取調室の探偵
取調室に叩きこまれるなんて、今日の予定にはなかった。
正面には女が一人、縛り付けられている。真っ白な拘束衣を着せられ、両腕はベルトによって腹側で固定、両脚もロープでイスに括りつけられていた。まるで巨大な芋虫だ。
無機質なコンクリートの壁。天井の蛍光灯はやけに白く、机とイス以外に何もない。
芸術映画のような予定外のシュール空間に、探偵イーサン・グレイはいた。
「金持ちの家出した娘を引き取りに来ただけで、どうしてこんな状況になるんだ? おたくは何か知ってる?」
「んー! んー!」
「なるほど、んー、んー、ね」
口をテープで閉じられた女が呻くだけで答えは返ってこない。
金髪の隙間から覗く女の鋭い目がこちらを睨んだ。
「ここは殺人犯の展示室かよ、何をしでかしたらそこまでグルグル巻きにされんだ」
ついさっきまで、グレイはホミア10分署のロビーにいた。依頼主から家出した少女を迎えに行くよう連絡を受け、書類にサインして連れて帰る。単純な仕事のはずだった。
しかし、到着して案内されたのはこの部屋。既に五分が経過している。
警察署内を勝手にうろつくわけにもいかず、待つしかない状況だった。
「それにしても——」
やることもないのでテーブルに腰かけ、改めて女を観察する。
ブロンドベージュのショートヘア。青い目に整った顔立ち、20代前半といったところ、10代の可能性もある。つるりとした白い肌にはシミ一つなく、厳しい表情の中に僅かなあどけなさが残っていた。
「美人のサイコキラーだったりする? それとも、彼氏とのケンカで拳銃取り出したり、止めに入った警察官に噛みついたとかそんな感じ?」
女の目がハッキリと「ふざけるな」と言った。
「図星? 止めとけ止めとけ。恋は盲目って言うけどな、夢中で走れば転んじまうぞ」
グレイが笑顔で話しかけるも、今度は犬のように低く唸った。
「極端になっちゃダメだぜ、人間何事もバランスが重要だ。まずは自分の人生というものを顧みるところから始めましょうってな、お分かりか?」
「ぐるるる……!」
「ダメだこりゃ」
うんざりして、あと五分経っても状況が変わらなかったら部屋を出ようと決意した時、ようやく取調室のドアが開いた。
「待たせたな」
ドアの軋む音と共に現れたのは見知った刑事だった。
ジェイク・フェリー警部補。
黒のスーツに黒のネクタイ姿で、口ひげを蓄えた中年の男。
「ジェイク。相変わらず辛気臭い恰好してんな、葬式帰りかよ」
「貴様こそ、何だその恰好は、本当に仕事で来たのか」
爬虫類を思わせるギョロ目が上下する。
性格と同じで遊びがないフェリーの服装とは対照的に、グレイのファッションはラフだ。
シャツの上に淡いターコイズのジャケット、リネンのズボンとデッキシューズを合わせた完全なるリゾートスタイル。
「ここは合衆国有数のビーチリゾート、ホミアだ。仕事をする時も環境に適した格好をするのが自然だろ、つまり浮いてんのはお前の方。 暴れん坊のネェちゃんもそう思うだろ?」
「ふがーっ、んぐーっ!」
「だってさ」
肩をすくめて見せると、フェリーは呆れたように額に手をやった。
そうして、彼らなりの挨拶を終えると、グレイが「さて」と切り出す。
「善良な探偵を取調室に放り込んだワケを聞こうか、こんないかにもヤバそうな犯罪者と相部屋にされた理由も聞きたいね」
グレイは机から降りて、腕を組む。
フェリーは眉間にしわを寄せたままドアを閉めた。
「補導した家出少女の件だが、規則上、保護者か親族以外には引き渡せない」
「知ってるさ。だから親のサイン付きの委任状を預かってる。電話で確認してみろ」
「既に確認した。飛行機に乗ってニューリードまで送って行くそうだな」
「そ、北へ一八〇〇キロ。だから急いで空港に行きたいわけ」
「分かっている、少女はすぐに引き渡す」
「何だよ、それならそうと最初から言えよ」
「ただし条件がある」
フェリーが人差し指を立てた。グレイは嫌な予感に顔をしかめた。
「警察官を一人、同行させること」
「は?」
間抜けな声が出た。
「いや、いやいやいや! 一六歳の女子高生一人連れて行くくらいで——」
「最低条件だ。委任状があるとはいえ、本来ならば保護者でも親類でもない者に補導した未成年を引き渡すことは出来ん。規則を歪めた末に何かがあっては我々の責任が問われる」
「今まで持ちつ持たれつ上手くやってきたじゃねぇか。今さらそんな堅苦しいこと言うなよ、警部補殿」
「護衛を付けないのなら、少女は出さない」
にべもなく言い切った。
「……つまり、俺に選択肢はない、と?」
「理解が早くて助かる」
数秒の沈黙。グレイは天井を見上げ、そして大げさにため息をついた。
「……分かった。護衛でも監視でも好きにしろ」
「それでいい、彼女はきっと役に立つ」
フェリーはあっさり頷いた。
「彼女?」
そして、グレイの横を通り過ぎる。
グレイから見てテーブルの反対側、つまり厳重に拘束された女の方へ。
「おい、まさか——」
女の背後に回ったフェリーがおもむろに拘束衣の留め具を外し始めた。
「クロフォード君、拘束が解除されても君の謹慎は継続される。いいな?」
「クロフォードって……お前」
女は両眉をぎゅっと寄せて、不本意といった感じで「んん」と頷いた。
口のテープが剥がされる。
「紹介しよう。地域課のコリン・クロフォード巡査だ。朝のパトロール中にセクハラを働いた上司の股間を蹴り上げて失神させ、病院送りにした為、現在謹慎中。本来ならば自宅待機を命令するのだが、護衛に就かせることにした。クロフォード君、こっちは友人で探偵のイーサン・グレイ——」
拘束衣が解かれた瞬間、女はイスを蹴り、机に乗り上げてグレイに掴みかかった!
「何っ⁉」
グレイが右手首を掴んで止める。女の左膝が動いたが、これも足裏で受け止めて機先を制し急所攻撃を防ぐ。左足を弾かれてよろめいた直後、素早く屈んだ女はフットボール選手のように頭と左肩をねじ込んできた。強烈なタックルを受け、壁に叩きつけられる。
しかし、グレイは歯の隙間から僅かに息を漏らしただけで、女の襟首を掴み引き寄せた。
掴んだ手首をめいっぱい持ち上げ、二人の身体が密着する。
ペアダンスの途中のような恰好のまま、女を睥睨する。
頬が紅潮し、歯を食いしばり、悔しそうで不快そうな表情。
そして、フェリーの紹介通り、女は警察官の制服を着ていた。
「いきなり何なんだよ……っ」
「サイコキラーだの犯罪者だの、好き放題言ってくれましたね。私は見ての通り警察官です。侮辱も甚だしい」
「この状況、あながち間違いでもなさそうだが!?」
フェリーが「止めなさい」と一喝すると、女は下唇を噛んだ。
抵抗する腕の力が抜けていく。
解放してやると、女は改めてグレイを睨んだ。
しわを寄せた眉間と敵対心に満ちた目、苛立ってアゴを突き出す仕草が、美人な顔を台無しにしていた。今にも中指を突き立てそうな気勢である。
「私は、失礼な態度を取る人には相応の対応をすると決めていますので」
「この激ヤバ女警官が護衛だと……? チェンジだ馬鹿野郎」
グレイは理解した。
これは面倒な仕事になる、と。
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