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ドーナツタイム

 時刻は午後一時。大きなトラブルに見舞われた為、後回しになっていたが、ここで一行は昼食を摂ることに決めた。だが、この列車には食堂車があるのに「三等客室の乗客は利用できません」、と不愛想な列車給仕に断られてしまった。


「うー、目の前にご飯があるのに!」

「混雑を避ける為でしょうから仕方ありません。軽食やスナックのテイクアウトなら私たちでも利用できるみたいですから、そちらにしましょうか」

「軽食つってもケーキとドーナツ、アップルパイじゃねぇか。甘い物だけじゃ昼飯にならないだろ」

「は? こんなに高カロリーなんですから、なるに決まってるでしょう」

「カロリーだけ見りゃそうだろうけど——って、おい! 払いは俺なのに俺の意見は無視⁉」


 ぼやくグレイを無視して女チームは注文し始める。

 若い女性らしくキャッキャとデザートを選ぶ二人の横顔を見て、手足の力が抜けた。


(まぁ、喜んでるなら別にいいか)


 いよいよ家族サービスする父親じみてきたグレイは結局、二人に付き合うことして注文を任せた——。

 そして、客室に戻ったグレイは低い声で。


「正気かこれ? 五歳女児の夢の世界?」


 空席の寝台に大量の箱入りドーナツが置かれていた。それはもうドーナツの見本市ごとく。

 ベーシックなリング状はもちろん、ねじれたもの、平たい球体、山盛りのフルーツ、ジャムに生クリーム、粉砂糖にシナモン。どれか一箱でも昼飯として成立しそうな量である。


「んー美味ひい! カスタードのフィリングドーナツに酸味の強いイチゴジャムの組み合わせが最高! 味のコントラストでいくらでも食べられそうです!」

「こっちのグレーズドはチョコスプリンクルに埋もれるくらい! あ、中にバターがそのまま入ってる! 悪魔じゃんこんなの!」


 致死量の魔改造ドーナツを嬉々として貪る女子達。

 グレイはシンプルなオールドファッション一つとカリカリベーコンが乗った甘じょっぱいリングを一つ食べたところでギブアップ。胃に優しい薄めのコーヒーを舐めつつ、魔法みたいに消えていくドーナツの山を眺める。


「よく食うなぁ」

「ドーナツは友達との思い出の味だからね」


 口の端に付いた砂糖を舐めながらライツが答えた。


「思い出?」

「うん……さっき言ったお姫様。中等部のたった一年間だけの付き合いだったけど」

「お姫様ってお金持ちの比喩ですか?」

「違うよ、ハーネリア王室の王位継承順位一位、正真正銘のプリンセスだよ」

「えぇ⁉ それって今合衆国に訪問中のフリスカ王女じゃないですか! そんな人とお友達なんですか⁉」

「まぁね、正確に言うと元・友達だけど」


 ドーナツに視線を落とすライツ。

 中途半端に言葉を切るのは天然で快活な彼女らしくない仕草だ。続きを話したいから構いなさいよ、という面倒な雰囲気を醸していた。

 スルーするわけにもいかない。


「ケンカでもしたか?」

「うん、すんごく些細な原因。遊びの誘いを私が断ったの」

「付き合いの良い悪いはティーンエイジャーにとっては重要ですからね」

「その時は二年の学年末テストが近くてね、普段からサボりまくってたせいで良い点取らなきゃママに外出禁止にされそうだったんだよね。だから遊ぶのは控えて勉強に集中してた時期だったんだ」


 そんな状況でフリスカ王女はいつものように遊びの提案をしたらしい。


「ついイライラしちゃってね、口喧嘩になっちゃった……。本当にバカだよ、外出禁止が何だよって感じ。フリスカと遊ぶ最後のチャンスだったのに」

「最後、ですか?」

「その試験が終わったらフリスカは母国に帰らなきゃいけなかったの。今は分かるよ? フリスカも辛かったから私に帰国することを言えなかったんだと思う。でも当時の私は自分のことばっかりで、後に引けなくて……意地張ってごめんの一言が言えなかった」

「それでそのまま物別れになってしまった、と……それは悲しいですね」

「お付きの人を撒いてよくドーナツ食べに行ったなぁ、だからドーナツは思い出の味」


 ライツはその歳の女子には似合わない遠い目をした。

 痛々しくはなく、辛そうでもない。ただ、寂しそうだ、とグレイは思った。


 きっと後悔しない人間なんていない。

 ああしておけばよかった、なんであんなことしてしまったんだろう、と程度に違いはあれど、どんな人間でも後悔の一つや二つはあるものだ。


 ライツにとっての後悔、それはフリスカ王女との友情がひび割れてしまったこと。些細なすれ違いが修復の機会を与えられぬまま二人を分かつことになった。


 だが、


「生きていれば再会のチャンスはあるさ、いつかまた一緒にドーナツが食えると良いな」

「うん、そうだね……、あ、ほら食べよ食べよ! 急に思い出しちゃったから言ってみたくなっただけ! ありがとうね!」


 そう、チャンスは必ずある。

 拭えぬ後悔だと決めつけて肩を落とすには全然早すぎる。彼女たちは全然取り返しがつくのだから。


「……」


 グレイは、亜麻色の髪を後ろでまとめたクロフォードが再びドーナツを頬張るのを見た。


 ×××


「ドーナツが大好きなお巡りって、イメージ通りだねぇ」


 初めのうちは、クロフォードが何個食べたか数えていたのだが、六個入りひと箱をペロリと平らげて以後は、感心を超越し、うっすら恐怖を覚えたので数えるのを止めた。

 外に見える景色に建物が増えてきた。いくつかの大きな湖が点在する田舎町であり、合衆国有数の釣りの名所として知られる。夏には大規模なBBQフェスが開催され、多くの観光客で賑BBQ

 しかし、この特急列車がそんな田舎駅に止まるはずもなく、町を通過していく。これは旅であって旅行(レジャー)ではないのだ。ライツをニューリードへ送るのが最優先である。

 と、そこで、


「イーサンはタフだよね」


 ショートパンツから伸びる生足をばたつかせながらライツが言い出した。


「愚痴っぽいけど本気で怒ってるわけじゃないし、ドーナツも奢ってくれるし、車がペシャンコでもそんなに慌ててないよね。それに、私は気絶してたけど車の窓を素手で叩き割ったんでしょ? それで何ともないってタフだよね」

「ふふ、今更気づいたかね小娘。そうだよぉ? 合衆国広しと言えども、俺ほどタフな男はそういないだろうねぇ。そんでもってセクシーでホットな探偵まで付け加えたら、それはもう俺ぐらいなもんだ」


 ぴゅう~、と絶妙のタイミングでライツが口笛を吹くのが心地よい。グレイは高笑いを上げた。


「ドーナツ二つで降参する男のどこがタフなんですか。まぁ、頑丈なのは認めますが……本当に大丈夫なんです? アドレナリンが切れて拳が痛むとかないんですか?」

「鍛え方が違う、俺くらいタフだとあれくらいの傷なんてアクビしてる間に塞がるのさ」


 グレイが尊大に言うと、ドーナツを片手に持ったクロフォードが身を乗り出して、グレイの右手に顔を近づけた。


「……本当に塞がっていますね。どんな体質ですか」

 クロフォードが呆れたように呟くと、ライツは何か思い出したように声のトーンを一つ上げた。

「それって『体質特性』って奴なんじゃない?」


 その単語が発せられた瞬間、誰にも分からないほど小さく、グレイの眉が動いた。


「何ですそれ?」

「限られた人だけが持つ超能力みたいなもので、軍の情報部が研究してるらしいよ。能力を持ってたり、その素質がある兵士は裏記録の『体質特性』って項目に記録されてるらしい……ま、都市伝説だけどねー」

「詳しいですね、そういうの好きなんですか?」

「たまにねー、色んな本読むからその中に怪しい噂もあるってだけ。それに、実はアタシもそうなんじゃないかなーって体質があるから」


 ライツはこめかみを指でトントンしつつ続ける。


「昔から勘が良いんだよね~、スポーツも勉強もすぐに上手くなっちゃうしぃ、直感っていうのかな、何となく分かっちゃうんだ。記憶力も良いよ」

「うわぁ、世の中チョロいって思ってそう。つーか、それは単に要領が良いだけじゃね」

「そ、それはすごいですね。では、ちなみに……私がドーナツをいくつ食べたか分かりますか?」

「どんな確かめ方」

「一四個だね、イチゴジャムがけカスタードフィリングとグレーズド二個、次にダブルチョコフロステッドいってー、メープルフロステッドを食べてた。んでその次にシナモンとサワークリームでオレンジトッピングのクラウンドーナツを——」

「も、もう結構です、この娘、本物の能力者です! 食べた順番までピタリですよ!」

「食い過ぎだ、どんな胃袋してんだ」


 ドーナツ女はさておくとしても、言い当てたのが事実ならば確かに『体質特性』と言えるかもしれない。もっとも、ただ数えていただけかもしれないが。


「イーサンの頑丈さもきっと体質特性だと思うんだ、どう? 当たってる?」

「当たってるも何も、俺は軍の裏記録とやらを覗けないしな」

「じゃあ、他にそういう人見たことある? 手から炎出したり、念力で物を動かせたりする人!」

「ねぇよ。つーか体質特性ってのは人間の能力の延長にすぎない。普通の人より代謝がよかったり、色を細かく見分けられたりな、ちょっと変わった体質ってだけのことだ。だからコミックマニアのガキが憧れるようなスーパーパワーはねぇよ」


 言って、グレイはしまった、と唇を噛んだ。

 ガバッと立ち上がったライツの赤いシャツが目の前に。


「詳しいじゃん! え、え、何で何で⁉ イーサンって実は軍秘密部隊の精鋭? あるいは総合情報局(SIA)の工作員? もしかして潜入中の外国のスパイだったり⁉」


 輝く瞳が覗き込んできた。


「いや、張り込みの暇つぶしでゴシップ誌をよく読むから。それに色んな会話の引き出しがあった方がターゲットに接触しやすくてだな」

「ターゲット⁉ それって暗殺のターゲットってこと⁉ ねーねーコリン。きっとイーサンは大きな使命を帯びているんだよ、だから音の出ない拳銃でプシュッと誰かを殺っちゃっても許してあげて!」


 過熱するライツはグレイを庇うように立ち上がって両手を広げる。


「何を勝手にヒートアップしてくれちゃってんの、拳銃なんて持ってねぇよ」

「大丈夫イーサン。私、ヒーローの足を引っ張るヒロインにイライラするタイプ。物分かり良い方だし良い相棒になれるよ。あと可愛い!」

「マッジでマイペース! 人の話聞けガキ!」

「特殊部隊だろうが工作員だろうが、私の目の前の事件でしたら即座に現行犯逮捕です」

「ややこしくなるからお前は黙ってドーナツ食っとけ!」


 グレイは自己弁護にかなりの時間を要した。ライツの父がこの疑いを耳にして、総合情報局(SIA)にたれ込まないよう切に祈るばかりである。ケチな探偵一人の為に動員される職員が気の毒でいたたまれない。

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