第3話 推しは終わらない夜の女神
ここは、廃れた宗教施設。
あるアイドルの活動を利用して信者とお布施を集めまくった後、裏の目的とアイドルの本性が判明し、大暴動が起き、大勢の人が犠牲になった。
出てくるエネミーたちはその残党の亡霊やらゾンビやらだ。
そういう設定に、僕がした。
「破ァッ!左にスウェー!からの右ストレートぉぉぉ!!成仏してねッ!!!」
ドゴォンッ!と、✝じぇぃそん✝ちゃんはそんなエネミー達相手に、容赦なく重苦しい打撃音を轟かせていく。
マッチョから繰り出された容赦ない一撃が、厄介前方腕組みファン風エネミーの顔面にクリーンヒットする。
『グァァァァッ!?ボク、キミヲイッパイアイシテササゲタテアゲタノニィィィ……!』
未練たらたらな捨てゼリフを残し、怪異は塵となって消えていった。
僕のかけた回避バフと、✝じぇぃそん✝ちゃんの筋力、そしてめきめきと実戦で培われていく格闘センスの勝利だった。
「ふぅ……!勝ったぁぁぁ!ミスティアちゃん見た!?私、拳でバケモノ倒しちゃった!
やはり✝力✝……✝力✝は全てを解決する!!!」
ガッツポーズを決め、白い歯を輝かせるじぇぃそんちゃん。
見た目はハリウッドのアクション俳優そのものなのに、中身は完全に、初めて敵を倒して大喜びする女の子だ。
「……は、はい。
見事な腕前でした、✝じぇぃそん✝くん」
静かに胸を撫で下ろす。
……危なかった。
夢の中とはいえ、彼女に怪我をされてしまうと、心が痛むから。
だって、この子は僕の命の恩人なのだから。
ーー数年前、僕はひどい不眠症に悩まされていた。
外面が良いけど、裏で嫌なことをしてくる奴らにいじめられてた僕は、今日を何の解決策も見出せずに終えてしまうことが怖くて、またあいつらと顔を合わせないといけない明日が来るのが怖かった。
嫌な夢を見たり、途切れ途切れで目が覚めたり。
焦りと不安で吐き気がするのに、眠気のような気持ち悪さは襲ってくるのに、天井がぐるぐると渦を巻くだけだった。
市販の睡眠導入剤が効かず、精神的に追い詰められていた僕の前に現れたのが、当時ASMR配信者として活動していた✝じぇぃそん✝ちゃんだった。
『こんばんは……今夜も、お疲れ様でした。
上手く眠れなくても、大丈夫ですよ……』
鼓膜を優しく揺らす、柔らかくて暖かな吐息。
雨の音、真綿をもふもふする音、耳かきのしょりしょりする音、そして時々うっかりマイクをぶつけて「あ、痛っ」と照れ笑いする、不器用だけど嘘偽りのない優しさ。
それらの音を聞いた夜、僕は数ヶ月ぶりに、泥のような深い眠りにつくことができたのだ。
彼女の声は、僕の夜を救ってくれた。
だからこそーー彼女がVTuberになり、ネットの悪意、厄介ファンや粘着同業者に晒されそうになっている今、僕は何としてでも彼女を守りたかった。
あの夜くれた救いの恩返しを、この手で……たとえそこが痛々しい自作ゲームの世界であっても、果たすために。
「ねえねえ、ミスティアちゃん?」
回想から引き戻された。
✝じぇぃそん✝ちゃんが、大きな体をかがめて、僕の顔を覗き込んでいる。
「……なんでしょう、✝じぇぃそん✝くん」
「さっきからずっと、私を守るために一生懸命ヒント出してくれるでしょ?
なんだかミスティアちゃん……私を救うために生まれてきてくれたみたいだなって思って」
心臓が跳ね上がった。
無自覚な彼女の言葉が、僕の胸の奥を撃ち抜く。
「……私は、あなたが無事にここから帰れることだけを願っています。
そのためなら、なんだってしますよ」
「ミスティアちゃん……っ!」
✝じぇぃそん✝ちゃんは感動したように目を潤ませると、ごつくて大きな手で、僕の頭を優しくワシャワシャと撫で回し始めた。
「ありがとうねぇ。でもね、ミスティアちゃんだけに苦労はさせないよ!私、こう見えて昔は、癒しを届けるお仕事をしててさ。人の心を落ち着かせるのは得意なんだ!」
「そうなのですか」
「だからね、ミスティアちゃんが怖くなったり疲れたりしたら、私が優しく声かけてあげるからね!」
そう言うと、✝じぇぃそん✝ちゃんは僕の耳元にスッと顔を近づけてきた。
影に覆われ、鼓膜に吹きかかる吐息。
「……ミスティアちゃん、大丈夫だよ……安心してね……」
重低音の効いたイケボ。
でも吐息とイントネーションは完全にあの頃の再現VTRが、耳孔をダイレクトに揺らす。
……っぐはぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!
痺れる!!
キャパオーバー!脳味噌が溶ける!!
男体化した最愛の推しから、超至近距離で叩き込まれる生ASMR、イケボVer.!!
「……ッッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「あれ!?ミスティアちゃん!?顔が真っ赤になって煙出てない!?
あっ、待って、ぐふふ、私のイケボASMR、効きすぎちゃった!?」
あわあわとデカい手を振り回しつつ、こんな僕を見てて面白くなってきたのか、含み笑いをしはじめる✝じぇぃそん✝ちゃん。
気持ち良さと羞恥とで僕は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐え、真っ赤になった顔を袖で隠した。
「だ、ダイジョウブです……!元気になりました……!さあ、次のエリアへ行きましょう……っ!」
「う、うん!よーし、ミスティアちゃんのために、次のバケモノも私の✝力✝で倒しちゃうぞー!」
むん!と、再びサイドチェストのポーズを決める✝じぇぃそん✝ちゃん。
夢だとしても、あまりにも濃密で、愛おしくて、カオスすぎる夜。
「あ、セーブジュエルありましたよ!一旦休んでいきましょう!」
言いながら、考える。
この夢は一体何なんだろうか。
そして……目の前の✝じぇぃそん✝ちゃんが、もし、僕の妄想の具現化じゃないとしたら……?
僕と✝じぇぃそん✝ちゃんの夢が、異次元空間を通って繋がったとしたら?
そんなの、たまらない。
……でも、もし、そうだとしたら。
ここの脱出にあまり時間かけてたら外で飢え死にしちゃう、なんてこともありうる。
笑えないよね。
念のため、サクサク進めよう。
「わーい!さすがミスティアちゃん!じゃあ、ちょっと休んだら、またよろしくねっ」
「……はい」
僕と推しの脱出劇は、まだまだ続くようだった。




