速報と鳴らない電話
~午後九時三〇分。ホミア第一〇分署刑事課オフィス~
ジェイク・フェリーは本日二四本目となるタバコに火をつけた。
年を追うごとに夜更かしが骨身にこたえるようになってきた。
戦争の古傷のせいか腰の調子も悪く、自分は健康な刑事であるという自認は近いうちに改めなければならないな、と沈鬱な面持ちで肺いっぱいに煙を吸い込んだ。
「……俺は電話番をするような立場ではないぞ」
独り言を零し、デスク上の電話を睨んだ。
あのケチな探偵がこまめに連絡を寄越す性格でないことは分かっている。だが、列車電話でいくらでも報告ができるはずなのにこの時間までそれがないということは、何らかのトラブルに見舞われている可能性も考えられる。
度々厄介事を持ち込む男だが、連絡が無いことで別種の不安を煽るのだから、イーサン・グレイという男は何にせよフェリーの胃を痛くさせる。
苛立ちを誤魔化すように、オフィスのブラウン管テレビを点けっぱなしにしていた。音量は小さい。
『――ハーネリアのフリスカ王女は、本日、エンフィリア美術館を御訪問になられました』
女性アナウンサーの過不足ない声が聞こえる。
『中世末期の宗教画コレクションをご覧になり、「緻密で荘厳な作品の数々に心惹かれました」と、感想を述べられました。明日は児童養護施設を御訪問される予定で、趣味のピアノを演奏される予定と——』
フェリーはテレビに視線を向けないまま煙を吐き出す。
『なお、フリスカ王女は二日後、ニューリードにて行われるハーネリアと合衆国修好七十年記念式典に御出席される予定です』
二日後。ニューリード。それがやけに耳に残った。
(確かイーサンもそんなことを言っていたな)
フェリーがぼんやり考えていた時、
『――ここで、臨時ニュースです』
緊張が滲む声色に意識がテレビに引っ張られる。
画面が切り替わる。
夜の駅舎。赤色灯。規制線が映し出される。
『ホミア・ニューリード間を結ぶ特急HN三便で、発砲事件が発生しました。今から三〇分ほど前、午後九時ごろ、走行中の列車内で何者かが発砲したものとみられています』
パットビル駅を遠景に現地のレポーターがマイクを手に報じる。
『事件は食堂車で発生したとみられ、現在はパットビル駅に停車しています。ご覧いただけますように現場は騒然としています!』
白煙。座り込む乗客。毛布。
『煙を吸い込んだためでしょうか、ホームには座り込む人々の姿が数多く見られます。現在のところ死者は確認されておりませんが――』
間違いない。イーサン・グレイが乗車しているはずの列車だ。
フェリーは床を蹴ってテレビの正面へ駆けつけた。事務イスが倒れる音がオフィスに響いたがどうでもよかった。
『なお、犯人の身柄は現在も確保されていません。乗客に話を聞きますと、未確認ではありますが、発砲直前、食堂車にいた複数の乗客が一時的に意識を失っていたとの話もあり――』
食い入るようにテレビを見る。
『警察関係者は、テロの可能性も視野に入れて捜査を進めているとのことです』
夜勤の署員が「テロですか? ホミアが始発ですからウチも捜査に加わるんですかね」と話しかけてくるが、「あぁ」とだけ答えた。
『また、つい先ほど、我々報道陣が到着する直前に、駅の駐車場で銃声がしたとの情報も入っています』
また一歩、テレビに近づく。
『現在、広い範囲で規制線が敷かれており、駅舎には近づけない状況です。なお、その銃声が列車の事件と関係しているかどうかは、現時点では分かっていません。また動きがあり次第お伝えいたします』
現地レポートが終わり、映像が再びスタジオに戻る。女性アナウンサーの真剣な表情が大写しなった。
フェリーは倒したイスを引き起こした。
(踏切で事故があった直後に列車で発砲事件。これがイーサン達と無関係な訳がない……だが、ソラタ州を出てしまった以上は連邦警察からの要請もなしには動けん)
咥えたタバコの灰が右手の甲に落ちた。
「……っ」
小さく舌打ちし、慌てて灰を払う。
「イーサンから電話がかかってくるのが先か、俺が過労とストレスで死ぬのが先か」
デスクの電話は鳴らない。
警部補の独り言がむなしく灰皿に落ちる。
「フェリー警部補! 連邦警察の奴らが来ましたよ!」
夜勤の制服警官が血相を変えてオフィスに飛び込んできた。
「いつにも増して早いな……胃薬を飲む暇もない」
フェリーはタバコをもみ消した。




