA……?」
ソフィアが首を傾げた。
「若い子よ。動きを覚えるのが得意なの」
「あ、映像見たことあるかも。あの子、VORANTに教わってるんだ?」
「ええ」
――ヴィードラ?
――誰?
――17歳の子だよ
――VORANTまだ人教えてるんだ
――そっちにびっくりした
――RAUSCHも教わってたんだっけ
「そうよ。私も随分怒られたわ」
「昔は?」
「この間もね」
「何したの」
分かっているくせに。そう思ってソフィアを見ると、すでに笑っていた。
――VORANTに教わってどうしてこうなった
――あの炎上のやつ?
――親じゃん
――VORANT生存確認
――勝手に死なすな
「元気だったわよ」
「それで、WIEDRAちゃんがどうしたの?」
「あなたのことも好きみたいよ」
「え、私?」
「私達の配信も見てるって」
「そうなんだ。嬉しい」
ソフィアがカメラへ目を向ける。
「今日も見てたりするかな」
――おーい
――呼ばれてるぞ
――いる?
――普通にここの視聴者だった
――真似するのは技術だけにしてほしい
――中身は真似するなよ
「さっきから失礼ね」
言うと、その手のコメントがさらに増えた。まったく、よく聞いている。
カップを置き、ソフィアへ顔を向ける。
「それより、反対側は?」
「あ、そうだった。ちょっと待って」
ソフィアがブラシを取ったところで、モニターのコメント欄に色のついた帯が現れた。
『WIEDRA ¥500
先日はありがとうございました。
お二人の配信、いつも楽しみにしています。』
「あら」
名前の横にある認証の印まで確かめる。本人ね。
「見てたじゃない」
「WIEDRAちゃん、ありがとう!」
ソフィアがブラシを持ったまま手を振る。
「コメントだけでもよかったのに」
「ちゃんと挨拶してくれる子なのよ」
「イリスも見習いなよ」
――本人www
――いた!!
――話題にされたから出てきたのか
――律儀だな
――500円かわいい
――金額はいいだろ
――手震えながら打ってそう
最後のコメントで、カップを持ち直していた彼女の姿を思い出した。
戦い方の話ならあんなによく喋るのに、ソフィアも好きなのかと聞いただけで、急に言葉が減ってしまった。
ふふ。
今はどんな顔で見ているのかしら。
「この前の話、伝えておいたわよ」
カメラへそう言ってから、ソフィアを見る。
「何の話?」
「あなたにも伝えるって約束したのよ」
――ちゃんと覚えてる
――これは嬉しい
――今スクショ撮ってそう
――お前ら詳しいな
――俺なら撮る
しばらくして、色のついていないコメントが流れた。
――WIEDRA:ありがとうございます。覚えていてくださって嬉しいです
ソフィアが先に見つけて、私の腕を軽く叩く。
短い文章だった。そのくせ、対面で話していた時とあまり変わらない感じがして、少しおかしくなる。
「また会ったら、続きを聞かせてね。私の戦いの話」
「自分の話を聞くの?」
「私よりよく覚えてるんだもの」
「それはそうかもしれないけど」
ソフィアが笑いながら、私の頬へブラシを当てた。そこから先は、いつもの調子だった。
ソフィアが色の違いを説明している横で、私はコメントを読む。
使っている化粧品を聞く人間に、昼食に何を食べたか知りたい人間。
さっき帰ってきて、配信が始まっていたことを今知った人間もいる。
SONNELは明日の朝の番組にも出るらしく、録画を忘れていた、と書いた誰かに別の誰かが放送時間を教えていた。
駅前でSTOSSAを見たというコメントには、どこに立っていたのか聞く人間が集まる。
その隣では、チークの送料について質問が流れている。
読む方も忙しい。
「イリス、聞いてた?」
「聞いてたわよ」
「じゃあ、どれが好き?」
「今塗ったやつ」
「もうちょっと楽しそうに言ってよ」
「楽しんでるわよ」
ソフィアは疑わしそうに私を見てから、小さな鏡を差し出した。
「はい、完成」
顔を左右へ向けてみる。さっきより、確かにいい。
「これ、一つ貰っていい?」
「もちろん」
「ありがとう」
――それが一番参考になる
――買います
――結局何番?
――02
――助かる
――家に同じような色あるのに欲しくなる
スタッフがカメラの横で持ち上げたタブレットには、何かの数字が表示されている。
私が目を細めると、ソフィアもそちらを見た。
「あ、ほんと?」
「何?」
「売れ行き」
「どれくらい?」
ソフィアが身を寄せ、小さな声で教えてくれる。
「あら」
もう一度、手元のケースを見た。
この小さなものが。
「私が塗った色?」
「それが一番出てるって」
「そう」
悪くないわね。
「今、嬉しそうだった」
――何個?
――急に笑ったw
――数字の話だと分かりやすい
――私の一個も入ってる
――買えないけど見てる
――二人の会話だけでも楽しい
「見てくれるだけでも嬉しいよ」
ソフィアが答える。私はケースを閉じ、バッグの上へ置いた。
「私は買ってくれても嬉しいわ」
「それは私も!」
画面の向こうで、コメントがまた速くなった。
予定の時間を二十分ほど過ぎて、ようやく配信を終えた。
ソフィアは最後まで手を振って終了の合図を待ち、スタッフが頷いた途端、背もたれへ身体を預けた。
「喋ったー」
テーブルの上には、開いたままのケースとブラシ、それから空になったカップが二つ。
モニターには、配信終了を惜しむコメントがまだ残っていた。
「WIEDRAちゃん、後でちゃんと見てみよ」
「映像?」
「うん。イリスがそこまで言うんだから、気になるじゃん」
ソフィアはスマートフォンを手に取ると、綴りを確かめながら検索し、画面を何度か指で送った。
「……あ、この子ね」
こちらへ向けられた画面の中で、澪が構えていた。
対面した時より、少し硬い表情をしている。
「そう、その子」
ソフィアは映像を少し見てから、画面の端を押した。
「フォローしとこ」
「また驚くんじゃない?」
「何で?」
「さあ」
あの子、まだ画面を見ているかしら。
配信が終わったと思ったところに、今度はソフィアから通知が来る。
少し見てみたいわね。
「何笑ってるの」
「別に」
バッグを手に取って椅子から立つと、ソフィアも画面を閉じ、こちらを見上げた。
「ご飯どうする?」
「食べて帰りましょう」
「何食べたい?」
そう聞かれて、さっき流れていたコメントを思い出した。
「肉」
「いいね」
随分と簡単に決まった。カメラの横を通り過ぎる時、スタッフに呼び止められた。
「イリスさん、チーク忘れてます」
バッグのあった場所に、小さなケースが一つ残っている。
あら。
戻って手に取ると、ソフィアが笑った。
「本当に使ってよ?」
「使うわよ」
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「…………え?」
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