相棒の為なら
一五分後。
用事に時間を取られたグレイはストリートを走る。
(ブランドエリアだと逆に手に入りにくかったな。結構時間かかちまった、もう出発したなんて言うなよ)
すれ違う人々は傷だらけ彼の姿を見て、目を逸らしたり驚いた顔を向けたりした。小脇に紙袋を抱えているので怪しさは更に倍増である。
高級エリアにいるホームレス以上にものすごく目立ってしまっているのだが、気にしてはいられない。
(コリンの奴、本気で総合情報局なんてカバーストーリーで煙に巻いたつもりか。ダリアは勘が鋭いから色々察したんじゃねぇか)
角を曲がるとホテル・ハービンジャ―が現れた。
正面ロビーは大勢のマスコミで混雑していた。式典に出席した大物たちが目当てだろう。
群衆の隙間を通り抜け、地下駐車場がある裏口へ向かう。
グレイは不意にホテルを見上げた。
「あんな高さから落ちて、よく生きてたもんだな」
横に大きく広がる低層部は、街に根を張るように重厚に構え、そこから高くなっていくほど段々細くなっていく細長い四角すいのような建築。
天を衝く高層階の窓から落下したという事実は、痛みをもって経験しても未だに現実感がない。
この旅は本当にめちゃくちゃなことばかりだった。
列車事故を間一髪で避け、寝台列車では怪力の体質を持つ殺し屋に襲われ、何度かカーバトルを繰り広げて、最後はホテルでバイクアクションを決めた。
「本当……酷い目にあったもんだ」
グレイは笑って独りごちる。
その顔に悲壮感はなく、夏の日の天気雨に降られたような、諦観と許容が混じったさわやかな顔だった。
「少しは休暇をもらえるかね、あぁでも事務所が燃えたんだっけか。また拠点を探すのか……休ませてくれよ」
アランの墓参りはいつにしようか、コリンと予定を合わせなきゃな、と思いを巡らせがらホテルの裏手に回ると、
「下がって!」
野太い男達の声に思考が中断された。
顔を上げると、ボディアーマーを着た男が歩道からこちらを制するように掌を向けていた。
「俺に近づくな、この女もろとも全部吹き飛ばすぞ!」
聞き覚えがある。つい先ほども聞いた下品な声だった。
「近づいたらドカンだ! いいか、妙な動きはするな!」
歩道の横から伸びる地下駐車場へのスロープ。グレイが落下してひしゃげたトラックの荷台もまだ脇に残る。
荷台の影から何かを引きずって現れたのは、肩にバッグを提げたジョンだった。
そして、グレイは、引きずったものを見た瞬間総毛立った。
「コリ……ン……?」
ミルクティー色の長い髪を後ろから掴まれたクロフォードが、アスファルトの上を引きずられていた。膝に血が滲み、張り裂けんばかりに叫んでいる、
ジョンの左手には起爆装置と見られるリモコンが握られていた。
「何……で、ジョンがまだここに……おい、お前ら連邦警察だろ! どうしてまだ奴がここにいる⁉ 何で今、コリンが人質になってんだよ⁉」
「一般人は下がれ!」
グレイの頭が沸騰した。
紙袋を落とし、反射的に腰の銃を引き抜く。
「はぁはぁっ……しっかり歩け女ぁ! 警官なら犯人の俺をイラつかせるな!」
「これだけの騒ぎを起こして、本当に逃げ切れると思ってるんですか⁉ あなたはもうおしまいです! 大人しくリモコンを捨てなさい! こんなことをしても無駄です!」
「だ、黙れぇっ! 立てクソアマ! 大勢巻き込んで死にたいか⁉」
首に腕を回されて抱えられたクロフォードはジョンの腕を振り解こうと必死に抵抗する。
(止めろ、抵抗するな、何してるんだコリン。警官の意地か? 決死の覚悟でそいつの思い通りにさせまいとしているのか……止せ、爆発したら死んじまうんだぞ!)
状況が重なる。
スラム街、治安部隊、トラック、鳴り響く銃声、瞬くマズルフラッシュ。
そして、仲間を逃がす為に爆死したアラン。
コリンを助けなければ、
だが、
もし失敗したら?
一発の弾丸で全てを解決できるか?
もし外せばこちらに気づいたジョンが起爆させるかもしれない。それ以前に、弾丸がクロフォードに当たるかもしれない。
引き金が引けない。
(時間がない、撃て、撃て、撃たないとコリンが死ぬぞ!)
これは極端な選択ではないのか? と、奥底にある理性と恐怖がトリガーにかかる人差し指にブレーキをかける。
もう二度と大切な仲間を失いたくない、と散々派手に戦っておきながら、グレイはここで躊躇ってしまった。
「どうせ爆弾はハッタリです! 私のことは気にせず撃ってください! 私はHPDの警官です! 覚悟はできています!」
「黙れアバズレ!」
髪が引き抜かれるのも無視するような全力の抵抗に、ジョンは奥歯を噛んでいる。
本気で抵抗する成人女性一人を抱えて逃走するのは不可能だと理解し始めているはず。
決断の時はジョンにも近づいていた。
「何を気にしているんです! 撃って!」
頭を振って声を上げるクロフォード。
「……!」
その一瞬、乱れた髪の隙間から青い瞳が見えた。
彼女の視線と交錯する。
真面目だが頑固ではなく、感情的だが愚かではない。
コリン・クロフォードは優秀な相棒だ。
きっとこんな状況でも自暴自棄にはならないし、勝機のない賭けをする人間ではない。
「あぁ、そうだったな」
——グレイがいることに気が付いている。
「私の相棒なら! できるはずです! 撃てええええええええええええ!」
「は⁉ イーサン・グレイ⁉ き、貴様——い、いっっっ——!」
クロフォードがジョンの手に噛みついた。
膝を畳んでジョンの腕にぶら下がるような格好になり、二人の姿勢が崩れる。
クロフォードという壁がジョンからわずかに離れた。
「相棒の信頼には、応えないとな」
世界が静止する。
指にかかる引き金の重みが、ふっと消えた。
乾いた破裂音が空間を引き裂く。
一発。
放たれた弾丸は迷いを一切残さず、リモコンを握るジョンの左手を貫いた。
真っ赤な花が咲き、左手首の半分と親指の付け根から先全てが粉々に散った。
「がああああああああああああああああああああああああああ‼」
一泊遅れてジョンの大絶叫が通りに響き渡る。
「確保だ!」
辺りで警戒していた部隊員が腕を抱えて走り出したジョンを一斉に包囲。
そんなことは無視してグレイはクロフォードの元へ一目散に駆け寄った。
「コリン、大丈夫か⁉」
「おかげさまで」
「極端なことするんじゃねぇよ、まったく。犯人を刺激しちゃダメって警察学校で教わらなかったのか」
「ふふ、イーサンなら何とかしてくれると信じていましたから」
「馬鹿野郎、勘弁してくれ」
倒れたクロフォードの上体を引き起こす。
相棒を失わずに済んだことに安堵し、強く、強く抱きしめた。
「墓の場所を知らねぇ、お前がいなくなったらアランに詫びることもできねぇだろうが」
「私は死にませんよ。あなたほどではないですが、これでもタフな方です」
クロフォードも応じて抱き返した。
「コリン! イーサン!」
ライツがスロープを駆け上がってきた。
「イーサンと別れた後、地下駐車場に来たらジョンがいたの。部下がいないから逃げる用の車が分からなかったみたいで、手あたり次第に車にキーを差して回ってた!」
鍵を回すジェスチャーで経緯を教えてくれた。
「馬鹿丸出しだな」
「すぐに捜査官っぽい人がやって来たんだけど、ジョンに見つかっちゃって……」
「それでコリンが身代わりになったと」
「ありがとうコリン~! もう大好き!」
「いえいえ、警官として当然の務めです」
クロフォードに抱きついたライツが、目を細めるグレイに気づくとグレイにも腕を回す。
「イーサンも!」
「はは、女子高生と女警官に抱かれるなんて、二度とない経験だ」
「それはちょっとキモい感想かも」
今度こそ、危機は去った。
だが、グレイが気を抜いたその時だった。
ざわ、とジョンを囲んでいた部隊が騒がしくなった。
「くはははははははは! まだだ! 勝ったと思ったか公僕共! 私を追い込まれたネズミと侮るなよ⁉ 私は用意周到な男! 真なるスパイ! これを見るがいい! こんなこともあろうかと予備の起爆装置を用意していたのだぁ!」
人垣の奥からそんな声が聞こえた。
「あんの野郎、まだ自分をスマートで洗練された悪党だと思ってんのか、それとも出血多量でハイになってるだけか」
「ゴキブリ並みのしぶとさは一定の評価に値するでしょうけどね」
「でも、ヤバくない? ここで騒ぎが続いたらフリスカが来れなくなっちゃうんじゃ」
どうするか、とグレイが頭を捻っていると、
「さらばだ合衆国! せいぜい私を捕らえられなかったことを悔やみ続けるが良い!」
大げさで妙に劇的なセリフを叫んだジョンが包囲を割って歩道を走る。
タイミングよく一般車が角を曲がってこちらにやって来た。
「止まれ! 私の足となるのだ!」
ニューリードによく似合う、シルバーの高級車。
「車奪ってマジで逃げ切るつもりか」
連邦警察の隊員らは動きたくとも動けない。
万が一、爆弾がここで爆発すれば被害は甚大。ジョンの確保は飛行場か港湾のような被害が最小限に留められるポイントで行う算段なのだろう。
しかし、
「あ」
ジョンはタクシーでも止めるかのように片手を上げ、ふらふらと車道に飛び出した。
信号も横断歩道もない道。
ブレーキが間に合うタイミングではない。
ジョンは、轢かれた。
ガッシャァッ! と凄まじい衝突音が炸裂して、ジョンが宙を舞う。
そして、地面に叩きつけられると、水っぽい音が辺りに響いた。
「か、確保ぉっ!」
一斉に隊員が飛び掛かった。
こうしてジョンは拘束された。
もっとも、アレでは生きているかどうか微妙だが。
「地域課の警官として、ガキに教えるみたいに指導しておくべきだったかもな」
「どういう意味です?」
「飛び出し注意」
「上手いですね」




