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ディナータイム

 グレイが追及を躱し、一連の遊びに満足したライツが昼寝をしている間に、すっかり空は夜の色に変わっていた。

 時刻は七時三〇分。案の定、ライツが目をこすりながら言った。


「ねぇ、夕飯どうするー?」


 三等客室及び自由席の客は食堂を利用できない。それはつまりディナーもドーナツ一択であることを意味している。

 昼をドーナツ二個で済ませたグレイは正直空腹だったが、これから先も砂糖と油の輪を胃に流し込む未来を想像すると、食堂車手前のレジへ向かう気力は湧かなかった。


「私が買ってきましょうか? 夜限定のメニューもあるかもしれませんし」

「あーうん……そう、そうだね」


 夕食もドーナツという事態に前向きなのはクロフォードだけで、普通の10代女子並みに甘い物好きのライツでさえノリ気ではない。

 手持ち無沙汰にオイルライターを鳴らしていたグレイが立ち上がった。


「ま、行くだけ行ってみるか。チキンサンドくらいあるかもしれん」

「うーん、イーサンがそう言うなら」


 何も食べないのもそれはそれでストレスである。一行はクロフォードを先頭に食堂車を目指す。

 食堂車は二等客室と三等客室の間に位置している。

 後方にはテイクアウト用のレジがあり、等級の異なる客同士が混ざらないよう、鍵付きの木製のスライドドアで区切られていた。グレイ達は後方からアクセスできる。


 ドアについている小さな窓の向こうに見えるのは、白いクロスをかけたテーブルと暖色の控えめな照明。スーツ姿の中年客や、身なりの良い老夫婦がグラスを傾け、皿の上にはローストチキンやロブスタービスク、コブサラダが並んでいる。デザートはニューリード名物のチーズケーキとなっていて、高級ではないものの、旅の特別感を控えめに演出するメニューになっている。

 結局、昼間と変わらないドーナツのメニュー看板を確認し、グレイが資本主義格差について暗澹たる気持ちでショーガラスの中のドーナツを眺めていると、


「グレイさん!」


 後方から声をかけられた。


「おぉ、メルヴィン」


 顔を向けた先にいたのは、サンダースだった。相変わらずカメラを持ってそこに立っていた。


「ディナーですか?」

「まぁな、メニューはデザートって感じだけど」

「はは、ドーナツは合衆国(ステイツ)の立派な食事ですよ。とはいえ、確かに夕食にドーナツは少し寂しいですね——」


 続く言葉に、グレイは天を仰ぎ、涙を滲ませることとなる。


「よろしければ、食堂でご一緒しませんか? 生意気なんですが二等客室を取っていまして、あ、勿論お連れ様も」

「君のような友人を持てた幸せを、神に感謝するよ!」


 グレイは一も二もなく、サンダースを抱きしめた。


 ×××


 夕食の救世主・サンダースの御業により、一行はまともな食事にありつくことができた。

 テーブルに並んだのは、シチューとサラダ、ソーセージと付け合わせのザワークラウト。そして控えめなステーキ。

 車がスクラップになって死にかけた慰めには少々足りないが、腹を満たすには十分な内容だった。


「へぇ! ライツ社のご令嬢ですか! それはすごいですね、僕もいつかライツの車に乗ってみたいと常々思っていたんですよ! ま、記者の給料じゃ厳しいですけどね、あはは」

「ウチもファミリー向けの生産ラインを拡大中だから、そのうちお手頃価格で出るよ。排ガス規制法で強力なマシンは売れなくなったからね」


 短くそれぞれの紹介を済ませると、サンダースは早速ライツに食いついた。


「大人が三人いて、話題を一人で持っていくティーンエイジャー……私、危機感を覚えます」

「ホミアのおすすめドーナツショップランキングでも教えてやれ。俺は聞いてやる」

「馬鹿にしてますよね」


 ザワークラウトをフォークですくうクロフォードはどこか自信なさげだ。


 しかし、


「あ、それ気になります。僕もドーナツ大好きなんです!」

「……ごほん! それでは私が見つけたドーナツ情報を。10分署から3ブロック先の角に、生地にフレーバーを練り込んだ甘さ控えめの逸品がありまして、マッチャなる東洋の——」


 サンダースは見た目に反して社交的な青年で、記者と聞いて顔が強張ったクロフォードとも打ち解けつつあった。元々人懐っこいライツは言わずもがなだ。


 グレイは若者たちのとりとめのない話に目を細めて、ステーキを口に運ぶ。


 真っ黒だった車窓の景色に光点が増えてきた。南東の都市パットビルが近い。


 何とはなしに、食堂を見渡す。

 車内スピーカーが二〇分ほどで到着すると知らせた。食堂にいる客達は寝台席を取っている為、慌てて降車準備をする者はいなかった。皆、アナウンスが聞こえていないように食事と会話を続けている。


 その食堂の端、二等客室側の入り口付近の席。

 ベールで顔を覆った喪服姿の妙齢の女が、一人で座っていた。

 黒いドレスに黒い手袋。

 白地に金の模様の壺に手を添え、ナイフとフォークを整然と揃えたまま、じっと窓の外を見つめている。

 食堂の喧騒から切り離されたような、その異様な静けさと古風な衣装に、グレイは一瞬だけ視線を留めた。


(暗い女は好きだけど、流石にそんな雰囲気でもねぇな)


 無粋にも彼女に絡む酔客が現れた場合には、誰よりも速く駆け付けようと固く決意し、グレイは食事に戻る。


 話題が一段落したところで、サンダースが思い出したように言った。


「そういえば、知ってます? ハーネリアの王女の訪問」

「え、えぇ、とても美人なプリンセスですよね。どのニュース番組でもその特集を組んでいますよ」

「今、合衆国を公式訪問中で、いろんな州を回っているそうですが、最後はニューリードの式典に参加するみたいですよ」

「へー、ソラタ州には来ないんですよね。まぁ来たら来たで我々警官が総動員されるんですけど。一度くらいはプリンセスを生で見てみたいですね」


 ライツは曖昧な顔で黙ったまま。

 受け答えするクロフォードもチラチラとライツを見ている。


「フリスカ王女がホミアみたいな治安の悪ぃ場所に行くかよ。どうせ博物館の見学とかボランティア施設の訪問とかで超過密スケジュールだろうぜ」

「残念ですよね、話題性は抜群なのに……。あー何かのタイミングで写真撮れないかなー」

「新聞に載る写真は取材を許可された記者が撮るんだろ? 撮影してどうする」

「ファンなんですよ!」

「あ、そう……」


 サンダースが宣言するとテーブルに沈黙が下りた。

 ライツも怪訝な顔をしてオレンジジュースを口に含んだ。

 フリスカ王女は一六歳。ライツと同い歳なのだ。


「これは……事案でしょうか」


 言って、グレイとクロフォードは笑ってソーダ水に口を付ける。

 半ば冗談とはいえ、あらぬ誤解を受けたサンダースが慌てて釈明しようとした、


 ——まさにその最中だった。


「ち、違いますよ! 僕は別に変な目で見てなんかいませんっ! ただ単純に王女とひう神秘性と彼女の人間性を、そ、尊敬ひている……だけ……で、やまひいきもひ、はな……——」


 力の無い声になったサンダースはワインの入ったグラスを倒した。

 真っ白なクロスに赤黒いシミが広がり、そして、


 サンダースは力なくテーブルに突っ伏した。


「お、おい……どうした」


 近くで、甲高い金属音が響いた。

 振り向くと、隣のテーブルの男が椅子ごと倒れ込んでいた。ナイフが指先から滑り落ちたらしい。

 困惑するより先に、異変は連鎖した。

 ワインを飲んでいた老人が前のめりに崩れ、笑っていた女性が椅子から滑り落ちる。一瞬上がった悲鳴がすぐに静まり、力を失ったように倒れていく。


 一人、また一人。

 糸を切られた操り人形のごとく、次々と倒れていく。


「な、何ですかこれ⁉」


 クロフォードが訳が分からないといった様子で立ち上がり、辺りを見回す。

 人が倒れ、皿が割れ、金属音が跳ねる。そんな光景が瞬く間に食堂中に広がった。


「ダリアさんっ!」


 クロフォードがライツに向き直った瞬間、彼女の身体がゆっくりと崩れた。

 オレンジジュースのグラスが転がり、床で砕ける。

 クロフォードはライツの首筋に指を押し当て、脈を確認し、顔を近づける。


「い、息はあります! 苦しむ様子はありませんし、眠っているみたいです……」

「サンダースもだ。多分、乗客全員同じだ」


 食堂車に満ちていたざわめきが、嘘のように消えた。


「一体、何が起こったのでしょう……一斉に気を失うなんて普通じゃないですよ」


 怯えを含んだ声色ながら、クロフォードは昏倒した乗客の様子を見て回る。うつ伏せになったり身体を捻って倒れた人達の姿勢を直していく。

 おかげでグレイも冷静さを失わずに済んだ。

 嫌なイメージが広がる。可能性の一つに過ぎないが、動かなければならない。


「窓を開けるぞ! あんまり呼吸すんなよ!」


 グレイはテーブル上のナプキンを掴んでクロフォードに投げた。電車窓のロックを外して持ち上げる。


「換気だ、ガスかもしれねぇ!」


 クロフォードは素早く反応し、手分けして食堂車の窓を開けていく。

 街中に入りつつある列車は速度を落としていた。強烈に吹き込む風があっという間に車内の空気を入れ替える。


(変わった匂いは感じなかった。ざっと20人以上が意識を失った? しかも俺たちだけは無事ときてる。調理用のガスが漏れたとも思えないが……)


 全ての窓を開け放ち、テーブルに戻った二人は肩を上下させて向き合った。


「それで……どうしましょう」

「とりあえず、駅員に知らせるか。列車給仕も倒れちまったし、この事態を伝えなきゃな」

「私が行きます。ダリアさんをお願いします」


 そう言って、クロフォードが一歩踏み出した時。


「あ、あれ」


 ぐわん、と彼女の身体が揺れ、貧血でも起こしたようにイスに倒れ込んだ。


「おい大丈夫か⁉」


 駆け寄って身を屈め、クロフォードの肩を抱く。

 唇の色はピンクで、呼吸、瞳孔共に正常。脈にも異常はない。


「な、何か……急に眠たい、れす……」


 目がトロンとして、口が半開きになっていく。言葉通り酷く眠そうだった。


「クソ! やっぱり何かのガスか⁉ おいおい寝るな寝るな! これは何らかの工作だ! 攻撃されてんだよ、俺たち!」


 瞬間、


「そうだ」


 二人の身体に影が落ちる。

 何かが、誰かが、背後にいる。


「それで、何故お前は眠らない?」

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