年長者のアドバイス
カーラジオはパットビルの列車の事件を最大のトピックスとして伝え、それが終わるとハーネリアの王女訪問について、有識者を交え解説していた。
どのニュースも新しい情報はなく、葉を落とした木々の景色と同じで退屈なものだった。
グレイは運転中の眠気を払うため、片手でオイルライターを弄んだ。
カチン、カチン、と乾いた金属音が小さく鳴る。
それが妙に心地よく、単調な運転のリズムを保つのにちょうどいい。
ショッピングモールを出発してからすでに二時間が経過していた。道は空いており、これまでのところ襲撃の気配もない。クロフォードが夜通しハンドルを握り続けてくれたおかげで距離もかなり稼げている。このまま順調に進めば、明日の昼過ぎにはニューリードに到着できる計算だった。
ルームミラーに目をやる。後部座席ではクロフォードがまだ眠り続けている。頭を窓に預けたまま微動だにしない。
助手席のライツは起きてはいるものの、あくびを繰り返し、数分おきに足を組み替えたり膝を畳んだり伸ばしたりして姿勢を変えている。起きている間では今までで最も静かだ。
二人共疲れているのだ。襲撃と移動続きでは無理もない。
一泊するのは難しいとしても、モーテルで仮眠するくらいの余裕はある。シャワーを浴び、足を延ばしてひと眠りすれば体力も回復するはずだ。このままニューリードまで通して走り続けることはできないので、もうしばらく走ったらモーテルを探そう、とグレイは計画した。
色のない殺風景な裸木が並んでいるのを見ると、リゾート地から随分離れたことを実感する。夜には車の暖房を入れる必要があるかもしれない。
「ねぇ、イーサン」
顔は窓の外に向けたままライツが言う。
「パパはニューリードのホテルで待ってるんだよね?」
「あぁ、心配してたぞ。一刻も早く会いたいから仕事先のホテルに連れて来るよう言われた」
「ホミアでのバイトのことは伝えたんだよ? それを一か月も黙認しておいて今さら~」
「親には子供の意思を尊重したい気持ちと、心配する気持ちの両方があるもんさ。ましてやお前さんは警察に補導されたんだ、親の義務として連れ戻さなきゃならんだろ」
「……ねぇ、パパが何の仕事か知ってる?」
ライツの声のトーンが落ちる。
「自動車メーカーの社長だろうが」
「そうじゃなくて、明日、パパが何の仕事の為にホテルに滞在するか知ってる?」
「さぁな、そこまで聞いてねぇよ」
「ホテル・ハービンジャーで開かれるハーネリアと合衆国修好七十年記念式典。パパはハーネリアの生まれだからね、縁があって呼ばれてるの」
「そりゃすげぇ。外交式典に呼ばれるなんて名誉なことじゃねぇの」
「初めからピンと来てたんだ」
「何が」
ライツがこちらに顔を向けた。
「ホテルに、フリスカが来るって」
フリスカ王女。ハーネリア王国の王位継承順位第一位。
ライツと王女は同じ中学校の友人同士。仲が良かったはずだが、些細なことですれ違い、それがタイミング悪く王女の帰国のタイミングと重なってしまった為、彼女らは物別れとなってしまった。
会いたい。会って当時のことを謝りたい。
同じホテルに滞在し、父親も式典に参加する。そのツテがあれば、自分が会いたがっていることを王女の耳に入れることも可能かもしれない。手を伸ばせば届く。少なくとも行動を起こせる状況。十分なきっかけ。
でも、
「会うのが怖いってか」
「……うん、会いたい気持ちはあるんだけどね……どうすればいいのかなって、ニューリードが近づいてるからかな……今になってどうしようってドキドキしてきちゃった」
「ケンカ別れになった手前、どんな顔をすればいいのか分からないってか」
「何から話すべきかも分からないし」
唇を尖らせ少し俯く横顔は少女、というより幼女だ。
グレイは堪らず吹き出した。
「ぶはははっ! アンニュイな顔してるから何かと思えば! 所詮お前も可愛いガキだな!」
「なっ、アタシはアタシなりに悩んでるのに!」
「直感が鋭い体質特性とか言っておいて、悩みは普通のガキと同じ、友達のことかよ! 命の危機には鈍感なくせにそういうことには敏感なんだな!」
馬鹿にされたと感じたのか、頬を膨らませて再びそっぽを向くライツ。
「年長者のアドバイスだ。ダチには会える時に会っておけ」
「……」
「それと、何から話すべきとか、んなくだらねぇこと考えんな。素直に思ったままを伝えりゃいい。もう一回友達になりてぇならそう言え、お前と殿下二人の問題だ、誰かに気を遣う必要もねぇ、カッコつける必要もねぇ、ただ思いのままに伝えればいいのさ」
「でも、向こうに仲直りする気が無かったら」
「大丈夫だろ。きっと殿下だってこの国での短い留学生活を楽しんでいたはずだ。そん時の友達が会いたいって言うなら、その気持ちを無下にはしない。そういう人だろうからよ」
「……もしかして、イーサンもフリスカのファン?」
ライツが疑うような目でこちらを見る。
グレイは肩をすくめて笑った。
「あぁ、実は大ファンだ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
半信半疑といった顔をしながらも、ライツの口元がわずかに緩む。
「イーサンは友達とケンカして仲直りしたことある?」
「そりゃある、殴り合いもよくしたもんだ」
「それでも仲直りできるの?」
「殴り合いだってコミュニケーションの一つだ。ケンカでありながら仲直りの方法でもある。何よりも正直なコミュニケーションかもしれないねぇ」
「なるほど……」
「真に受けて王女を殴るなよ?」
「しないよ!」
笑い声が上がる。
さっきまでの迷いは、完全ではないにせよ少しだけ薄れているようだった。
ライツは少し考え込むような顔をしてから言った。
「ドーナツでも買っていこうかな」
「そりゃ名案」
ライツが笑った。彼女らしい純粋な笑顔だ。
「ダリア、友達に会いたいか?」
「うん、会いたい。パパに相談してみようと思う」
「じゃあ絶対にホテルまで行かないとな」
友達に会いに行く道を、途中で閉ざさせはしない。
グレイはアクセルを深く踏み込んだ。
車は冬の道を、強く走り続ける。




