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ただ進むだけ

 地域課の警官に連絡を取り入院先の病院にも確認した。ホールが失踪したのは事実だった。フェリーが嘘を言っているのではない。

 殺されたか逃げたか、いずれにせよグレイ達はまたしても後手に回る結果となった。


「辛気臭ぇ顔してんじゃねぇよ、今ならお兄さんが上着買ってやるぞ」

「別にしてませんそんな顔。署から持ってきているので買う必要もありません、というか他人のお金でしょう」


 三人は開店したばかりのショッピングモールの衣料品売り場を回る。清潔な替えの服と間に合わせの防寒着が手に入れば十分なので、専門店ではなくスーパーに付随する格安服売り場を物色中である。

 蛍光灯の白い光の下で、安価な衣類が整然と並んでいる。

 平和そのものの光景だった。


「ただ、このままニューリードへ向かうのは問題だと危惧しているのです、敵が待ち受けているという可能性もありますし」

「俺としては気に入るデニムが無いことの方が大問題だ。何でピチめに履くタイプばっかりなんだ」


 グレイは手に取ったデニムを棚に戻す動作の中で、クロフォードの顔を一瞬だけ見た。

 しきりに周囲を気にしていて、神経が過敏になっているように見えた。表情が昨日より厳しいものになっている。

 グレイは頭を掻いて、


「しばらく俺が運転するからよ、少し休め」

「あなたは怪我人です。護衛として私が運転するのは当然です」

「護衛してほしいから今は休めって言ってんの。一晩中走りっぱなしだったんだろ? お前はよくやってるよ。警察に嫌気がさしたら俺の助手として雇ってやってもいいくらいだ。だから安心して休め」

「……あなたは、こんな状況でも太々しいですよね」

「堂々としていると言え」

「スパイ、殺し屋、内通者、失踪者……大きな流れが出来ている気がします。私たちはその流れに巻き込まれ、気が付いた時には巨大な渦に捕らわれてしまっている……そんな気がしてなりません」

「どうにもならない事態に巻き込まれてるんじゃないかって?」


 クロフォードが小さく頷いた。


「そうかもな。でもそれがどうした」

「え……」

「巨大な陰謀だろうが、スパイ合戦だろうが、俺たちが心配してもしょうがねぇだろ。俺たちの目的はあそこで呑気に上着選んでるガキを送り届けること。それを見失うな。任務はシンプルだ」

「任務……だとすれば私たちは兵士ですか?」

「そ。ひたすら行軍して眼前の目的を遂げる、ただそれだけだ。全体を俯瞰して戦況がどうのこうのってのは、また別の奴が考えることさ」

「イーサンは兵士だったのですか?」

「まぁな」

「タフな理由が少しだけ納得できました……でも」

「でも、何だよ。兵士は嫌いか?」

「いえ、むしろ尊敬していますよ。合衆国の為に命を張るんですから立派なことです……私の兄も兵士でしたから」


 襟にファーのついたコートをグレイに重ね、クロフォードが見上げた。


「私が知っている兵士は兄だけです。ですから、その、イーサンは随分違うので」

「尊敬する立派な兄と違って悪かったな——これがいい? じゃあこれにするか」


 こげ茶色のダック生地のコートを手に売り場を進む。


「兄貴はどんな人だったんだ?」

「優しかったですよ、歳は離れていましたけどよく遊んでくれました。私が困っていたら両親よりも早く駆け付けてくれる、そんな人でした」


 クロフォードは女性服売り場で真剣にコートを見るライツを眺めつつ言った。


「昔、我が家では馬を飼っていました。アンディという鹿毛の若い牡馬で、私はよく父と一緒に乗馬をして遊んでいました。七歳の時、ほんの出来心から父の目を盗んで一人でアンディに跨ったことがあります。いつも大人しいはずのアンディが馬小屋を出た瞬間、走り出したんです」


 口調は穏やかで昔を懐かしむように遠い目。


「アンディはただ走るのが楽しかっただけなのでしょうけど、小さかった私はそのスピードと揺れが怖くてたまりませんでした。悲鳴も上げられず必死にアンディにしがみついていました。ですが、しばらくすると急に大人しくなってスピードが緩んだんです。顔を上げたら兄の顔があってホッとしたのを覚えてます。いち早く気付いて止めてくれたんですよ」

「コリンにとって兄貴はヒーローか」

「まさにそうです。当時、既に働いていたはずです。その後しばらくしてブートキャンプに行って、流れるように出兵してしまいました」


 グレイは「そうか」とだけ言った。「今はどこに?」とは口が裂けて聞けないし、聞く必要はなかった。


「イーサンは兄と似ているかもしれません。兄は走る馬を止めましたけど、あなたは追ってくる車を止めましたから」

「ヒーローと比べられるなんて光栄の極みだね」

「カッコよさは比べるべくもないですけど」

「それ言う必要ある?」

「ふふ、冗談です」


 クロフォードは笑った。明らかに無理に作った笑顔だ。

 その顔を見た時、グレイは胸に痛みを感じた。

 こんな痛々しい顔は見たくない、ドーナツを夢中で頬張る、そんな顔が見たいとも思った。


(俺は何をしてやればいい……ジェイク、お前は何を期待してこいつを俺に預けたんだ。俺はヒーローにはなれねぇのに)


 ——恩人が最後に残したものを、危険に巻き込んでしまっている。

 嘘つきの恥知らず、とんでもない裏切り者だ。

 無事に帰れるように死力を尽くそう。それが自分にできるせめてもの道理だ——。


「なぁコリン——」

「イーサン! こっちこっち!」


 遠くでライツが手を振っている。

 言いかけたグレイは言葉を飲み込んだ。


 着替えを済ませ、一行は水と簡単な食糧を調達し、モールを出た。

 運転席にはグレイ、助手席にはライツが座る。

 強引に押し込まれた後部座席のクロフォードは初めの内は抗議の声を上げていたが、やはり疲労は大きいようで、一〇分経たぬ間に寝息を立て始めた。


 三人は再びニューリードを目指す。

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