相棒
ホテル・ハービンジャーのスイートルームは最上階と二十九階にある。一泊二万デイルの高額スイートルームに宿泊するリッチなゲストは、その高額な宿泊料金に見合うサービスを期待する。
スイートルームの利用客だけが利用可能な荷物用大型エレベーターはその特別なサービスの一つである。
高さ三〇〇センチ、積載三〇〇〇キロ。ペットのライオンや愛車を部屋に入れることを可能とし、専用地下駐車場に直結しており乗り込む瞬間を他の客に目撃される心配もない。
その秘匿性こそが最大の売りであり、表には決して出ることのない密会に用いられた歴史を持つ。
そんな秘密の箱にグレイとクロフォードは収まっていた。
ドドドドドドドドドドドドドドドド!
「この振動! このサイズ! 私っ、将来的には機動隊とかを目指しても良いかなって思ってます!」
「こんなもんを配備してる警察は世界中どこ探しても見つからねぇよ!」
凄まじい騒音の中、二人は口を大きく開けて笑った。
「イーサン!」
「あぁ⁉ なんだ⁉」
「私が相棒で良かったでしょう⁉」
振り向いたクロフォードの横顔がアランと重なる。
自身に満ち溢れ、気丈で前向き。出会った時よりずっと兄の面影を強く感じる。
彼女の腰に回した腕に力が入る。
細い腰に大きな尻、女性的で華奢。
それでもグレイには、どんな屈強な兵士よりも彼女が頼もしく思えた。
彼は、心の底から叫んだ。
「あぁ! 最高の相棒だ!」
それが合図だった。
クロフォードが少し頷くと、二人が跨るソレが咆哮を上げた。
「行きます!」
「ブチかませ、コリンッ!」
荷物用エレベーターの三枚戸の奥から姿を現したのは、異形のバイク。
真紅のペイントに、鏡の如く磨き上げられたシルバーのV8エンジンが光る。
翼のように左右に広がるフェアリングに四連装ヘッドライトをたたえ、マフラーも左右四本出し。リアホイールは車用でタイヤ幅は四百ミリ。マッスルカーのエンジンをそのまま搭載した様はまるで室外機を抱え込んだように四角く膨れ上がっている。
装備重量五〇〇キロオーバー、排気量は驚異の五七〇〇シーシー。
バイクというより、エンジンに二輪が付いたモンスターマシン。
そんな超スケールの魔改造バイクがホテルの廊下を疾走する!
「死にたくなかったらどけえええええ!」
およそ警官とは思えぬ警告を叫んでクロフォードは駆る。
「おらぁっ! ジョン! 出て来いゴラァッ!」
彼女に引っ付いているだけのグレイも呼応するように叫んだ。
待ち構えたチンピラがサブマシンガンを連射するも、極厚のフェアリングに守られた二人に傷一つつけられない。
彼らを容赦なく跳ね飛ばすと、怖気づいた数名が逃げ出していく。
まるで重戦車。直進するだけで全てを蹂躙した。
角を曲がった先、突き当りで、その部屋を守るように扉の前に立つ二人の男達が発砲。
グレイがクロフォードの肩に腕を置いて応戦する。
敵は何か汚い言葉を吐いているようだったが、それは無視。
簡潔に指示を飛ばす。
「あの部屋だ、突っ込めえええっ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
初めて乗るはずのマシンを巧みに操るクロフォードは手足を動かすようにスムーズにシフトチェンジ。
莫大なエンジン音を轟かせ、カーペットを捲り上げ、白煙をまき散らす。
発砲するガードマン二人も、その後ろの扉も、障害にはならなかった。
モンスターバイクがスイートルームの正面玄関をぶち破った!
視界が開けると、クロフォードは車体を横滑りさせながら地面に足を着ける強引極まりないスライドブレーキを敢行。
室内は一瞬にして煙と焦げた匂いで満たされた。
ガシャン! とバイクを横倒しに乗り捨て、二人が立つ。
「よぉ、ダリア。迎えに来たぜ」
「私たちが来たからにはもう大丈夫ですよ」
「イーサン! コリン!」
ライツはダイニングにいた。両手を後ろ手に縛られてイスに座らされており、その傍にはハンマーと喪服の女が立っていた。そして、テーブルにもたれて立つ見覚えのない初老の男もいた。
「ハロー、お前がジョンだな?」
「……そう言うお前は、そうか、君がイーサン・グレイだな……はっ、見事な登場だ、プロレスの興行よりもド派手じゃないか」
白髪交じりの黒髪、同じ色のアゴ髭が四角い顔を縁取っている。ベージュの高級スーツを着用し、左腕のブランド時計が厭味ったらしく輝いていた。
「概ね予想通りの見た目だ」
「君は私の想像より醜いよ」
「テメェの部下に手酷くやられた挙句、突き落とされたんでね。普段はもっとイケてるさ。それにだ、高級スーツを着た気取ったヒーローより、ボロボロのヒーローの方が親近感湧くだろ?」
グレイが一歩進む。
「動くな!」
無理やり立たせたライツの後ろにジョンが立った。彼女のこめかみにリボルバー拳銃を突きつけた。
「銃を捨てろ、アクションヒーロー。このお嬢さんを死なせたくないだろう!」
「……そのバッグの中身は金か、やっぱりコソ泥だな。しまいにゃガキを人質ってお前、笑っちまうくらい三下臭ぇぞ」
「黙れ! お前が何と言おうと目的は達成する!」
額に汗を浮かべるジョンは本当に余裕が無さそうで、何かの弾みに引き金を引いてしまうかもしれない。
「銃を捨てろ! 三度目はない!」
「分かった、分かった」
グレイはあっさりと拳銃をソファへ投げ捨てた。
「落ち着いてください。我々はダリアさんを助けたいだけです。あなたの逮捕が目的ではありません」
落ち着いた警官らしい口調のクロフォードに乗っかる。
「その通り。俺らはただの探偵と謹慎中の警官だ。何の権限もないし、お前をとっ捕まえる理由もない。金が欲しいならバッグ抱えてどこへでも行きな。飛行機か船か知らねぇが逃げるがいい」
「信じられるか! どうせ総合情報局か、連邦警察だろう⁉ ただの探偵にここまでのことができるわけがない!」
「俺がそういう組織の人間なら、お前の居所が分かった時点で部隊を全投入させてるよ。そうなってねぇってことは俺はそういう組織の人間じゃないってこと。お分かりか?」
「だとしても! 私がお前の言うとおりにする理由はない! は、ははは! そう、そうだとも! あと少しでヴァルターが二〇〇万デイルを抱えてやって来るのだ!」
「強欲は身を滅ぼすって言うぜ。今ある三〇〇万で満足してくれよ」
「ビジネスを知らんようだな! 完全に不利なこの状況で、お前は私に何を提供できるんだ? 交渉できる立場ではない!」
(そう簡単にはいかないか)
穏便に済むような人間ならここまでのことはしない。ジョンはあくまで身代金を満額手にしたいらしい。
であるならば、グレイにも考えがある。
(隙を突いて撃つしかない)
幸いにも敵はハンマー達以外は誰もいない。
多少強引だが不可能ではないはずだ。
グレイは腰の後ろに隠した拳銃を意識する。
(俺に銃口を向けさせる……その一瞬で)
しかし、
「イーサン・グレイ」
ハンマーが口を開いた。
「こいつの銃は使い物にならないぞ」
ハンマーは先ほど力を込めてジョンのリボルバーのシリンダーを握り込んだ。血が出るほど強く、破壊的な怪力をもって。だが、それはグレイには知る由もないことだ。
反応したのはジョンだった。
「なっ、まさか——」
ジョンが視線を握り込んだ拳銃に移す。意識が逸れ、銃口が天井を向いた。
一秒にも満たない一瞬。
王室のスパイと女性警官が動き出すには十分な時間だった。
グレイは拳銃を持つ右腕に、クロフォードはライツを掴む左腕に、同時に飛び掛かった。
「っっっ死ねぇええええええええっ!」
結論、拳銃は故障していなかった。
ハンマーの発言はただのハッタリで一瞬の隙を作りだしただけだった。
シリンダーが回転し、グレイの眼前で炸裂した。
「「イーサン!」」




