コリン・クロフォード
車を失った一行は、飛行機に間に合わないことが確定した。タクシーを拾おうにも一度広い道に出る必要があり、やはり出発時刻に間に合わせるのは現実的ではない。
大事故の衝撃から1分後。
グレイは状況整理の為、緑のワゴンの男に話を聞くことに。
本心では一刻も早く移動を再開したかったが、警察官として事故現場を放っておけないとクロフォードが主張して聞かなかったのである。
「お、おお、俺じゃないんだ! 後ろのトラックに追突されて、そ、それで!」
「分かってる分かってる。おたくのせいじゃないってのは状況見たら分かるから」
緑のワゴンの運転手が声を上ずらせ、人差し指で何度も車を指し示す。
事実、彼が悪いのではない。彼の車のトランクが大きく損壊しているのを見れば一目瞭然だ。それにトラックの存在はグレイも気が付いていた。
「俺達はぶつけられた後もどんどん押されたんだけど、それもトラックが?」
「あ、ああそうなんだ! ブレーキを踏んだけどトラックの馬力に負けて、それで……ハンドルを切ろうにもあんたと挟まれちまって、どうすることもできなかった……」
「それで、そのトラックは?」
「分からない、多分Uターンしたと思うが……」
緑のワゴンの男が事故現場を呆然と見る、グレイも同じ方向を見て息を吐く。黒煙が立ち上っていた。
生活必需品の車がお亡くなりになったこともショックだが、何よりもダリアをニューリードへ送り届ける難易度が倍増したことがグレイを追い詰める。
期日は2日後。旅行シーズンとあって3枚の航空券を確保するのにもかなりの労力を要した。これから週末に突入する今になって改めて手に入れるのは不可能。となれば陸路しかない訳だが。
「ああ、なんて日だ! 浮かれたホリデーシーズンのホミアで20連勤してるだけでも悲劇なのに、こんな事故にまで巻き込まれるなんて!」
「落ち着けよ。あのネェちゃんは警官だから安心しろ」
「け、警官⁉ するとあんたもそうなのか⁉ なんてこった! 警察の車に突っ込んじまった!」
「そうじゃねぇけど——ああもうっ、めんどくせぇ! こんなことやってる場合じゃないって!」
男が涙目になるが、グレイも泣きたい気持ちでいっぱいだった。
と、そこへ通報の為、近隣住民に電話を借りに走ったクロフォードが戻って来た。
「無事に通報できました。到着まで7、8分かかると思います。……それと、玉突き事故の原因と思われる中型トラックですが、その後ろの運転手が『無理やりUターンして走り去るのを見た』と言っていますね。ほら、あそこの家のゴミ箱を撥ねながら逃走したようです」
近くの歩道にゴミが散乱していた。玄関前のタイルにタイヤの痕がハッキリ残っていた。
「ぶつけてパニックにでも陥ったかな。よし、ご苦労」
「——って、何で私があなたの補佐みたいになってるんですか! もういいです、黙っていてください。私はやるべきことをやりますから。お名前とご住所を教えてくれますか?」
クロフォードは、ちゃっかり回収していたハンドバッグから取り出したメモ帳とペンで緑のワゴンの男の聴取を始めた。
「んなことしてる時間はない。俺達が今やるべきことは事故の処理じゃなくてニューリードへ向かうこと。すぐ出るぞ」
クロフォードが信じられないものを見たような顔をした。
「この大事故を放ったらかして行くと⁉ そんなこと許されるわけないじゃないですか!」
「一番の被害者の俺がとりあえずいいって言ってんだ。それに面倒な手続きを半日かけてやる時間はねぇんだよ、飛行機が無理なら鉄道で行ってやる」
「そんな無責任な!」
「俺にとっての責任は期限までにダリアを届けることだ。それにな、忘れてるみたいだから言うけど、今のお前さんは警察バッジも持ってないんだぞ? 何の権限も持たないただの一般人なの」
その言葉に、クロフォードは反論しかけ——口を閉じた。歯噛みする顔に影が落ちる。
「ここに残りたいならそうしろ、俺たちは先に行く。元々警護なんて必要ないしな」
「そ、そんな」
グレイは歩き出した。追いかけて来る気配はない。
気になって少しだけ振り返ると、クロフォードが立ち尽くしていた。
その様がグレイには、親に置いて行かれた子供のように見えてしまった。
足が止まる。
「……あーもう……っ、お前、自意識過剰に自分を優秀な警官だと思ってるだろ⁉」
「……え」
「今やるべきことが見えてねぇんだよ!」
「わ、私は警察官としての仕事をしようとしているだけです!」
「その仕事とやらに、たった今死にかけた家出少女を守ることは含まれてないのか? ジェイクがわざわざ護衛に選んだんだぞ! その期待を裏切るのか⁉」
「……」
「俺ならまず目の前の仕事をやり遂げるがな。自分を優秀だと思うのは結構だが、そんなザマじゃ大した活躍もできないまま腐っちまうのがオチだぜ、お巡りさん」
「あ、あなたに私の何が」
「態度で分かるさ。上司の股間を蹴り上げるっていう極端な失敗をしたくせに、謹慎を不当な処分だと思ってる。ジェイクに庇われ、事ここに至ってもまだ気持ちを切り替えられてない! 自分のことばかり、ふてくされたガキと一緒だ!」
グレイは再び歩き出した。
だが、今度は地面を蹴る音が聞こえる。
存外、クロフォードの判断は速かったらしい。
「やれやれ、行く気にな——痛ぇっ! 何すんだよ!」
思いっきり肩を殴られた。
何が起きたか理解するよりも前に、襟を掴まれた。
「舐めやがって! 私のことをロクに知りもしないクセに、知ったような気になってんじゃねぇです! 私だって分かってんですよ! 謹慎中の警官が探偵と少女の警護をする、こんなこと普通はあり得ない異常事態だってことも、立場があるフェリー警部補が私的に署員を動かすこと自体リスクがあるってことも、それでもなお、私に命じたからには何か意味があるってことも! どうせ空気の読めない頭でっかちで、正論振りかざすヒステリックな世間知らずの田舎娘だと思ってるんでしょ⁉ 自分が署内でもそんな評価だってことも分かってるんですよ! 探偵ごときに言われなくてもっ!」
眉を吊り上げ、ものすごい剣幕で迫る。
「もういいです! 吹っ切れることにしました! あーはいはい! 護衛任務でもなんでもやってやろうじゃないですか、私の意志で!」
襟を放したクロフォードが隣に立って宣言した。
「は……ははっ、何だよそれ」
グレイは彼女の弾けっぷりに思わず口角を上げる。
「勘違いしないでくださいね? あなたに言われたから決めたのではないですから! 自分の発言が背中を押したとか、そんな都合のいいことを考えて思い上がらないように、いいですか⁉ クソ、本当にむかつく」
「……負けず嫌いにも程があるぞ、嫌いじゃないけどさぁ」
男に対してやる強さで彼女の背中を叩いた。
少しむせて、すぐにクロフォードが叩き返してきた。
真面目だが頑固ではなく、感情的だが愚かではない。フェリーが優秀と評するのも理解できる気がした。
それに、彼女の言葉は懐かしかった。遠い、遠い、記憶の中、古い友人の言葉を思い出した。
グレイは口の端を歪めつつ言う。
「旅を続けてよろしいかな、お巡りさん?」
「……望むところです。それと、今のやり取りはダリアさんには秘密でお願いします。彼女にとって頼りになる思慮深いお姉さんでいたいので」
「思慮……そんなイメージは初めからないだろ。じゃあ俺は頼りがいがあってユーモラスな年上のイトコって具合で」
「職業不詳の叔父じゃなくてですか?」
「ぶっ飛ばすぞ」
呆然と立ち尽くす緑のワゴンの運転手を無視して、二人は歩き出す。
「お~い、ダリア! 大丈夫か?」
「ん~ちょっと首が痛いけど、平気そう」
「もう! 女の子が地べたに寝転ばないでください! 休むならこの人の上着でも敷いてください」
「敷いていいわけねぇだろ。一応ブランドなんだぞ」
「ところでイーサン、これからどうするのー?」
「空港へ行っても無駄だろうからな、寝台特急の席が取れることを祈りつつ駅まで歩く」
「わぁ! 鉄道の旅だね! 楽しそう!」
三人は横並びで踏切を超えた。




