第2話 推しとの冒険をはじめよう
身悶えする僕の眼の前で、✝じぇぃそん✝ちゃんは今日のぶんのゲーム配信を終えた。
後は少しの雑談パートだ。
「ミスティアちゃんマジ可愛い〜!えへへ、仲良くなりたいな!」
そんな言葉を聞いた僕は熱くなる顔を覆って蹲った。
ああ本当にずるいなこの子は。
その言葉は自分に向けてのものではない。
分かっているが、分身として創ったミスティアにそう言われるのは気恥ずかしくて、でも嬉しくてたまらなかった。
その夜も、✝じぇぃそん✝ちゃんとスネークの居る方角を拝んで眠った。
彼女のことを考えながら眠りについたからか、不思議な夢を見た。
画面の向こうで叫んでいたはずの✝じぇぃそん✝ちゃんの顔が、視界全体にぐにゃりと歪んで広がる。
次の瞬間、僕の鼻腔を突いたのは、焦げ臭いコンクリートの匂いと、暗闇の奥から漂う嫌な湿度だった。
「……夢……?明晰夢?」
いやに生々しい夢だった。思わず鼻を覆った時、何かわしゃわしゃした変なものが顎を擦った。
「え?」
ぢっと手を見る。
華奢で、色白で、フリルのついたゴシック調の袖が伸びている。
声も変だ。
ウィスパーボイスとでもいうのか、可憐で透明感のある囁くような女の子の声。
「……はは、なんでもアリかよ」
間違いない。
これは、僕が夜な夜な情念を込めてドットと3Dモデルを打ち込んだ、お助けキャラクター、ミスティアの身体だった。
「……と、言うことは……」
見回すと。
目と鼻の先で、頭を抱えて座り込んでいる、男がいた。
ネタ装備のモヒカン、骨組みのしっかりした、ジェイソン=ステイサムの如き体格。
僕が、✝じぇぃそん✝ちゃんはこういう男キャラ好きだよなぁとクリエイトした、3Dボディー。
「う〜……頭いたい……
えっ!?
待って待って、声が低い!?
ていうか手がデカい!?
体がごつくて目線が高いよおぉぉ!?」
パニックになりながら自分の胸や顔をぺたぺたと触りまくっている。
その声の張り方、立ち振る舞いは、間違いなく✝じぇぃそん✝ちゃん、そのものだった。
……ゲームの中に入り込んじゃった夢に✝じぇぃそん✝ちゃんまで巻き込むって、どんだけ強欲なんだよ、僕!!!
ていうか僕も✝じぇぃそん✝ちゃんも性転換してんじゃねーか!!
脳内でばたばたと暴れながらも、僕は必死に理性を繋ぎ止めた。
……落ち着け。落ち着かないと始まらない。
「僕、いつもスパチャしてるリーキです! これ僕が作ったゲームなんです!」なんて言えない。
夢とは言え、自分がキモすぎて爆死する。
それに、作者だとバレたらこの世界のなにかと✝じぇぃそん✝ちゃんに対して押し付けがましい教訓を与えるセリフやシステムが茶番になってしまう気がした。
……演じきるしかない……!
僕はミスティア。
✝じぇぃそん✝ちゃんを影から助ける、ミステリアスなお助けNPCだ……!
「……大丈夫ですか、✝じぇぃそん✝くん」
ごくり、唾を飲み込み、ウィスパーボイスで話しかける。
✝じぇぃそん✝ちゃんは、ガバッと顔を上げた。
「あ!ミスティアちゃん!ねえねえ、私、別の世界からここに入り込んじゃったみたい!どうしよ……!」
「ええ。ここは危険な世界です。
早く出口を探さなければ……」
メタ発言ともとれる発言をスルーして、ミスティアらしく返答する。
「すごーい、本物だぁ!
……って、感心してる場合じゃないよね!?
私、なんで男の人になっちゃってるの〜!?」
✝じぇぃそん✝ちゃんは自分のデカい手を握ったり開いたり、正拳突きをしたり、「よっ、はっ!」とバック転や横回転までしている。
楽しそうだなオイ。
「すごっ!?
体、めちゃくちゃ軽い!
この人の体って、こんなに力あるんだ!!」
さっきまで配信画面でビビり散らかしていたのが嘘のように、✝じぇぃそん✝ちゃんの目がキラキラと輝き出す。
顔はいかつい男なのに、何故かめちゃくちゃ可愛く見える。
「これなら……これならいけるかも!
ミスティアちゃん!」
「は、はい?」
「今まで、ずっと私を守ってくれてたでしょ?
今度は私がこのおっきい体とパワーで、ミスティアちゃんを守ってあげるからね!」
むんっと胸を張る✝じぇぃそん✝ちゃん。
暑苦しいバルク!
ダブルバイセップス!
ラットスプレッド!
アブドミナルアンドサイ!
サイドチェスト!
そして、とどめの、モスト・マスキュラー!
白い歯がキラリと光る。
ボディビル大会かここは。
「……ぐふっ」
「大丈夫!?」
ツボに入り、蹲ってひぃひぃと横隔膜の痙攣に苦しむ僕を、✝じぇぃそん✝ちゃんは心配して駆け寄ってくれた。
……んんんんん。かわいい……格好いい……
「あ、ありがとう……ございます。でも、油断は禁物です。
この先には『害虫』たちが——」
言いかけたその時。
通路の奥から、ねっとりとした足音が近づいてきた。
『ネェ……ナンデ、ソンナヤツトハナシテルノ……? キミノコトイチバンスキデワカッテルノハ……オレナノニ……』
暗闇から現れたのは、笑顔の仮面を貼り付けた粘着質の異形。現実で✝じぇぃそん✝ちゃんに執着し、勝手にコラボ約束を取り付けようとしていた、厄介自称インフルエンサーモチーフのエネミーだ。
「ひやぁぁぁ!
なんか嫌な感じのエネミー出てきたぁぁ!」
一瞬でビビりモードに戻る✝じぇぃそん✝ちゃん。
しかし、エネミーが僕の方へ狙いを定めて腕を伸ばした瞬間、✝じぇぃそん✝ちゃんはガタガタ震えながらも、僕の前に立ちはだかった。
「ミスティアちゃんには……触らせないんだからッ!」
拳をぎこちなく構える✝じぇぃそん✝ちゃん。
その背中は、頼もしくも、やっぱりどこか危なっかしい。
駄目だ、この子に無茶させちゃ……!
ああ、でもかっこ可愛いなあ……♡
「っ、ありがとうございます……っ、では、私からは、心ばかりのおまじないを……!」
メロつきと心配でぐちゃぐちゃになりながら、僕は、✝じぇぃそん✝ちゃんに回避バフをかけはじめた。
どうせこれは夢だ、好きに暴れてやれ!




