第1話 僕の推しは危なっかしい
画面の中で、世界一かわいい推しがみっともなく叫び声を上げている。
『きゃぁぁぁぁぁ!やだやだやだ!来ないでぇぇぇ! なんかしつこい影が『好き好き大好き♡愛してるって言わなきゃ●す♡』とか言いながら追ってくるよおぉぉぉ!!』
モニターの中で逃げ回るアバターを見ながら、僕は両腕を抱えて身悶えしていた。
画面の右上に映るVTuber、✝じぇぃそん✝ちゃんの3Dモデルは、大汗をかくエフェクトを散らしながらアバターを走らせている。
ああ、未だに夢みたいだ、あの✝じぇぃそん✝ちゃんが僕の作ったホラゲーをプレイしてくれてるなんて!
◆
話は数ヶ月前にさかのぼる。
僕の推し配信者の✝じぇぃそん✝ちゃんは、頑張り屋だがとにかくうっかり者で、人を疑うのが苦手なVTuberだ。
その純粋さも彼女の最大の魅力なのだが、ネットの海という悪意の坩堝においては致命的な欠陥でもあった。
住所も、本名である時村珠璃(ときむらじゅり→J村→HNじぇぃそん)も、出身校も、特定班が仕事する間もなく明らかになってしまった。
なので現在じぇぃそんちゃんの周りは正体を隠した過保護スネークがひっそりと固めており、彼女には内緒で相互監視状態を保っている。
特定班とスネークが心配するレベルって相当だぞ。
彼女に近付くのはヤバイ奴か僕みたいな心配性が圧倒的に多い。
特に問題なのは……距離感を致命的にバグらせた粘着質な厄介ファン。
善人の皮を被って彼女の知名度を利用しようとする同業者。
根も葉もない噂で叩いてくるアンチ。
正直言って全員居なくなってほしい。
行き過ぎたファンはアンチと同レベル、どころか下手するともっとやばいのだから。
なので僕はそいつらを本アカでは全員ブロックしてサブ垢で監視してる。
✝じぇぃそん✝ちゃんは守護らなければならない天使だ。
顔の半分ジェイソンみたいなホッケーマスクで覆ってるし、そっち側の髪の毛剃り上げてて世紀末みたいなアバターにしてるけど、もう片方は喜怒哀楽が激しい可愛い顔を惜しげもなく晒す、愛おしくて危なっかしい娘だ。
だけど。
いちファンでしかない僕が「あいつらは怪しいから気をつけて!」とコメントしたところで、✝じぇぃそん✝ちゃんは「みんな私のことを思って言ってくれてるんだよ〜」とふにゃりと笑うだけ。
そのたびに僕は胃を痛め、アドバイス欲とやり場のないフラストレーションを溜め込んでいた。
だから、作ったのだ。
現実では言えない……ならばゲームの中で叩き潰してやる!と、決意した僕は、ドロドロしたストレスと、ほんの少しの、絶対に届くはずのない✝じぇぃそん✝ちゃんへ捧げる教訓を込めたインディーズボラーゲームを作ってやった。
主人公の名前は『デーデデ=フォルト』。
性格は、✝じぇぃそん✝ちゃんの、うっかり・お人好しな一面を極端にデフォルメしたキャラクターにした。
男女どちらのアバターにもできるようにして、男なら力、女なら器用さのスキルにボーナスがつくようにした。
そして襲い来るエネミーは、僕の脳内で害虫認定した奴ら。執着を吐き散らかしながら追ってくる影、笑顔で近づいてハサミを突き立ててくるような構ってちゃんの怪異……。
そしてさらに、僕の欲望を詰め込んだ……序盤闇雲に逃げ回るしかない主人公をそれとなく導き、時に身を挺して罠から庇うお助けキャラクター、『ミスティア』。
それは、現実で彼女を守れない僕、霧谷自身を女体化して投影した、尽くしたがりな少女の姿だった。
このゲーム。
フリーゲーム配信サイトの片隅に、趣味の作品としてひっそり放流し、自分の中で昇華させて終わるはずだった。
そう、あの時までは。
◆
『みんな〜!今日はフリーゲーム配信だよっ!なんかね、フリーゲームで『悪意の網』っていうのを見つけてね?主人公のデフォルトネームがまず面白いの!絶対この作者さんボーボボ好きでしょ!』
配信が始まった瞬間、僕の心臓は跳ね上がり、血の気が引いた。
「嘘だろ……なんで数あるゲームからそれを選ぶんだよ✝じぇぃそん✝ちゃん!!」
コメント欄はすでに大盛り上がりだ。
『デーデデwwww』
『名前のクセがすごい』
『J村ちゃんホラゲー大丈夫か?』
『男キャラで行ってみる!
私は……✝力✝が欲しいから……!』
『中二病で草』
画面の中の✝じぇぃそん✝ちゃんは、僕の思惑通り、序盤に配置した、厄介ファン風モンスターに翻弄されていた。
『うわぁぁん!この影、しつこいよ〜!「僕のこと見えてるんでしょ?なんで?構ってくれないのはなんで?」って言ってくる!立ち止まって構おうとすると殴ってくる〜!』
『じぇいちゃん逃げて!それ説得不可!』
『じぇの厄介ファンに似とるやん草』
チャット欄の爆笑を余所に、僕は手汗を拭い、キーボードを叩く。
『左のロッカーに隠れて!!あと現実でもそういうしつこい輩からは即逃げて!!話通じると思わないで!!!』
『あっ!リーキさんアドバイスありがと〜!
え、左のロッカー!?了解っ!』
ぎりぎりのところで影をやり過ごした✝じぇぃそん✝ちゃんが、画面内で胸を撫で下ろす。
よかった、助かった……と安堵したのも束の間、次のエリアで彼女の眼前に、柔らかい光を纏ったお助けキャラの少女が現れた。
そう、ミスティアである。
『なんかまたやばそうなの出た』
『こいつは信頼していいのか?』
『え、可愛い〜!君もここに閉じ込められてるの?』
✝じぇぃそん✝ちゃんがゲーム内の少女に近づく。
直後。その少女のセリフ欄に表示されたのは、僕が先日クククと笑いながらしたためたメッセージだった。
『はじめまして。君の名前は?……そう。✝じぇぃそん✝くん……っていうの。ありがとう。でも、こんな簡単に名前教えちゃ駄目だよ。あと、甘い言葉で近づいてくる人を簡単に信じないで。みんなが君の味方じゃないんだよ。……ワタシは、ミスティア。危なっかしい君を助けに来たの』
僕は頭を抱えた。
き、キモい……!
自分の妄想と教訓が、世界中に、そして何より大好きな本人にリアルタイムで読まれている!!
恥ずかしさで死にそう!!
でも、✝じぇぃそん✝ちゃんはぽつりと呟いた。
『……やさしいなぁ……。
ふふ、みんなみたい。
私、ドジだからよく失敗しちゃうし、みんなに心配かけてばっかりだけど……このミスティアちゃんみたいに、私のために色々教えてくれるみんなが居るんだよね。
みんな、大好きだよ♡』
「✝じぇぃそん✝ちゃん……」
嬉しいけど『みんな』と無差別攻撃するのは良くない。
ファンのハートにダイレクトアタックだ。
あと『大好き』を軽率に言うのも良くないよ。
『よしっ!ミスティアちゃんの言う通り、怪しい道には行かないぞ〜!
✝じぇぃそん✝、慎重に進むよ!』
そう言って、✝じぇぃそん✝ちゃんは意気揚々とまた操作を再開したが……次の瞬間、明らかなトラップに騙され、豪快にゲームオーバーの音を響かせた。
『んぎゃああああぁぁぁぁ!?騙されたぁぁぁ!!』
コメント欄は大爆笑の渦。
僕は呆れと、愛おしさと、やっぱり込み上げてくる心配で、思わずクスッと笑ってしまった。
僕の痛すぎる情念から生まれたこのホラゲーが、彼女にとって、良いものになるかはまだわからない。
でも、画面の向こうで叫ぶ彼女のために、僕は祈る。
ありがとう。
このゲームをどうか、楽しんでくれ。




