スパイ
三人はドーナツショップを後にして、モールの敷地内にある公衆電話へ向かった。
グレイが受話器を持ち、頬がくっつきそうな距離でクロフォードが聞き耳を立てる。一人だけ除け者のライツが後ろで不服そうに突っ立ている。
ワンコールで繋がった。
「俺だ。あれから色々あってな、ニュースになってると——」
『今まで何をしていた。銃撃があったのは俺も知っている、だが列車を降りたならそうと連絡したらどうだ、人に調査を頼んでおいて放置とはどういう了見だ。連邦警察まで出張ってくる始末なんだぞ』
あくまで事務的で冷静な声だった、だが、だからこそ。そこに僅かに滲む怒りのニュアンスに二人はすぐに気が付き、顔を見合わせた。
「あ、あのーフェリーさん? ぶっちゃけ俺じゃなかったら三回は死んでる感じのハプニングが続いてたんだよ……だから悪くないって言うつもりじゃないけど、まぁ……悪かったって」
数秒の沈黙があり、電話口から大きなため息が聞こえた。
『……やはりな、そんなことだろうと思っていた。ダリア・ライツとクロフォード君は無事だろうな?』
「無事だとも、呆れるくらい食欲旺盛で朝からドーナツパーティ——いってぇ!」
肘打ちが脇腹に刺さった。
『? 何だか知らんが無事ならばよかった。が、まさかここまでの事態になるとはな』
「二人とも、必ず無事にいるべきところへ返すさ——それより本題に入ろうや。今、やはりって言ったな? 何か分かったのか?」
グレイは特急列車に乗り込む前に、ホミアでのライツの交友関係を調べてもらうよう頼んでいた。
『ダリア・ライツのバイト先はホテル、イーストホッパーのバーだ。勤務態度は良好でトラブルを起こさない働き者、VIPの接客を任される程信用されていたそうだ。彼女自身に襲われる原因は見つからなかった——』
「年齢を誤魔化してた、以外はな」
口を挟むと隣のクロフォードが「静かに」と人差し指を唇の前で立てた。
『——問題があったのはホテルの方だ』
「は?」
『先月、ホテルのマネージャーがスパイ容疑で逮捕されているのだ』
「スパイ」
思ってもみなかった発言にグレイはオウム返しした。
『犯人達は合衆国籍だから正確に言うとシンパだが、まぁいい。マネージャーは八件の、国家を欺こうと仲間達と共謀した罪に問われ、仲間も三人ほど訴追されている。金をベルデ共和国に送金していたらしい』
「それがダリアとどう繋がる」
『連邦警察が踏み込んだその現場こそイーストホッパーのバー、完全個室のVIPルームなのだ。かねてよりそのバーがスパイ達の会合場所になっていたらしい』
フェリーは続ける。
『そして逮捕から今日までの約四週間、VIPルームで接客していた四人のスタッフが行方不明になっている』
グレイの手が汗ばむ、おそらくクロフォードも。
「四人も?」
『捜索願が出されていたのは一人だけだった。二人はバイトを飛んだだけと思われていたし、残る一人はビザの無い外国人だ。これでは大規模な捜査はできない』
スパイ計画があったホテルのバーで、接客したスタッフが次々に姿を消し、ダリアもこうして襲われ続けている。
理由は明らかだ。
「口封じ」
『おそらく。VIPルームでスパイの顔を見た可能性がある従業員を消している。そして、次なる標的はダリア・ライツだと、そう考えるのが自然だ」
受話器を握る力が強まる。
『捕まった三人の稼ぎ役はそれぞれ別の方法で金儲けをしていたそうだ。飲食店、貿易商、投資運用、それらによってかき集めた金をマネージャーがペーパーカンパニーを通じて本国へ送金。それが連邦警察の掴んだ情報であり、逮捕に踏み切った根拠だったのだが……』
「発覚を免れた仲間がいる?」
『そう。連邦警察(FIB)の情報では送金の合計と捕まった三人が集めた額が合わなかったそうだ。稼ぎ役はもう一人存在するのだろう』
フェリーの話とジョンの話には飛躍があるものの繋がらなくもない。
ジョンの言葉を思い出す。『確かに大金を動かす立場にあるのは事実だが、実際のところ、私は自分の為に金をあまり使わんのだよ』
スパイが本国へ送金していたという話は、プライドが滲む悪党のセリフと符合する。
仲間が捕まり、合衆国にはいられないと悟ったジョンは、ダリアを誘拐し、身代金を最後の成果としてベルデ共和国へ持ち帰ろうとしている。無いとは言い切れない話だ。
「半日でよくそこまで調べられたな」
「連邦警察から情報の提供があった。市警レベルではスパイ捜査の資料を閲覧できん」
「奴らと市警は野良犬みてぇに縄張り意識が強いんじゃないのか? 随分スムーズに情報が共有されたもんだ」
『それは俺も不思議に思っている。ダリア・ライツの名を出した途端、情報が流れてきたのだ。もしかすると、既に犯人の目星は付いているのかもしれん』
「尻尾を掴むためにわざと泳がせていたなら迷惑な話だ。連邦警察が出し抜かれたせいで俺たちが割を食う羽目になったんだからよ」
『違いない。また何か分かれば伝える……ところで貴様は今どこにいる? 彼らが保護の為動いているぞ、仕事は重要だろうがこの状況では——』
「少し待ってろ」
グレイは追加のコイン数枚を硬貨投入口にぶち込み、受話器を耳から遠ざける。
送話口を掌で塞ぎつつ、
「どう思う? スパイなんてぶっ飛んだ話だが辻褄は合う。連邦警察(FIB)が来たってのが丸ごと嘘って可能性もあるにはあるが、俺には嘘だとは思えない」
「それでも、現在地を伝えるのは慎重になるべきだと思います、それと——ダリアさん、ちょっと話を伺いたいのですが」
手招きをしたクロフォードはホテルのマネージャーの件をライツに訊ねた。
「そうそう、マネージャー変わったみたいだね~」
「そうそうってお前な、そんな大事なこと何で今まで言わねぇんだよ」
「スパイだから逮捕されたなんて知らないもん! バイトにそんなこと分かると思う?」
「VIPルームで接客していたのは本当ですか?」
「そうだよ、ドリンクを運ぶだけだけどね。結構気に入られて私に運んでもらいたいって人もいたんだから、すごいでしょ」
「それはジョンって奴か」
「さぁ、バイトにわざわざ自己紹介するお客さんはいないから」
全てが嘘というわけではなさそうだが、何が真実か、グレイ達には判別できない。
結局、やることは変わらない。三人はこれまで通りニューリードを目指すしかないのだ。
グレイは再び受話器に耳を当てる。
「聞こえるか、悪いが、俺たちの居場所を教えることはできない」
『どういうことだ』
「誰がジョンの手先か分からないんだよ」
『ジョン? 誰だそれは……もしかして疑っているのか』
「間違いだって分かったら飯でもタバコでも奢ってやるからよ、勘弁してくれ」
沈黙の中で息を吐く音が聞こえた。数秒後、
『他に調べて欲しいことは?』
グレイは安堵の息を吐いた。
そう、ジェイク・フェリーは冷静で柔軟な男だ。だからこれまで信用していたのである。
「敵の親玉らしい男はジョンと名乗った。推定四十から六十歳前後。襲ってきた殺し屋連中とは別組織らしい。殺し屋の頭らしき奴はスパークって異名だが、パットビルの旅行代理店に車が突っ込んだ事故った。列車ではハンマーとウィドウって男女と交戦。こっちは生きているはずだ。また交戦の中でFk26のコピー拳銃を回収した。そんで、パットビル駅の駐車場で実行犯となるはずだった若いチンピラが二人——」
「多いな、俺を過労死させるつもりか」
「連邦警察を働かせろ、お前に死なれちゃ困る」
『疑っているくせによく言えたものだ』
二人は電話越しに笑い声を重ねた。
そして、「一番重要なのは」と前置きし、
「パトリック・ホールだ、奴を調べろ」
『ホール巡査部長を?』
「ジョンか殺し屋の方か分からねぇが、繋がりがあるはずだ。残った玉潰してでも吐かせろ」
クロフォードが慌てた様子で手をばたつかせ、
「そ、それ言っても大丈夫ですか⁉ それこそ口封じに消されるんじゃ」
クロフォードの口を押え、返事を待つ。
待つが、フェリーは黙り込んでしまった。
「おい、聞いてんのか?」
息を深く吸い込む音が聞こえると、フェリーは重苦しい声で言った。
『先ほど、パトリック・ホールが病室を抜け出したと病院から連絡があった。現在、彼は行方不明だ』




