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美人なお巡りさんと家出少女

「こっちは友人で探偵のイーサン・グレイ。一応善良な一般市民なので、襲い掛からないように、と言うつもりだったが、遅かったな」

「一応ってどういう意味だコラ」


 クロフォードはフェリーに向き合った。


「謹慎処分だけでも承服しかねるのに、罰として探偵の仕事を手伝えだなんて絶対におかしいです! ましてやこんな……いえ、こんなこと許されるのでしょうか」

「それはこっちのセリフ。一般市民への暴力だよこれは、俺じゃなかったら許されないよ、まったく」


 ウェーブがかったミルクティー色の髪、色素の薄い青の瞳。身長は一七〇センチほどで、メリハリの利いた体型に制服がよく似合っている。警察の広報誌どころかファッション誌にでも載っていそうなほどであり、出会い方が違っていれば、グレイは少なからず好感を持っていたはずである。


「これは警察の職務から逸脱しています。この忙しい時に探偵のお守をしている場合ではないはずです。私を自宅に帰らせるのではなく、署内で待機という中途半端な処分にしているのは少しでも人手が欲しいからですよね? であれば私を通常業務に戻してください」

「こっちは無視か小娘、お前、学生時代はクラスで浮いてたろ。余計なことばかりして皆からウザがられる学級委員長タイプだ。『先生、今日は宿題なしでいいんですかー?』とか言わなくていいこと言って顰蹙(ひんしゅく)買ってなかった?」


 クロフォードは猟犬のような鋭い眼差しをグレイに向けた。

 謹慎の原因といい、この態度といい、激しい性格であることに疑いの余地は無い。


(この女とニューリードへ行くって? 何の冗談だ)


「二人とも落ち着くんだ。それにクロフォード君、君はまず自分がしでかしたことを反省するべきだ」


 ぴしゃりと言われると、クロフォードはバツが悪そうに唇を尖らせた。


「だが、かねてより課長の言動には問題があって、以前にも女性署員からセクハラの苦情があったのは把握している。君の暴力は決して認められるものではないが、同情的意見が多数あるのも事実。君は将来有望な若手警官でもあるし、穏便に済むように私も動いている」

「それは……ありがとうございます」

「そこで、先ほども説明したが正式な処分が決まるまでの間、私の個人的な頼みを聞いて欲しい」

「この探偵の仕事を手伝うのですね?」

「平易に言えばそうだ。だが、護衛対象は世界的大企業の社長のご令嬢。とても重要な警護だ。地域課の通常業務だけでは絶対に得ることのない名誉だと心せよ」

「何だか、上手く乗せられているような気がするのですが」

「何事も経験だ。それに完遂してくれれば少なくとも君は私の信頼を勝ち取るだろう。上司に暴行を働いた今、君の今後のキャリアは既にボロボロだと思うのだが、どうかな? 刑事課の私に恩を売っては」


 クロフォードは一度深呼吸をした。考えた末、ここは受け入れるべきと計算したのかもしれない。


「……私も選択肢がないようですね。分かりました。ご配慮いただき感謝いたします。コリン・クロフォード巡査、これより護衛任務に就きます」


 真面目に宣言すると、クロフォードは警察バッジと拳銃を腰から外してデスクに置いた。


「理解が得られたようで安心だ。これで問題はないな」

「あるあるあるある! 何俺を無視して話進めてくれちゃってんの? 俺の理解が得られてないでしょうよ!」


 グレイが何度も挙手して叫んだ。


「イーサン、私は忙しい。ダリア・ライツはすぐに釈放するから直ちに出発しろ」

「いや雑ぅ! 前々から言ってんだろ。俺は極端な思考の奴、極端な行動をとる奴とは仕事しないの!」

「彼女は地域課の新人だが、とても優秀だ。刑事課でももっぱらの噂でな」

「上司の金玉を蹴り潰す警官のどこが優秀なんだよ、それが極端だって言ってんの!」

「そう言うな。俺たちは互いに協力者だろう? 刑事と探偵、歪だがこれまで上手くやってきた、これからもこの関係は続けていきたいと思っている」

「そりゃ、言う事聞かなきゃどうなるかなって脅しか?」

「古い友人の親切心として受け取れ。それに、クロフォード君は貴様の助けになる、きっとな」

「……」


 警部補の疲れが滲む目が細められた。

 旧友ジェイクとしての言葉に感じられ、拒否することは甚だしい裏切りに思えて、グレイは受け入れざるを得なかった。


 改めてクロフォードを見る。

 上目づかいでこちらを睨み、ツンと突き出した唇で不満と嫌悪をそのまま表している。


「フェリー刑事のご友人のようですので私から自己紹介を。コリン・クロフォードです」


 一瞬冗談かと思った。「仕方ないから名乗ってあげる」的な嫌味を放ち、笑顔も握手も敬礼もないシンプル過ぎる挨拶。


 言いたいことは山ほどあったが、グレイは観念した。


「イーサン・グレイだ。足引っ張んなよ小娘」


 ここに探偵と新米警察官のコンビが誕生した。


 ×××


 家出少女の名はダリア・ライツ。

 自動車メーカー大手『ライツ社』社長ヴァルター・ライツの一人娘。

 グレイの仕事は至極単純。彼女を父親がいるニューリードまで連れて行くことである。


 フェリーは「すぐに連れて来る」と言いその場を後に、クロフォードは私服に着替える為、更衣室へ向かった。

 待つこと数分、先に戻って来たのはクロフォードだった。


 ハイライズのパンツに白のブラウス姿で、ハンドバッグを手にしていた。

 胸、腰、尻のスタイルの良さは他の女性警官の比ではない。ともすれば妖艶に見えてしまいそうなものだが、尖った態度と先ほどの体験の影響で、グレイは色気というものを感じなかった。


「お前さぁ、今から真冬のニューリードに行こうってんだよ? シャツ一枚じゃ寒いでしょ」

「この中に上着を入れていますのでご心配なく。はぁ、どうして私がこんな目に」


 不機嫌な目つきで返事をするクロフォード。

 腕を組み、落ち着きなく腕時計をチェックしている。


 感情的な自信家、そのくせ評価に敏感で不満を募らせがで、働きの優秀さに反して信頼されないタイプだろうなとグレイは推し量った。


(舌打ちをしないだけまだマシか。ツラがいいだけに孤立してそー)


 と、そこへ。


「へー! あなたが探偵なの⁉ アタシ探偵って初めて見るんだけど、意外と普通だねー! 鹿撃ち帽被ってないしマント付きのコートじゃないんだ。あ、虫メガネは持ってるー⁉」


 ここが休日のモールのフードコートでも彼女の声はハッキリ聞き取れる程よく通る声を発して、少女が現れた。


 デニムのショートパンツに赤いシャツを腰の上で縛ったヘソ出しルック。ブラウンの髪が肩口まで伸びている。大きな目と口がハツラツとした表情を一層強調させている。よく焼けた肌が眩しい小柄な美少女だ。


「パパに頼まれた探偵でしょ⁉ ダリア・ライツで~っす、よろ! ねーねー、今までどんな事件を解決したことある?」


 こっちはこっちで逆方向に面倒だな、とグレイは五秒で直感した。


「お、おう。初めまして、イーサン・グレイだ。山高帽もコートもリゾート地には合わないから普通に着ないよ。それと探偵は難事件を推理する職業じゃない。よく言われるけどな」

「えーじゃあ虫メガネは? 証拠探しに使ったりしないの?」

「しないね」

「なんだ、つまんない」


(独特なペースのガキだな……親父さんもさぞ苦労していることだろう)


 しかし、相手は大切な荷物であるからして、ぞんざいに扱うことはできない。

 こめかみの血管をひくひくさせていると、クロフォードが一歩前に進み出た。


「よろしくお願いします、どうぞ気軽にコリンと呼んでください。コーラでもコーリーでもいいですよ」


 地域のお巡りさんらしく、柔和な笑顔での対応。不審な探偵に向ける表情とは異なって、明るい公務スマイルである。

 だが、


「うん、よろしくー、あ、おばさんのバッグ、シドールの新作だ! 私も持ってるよ、気が合うね私たち! 仲良くなれそ」

「お、おおおおおばばば……っ⁉」


 クロフォードが怒りとも悲しみともつかない表情で固まった。


「落ち着け金蹴り女。小学校に入った時、六年生が大人みたいに大きく見えただろ? あれと同じさ、社会人のお前さんが大人に見えただけだ、悪気は無さそうだから許してやれ」

「ねー探偵のおじさん、これから空港に向かうんだよね? その前に何か食べよーよ、バーガーがいいな、良い店知ってるから皆で行こー!」

「誰がおじさんだ! 俺ぁまだギリギリ二〇代だっ!」

「え、本当ですか? フェリー警部補の友人だからてっきり三〇代後半かと……」

「ね、老けてるよね!」

「よしお前らケツ出せ、順番に引っ叩いてやる」

「は? 股間蹴り上げますよ?」


 がるる! と野良犬みたいに睨み合うグレイとクロフォード。だが、大人たちがいがみ合っているというのにライツは微塵も気にした様子も無く朗らかに笑う。


「アハハ! 二人とも面白―い! 家に帰らされるって聞いた時は憂鬱だったけど、これならニューリードまで楽しそうっ!」

「「楽しくない!」」


 出会って初めてグレイとクロフォードの意見が一致した。


 すると、ライツを連れてきてから黙っていたフェリーが髭を触って、


「早く出発しろ、『ミドルトン夫妻』の家の庭に酔っ払いがワニを放したらしいのでな。俺はそっちへ行く……まったくこの街は馬鹿馬鹿しい事件が多すぎる」

「そりゃ大変だ、早く行ってやれ——」


 フェリーの言葉にハッとしてグレイが腕時計を見る。時刻は一〇時三〇分。待っている間に電話で確保した三席の飛行機の便は一一時四〇分発。警察署から空港まで、道が混雑していた場一時間かかる場合もある。今すぐ出発しなくてはならない。


「よし、いいかお前ら。まずは車で空港へ行く、飛行機で三時間、昼寝している間にニューリードに到着だ。それからタクシーでホテルへ向かい、このダリアちゃんを届けて終わり。以上説明終了、質問は無し。レッツゴー」

「ねーねーアタシお腹空いちゃった、バーガー食べに行こうよー」

「意見もバーガーも無し。食いたきゃ機内で食え」

「えー」

「よろしければ、これ食べます? 美味しいですよ、もぐもぐ……」

「もしもし? クロフォード巡査? 何食ってんの?」

「ドーナツですけど? 朝食がまだだったので」

「どんだけマイペースなんだよお前ら!」

「私がドーナツを食べることで、あなたに不利益が生じるんですか? あぁ、そういうことでしたか。残念ですが、これはあげませんよ」


 クロフォードが小脇に抱えたドーナツ屋の紙袋を、敵から守るように抱え込んだ。


「んなもん要るか! 俺は甘いものが嫌いなんだよ! もういい出発だ!」


 グレイは両手を叩いて二人を急かす。

 出発前にうんざりした気分になりながら、小走りで駐車場へ向かった。

 角ばった白のツードアのコンパクトカーを正面へ回し、後部座席にライツ、助手席にクロフォードを乗せる。


「これちゃんと走るのー?」

「失礼なこと言うな。走るには走る、文句は禁止」

「でも、リアウィンドウをビニール袋で代用してるし、フェンダーはベッコベコ、ボンネットは錆びだらけ。今だって背もたれのかみ合わせが悪くてスムーズに乗れなかったよー?」

「ここらの庶民の車は大体こんな感じなの、動けばよし」

「これ、事故が多くて訴訟を起こされたモデルですね、欠陥車じゃないですか。不安になってきました」

「爆発するかもね! ねーねー、次に車買う時はアタシんとこのを買いなよ! 居住性もバッチリだからさ!」


 ライツがカチカチの合皮シートの感触を確かめるように尻でバインバイン跳ねる。


「既にお前らのことがうっすら嫌いになり始めたよ……」


 なんてことを言いつつ、痰がからんだ咳みたいなエンジン音を奏で、車は走り出した。


 探偵イーサン・グレイ、謹慎中の警官コリン・クロフォード、セレブの家出少女ダリア・ライツ。

 三人は北へ一八〇〇キロ、経済の中心地ニューリードを目指す!


 旅はゆるりと始まった。


「まぁ、いきなりぎゃあぎゃあ騒いだけども、せっかくの旅だ、仲良くやっていこう」

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