~ホミア一〇分署刑事課取調室Aにて~
「パットビルの事故現場の画像を取り急ぎファックスで確認しましたがね、スゴイものですよ。人間がフロントガラスを突き破って運転手の喉を蹴り潰したとしか説明が付かない痕がくっきりと。まるでアクション映画です」
ファイルを手に取調室に入って来た男は、先ほどまで事情聴取という名の尋問を担当していた連邦警察の彼ではなかった。
「初めまして……まぁ名前はいいでしょう。お待たせして申し訳ない。確認に時間がかかりまして——あぁ、そう緊張しないでください、私はただの下っ端で尋問官でも諜報員でもありませんので、えぇ、えぇ、ただのメッセンジャーです」
しわの寄ったスーツはサイズが大きい既製品で、手入れされていない革靴は安物。早口で捲し立てる口調はオタクっぽさを感じさせ、とてもエージェントには見えない中年男だ。
「連邦警察の次は総合情報局ですか」
「敵対する第三世界の国に我が国の金が流れているとなれば必死にもなります。お疲れでしょうがご理解ください」
否定も肯定もしない、それが答えだった。明らかでもそういう態度を取るのが彼らだ。
「あなたも私を疑っているのですか? そのジョンとかいうスパイの手先だと」
「いえいえ、あくまでこの事件の参考人としてお話を聞かせてもらうだけでして」
見え透いた嘘だ。
諜報組織には負けるかもしれないがフェリーは刑事。この部屋に押し込まれた時点で自分が疑われていることなど分かっている。
「デスクや部屋を探っても構いませんが、キレイに漁ってくださると助かります」
「はは、現場の者に伝えておきます。ですが、本当にあなたは無実でしょう。ガサ入れはグレイ探偵の情報が出てくれば収穫ありといった具合でしょう、彼の方が謎めいていますから」
男が向かいに座る。
フェリーは机に両肘をついて口ひげの前で指を組んだ。
「それはどうしてです? 私が潔白だという根拠は?」
「確認に手間取ったのは旅行代理店に車が突っ込んだ件ではないのです。ホール巡査部長の自宅を調べました」
男はファイルを開いて言う。
「意味深な現金二十万デイルが壁の中から見つかりましたよ、それに怪しげな機械や試作品の数々もね」
「試作品?」
フェリーが聞くと、男はポケットから極小の何かを取り出した。透明なビニールに入ったそれは指の第一関節にも満たないサイズだ。
「フェリー警部補、あなたのデスクの電話に仕掛けられていた盗聴器です」
フェリーは絶句した。
「あなたが内通者ならわざわざ盗聴器を仕掛ける必要は無い。ホール巡査部長に利用されたのでしょう。いかにもスパイが使いそうな秘密道具です。あなたとグレイ探偵の会話は筒抜けだったと考えてよろしいかと」
「まさかうちの署に裏切り者がいたとは……信じたくはないが否定できる根拠もない」
「現在、彼の身柄確保を最優先に共同で動いています」
「協力を惜しまないつもりですが、ホールの居場所に心当たりはありません。プライベートの付き合いもありませんから」
「あぁ、いえいえ。あなたにお聞きしたいのはそんなことではありません」
そう言って、おもむろに口角を上げた総合情報局(SIA)の男がファイルを閉じた。
「イーサン・グレイとは東西戦争を共にした間柄だとか」
「はい」
「えぇ、えぇ、あなたの部屋からそれを裏付ける写真が見つかっています。ですが——」
そして、笑顔が消失した。
「イーサン・グレイの従軍記録は見つけられませんでした」
「そういうこともあるでしょう」
「軍の情報部や非公式部隊、確かにそういった所属の場合、情報が秘匿されることがしばしばあります、ですが、それ以前の経歴も見つからないとなると、おかしいですよねぇ?」
フェリーは瞬きもせずにじっと見つめる。男も同様だった。
「社会保障番号も州に提出された登記書類もすぐに確認できました。ですが、それ以前にどこで何をしていたか、出身の高校すら分からない。我々の情報網を使ってもイーサン・グレイが探偵業を始めた二年前より昔のことが分からないのです」
「必要ですか? スパイの確保にイーサンの情報が」
「彼はホール巡査部長と並び今最もジョンに近い重要人物です、調べるのは当然ですよ。またライツ氏が愛娘を彼に任せたのも不思議ですしね。そうは思いませんか? ライツ氏は大金持ちでボディガードや側近、多くの部下を持っているのですから、その内の誰かに娘を迎えに行かせればいいでしょう? 何故わざわざホミアの零細探偵に頼るのです?」
「意外な接点があるのではないですか?」
「御存知なのですか?」
「いえ、互いの仕事には踏み込まないようにしているので」
「女性警察官を護衛に付けておいてそれはないでしょうフェリー警部補、知っていることを話してください」
「彼とは戦地で知り合いました。二年前にホミアで再会しました。ただの友人です」
「彼は何者なのですか?」
「ケチな探偵ですよ」
「私にはそうは思えません」
「……既に見当はついているが確信が持てない。そんな様子に見えますが」
「否定しません。彼が敵ではないと分かれば我々としては十分ですから」
「なるほど……イーサン・グレイが本命ですか。逃走中のスパイなんてどうでもいいと」
「そうは言いません。私とは担当が異なるだけですよ。あなたも私共も連邦警察も、みんな国に奉仕する仲間じゃないですか。私共はただ安心したいだけです。イーサン・グレイが危険ではないと」
フェリーは詰めるように顔を突き出した。
「本人に聞けば済むのでは? それとも、彼と直接接触するのを憚る理由でも? 例えば、外交上の理由とか」
「ははっ、そうか、やっぱりそうなんだ! 参りましたな!」
途端に男の顔が明るくなった。
「お時間取らせてしまって申し訳ない。通常業務に戻っていただいて構いません」
得心がいったのか、駆け足で部屋を出て行った。
(とっくに気づかれていたようだな。合衆国のスパイは優秀だ)




