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短すぎるインターバル

 グレイは慌ててワゴンの陰から飛び出す。

 突然の銃声に悲鳴が上がった。混乱は即座に広まり、蜘蛛の子を散らすようにバスの待機列が消え失せた。


 走って改造車の前までやって来ると、クロフォードが男達を車外に出すところだった。


「両手を上げたまま出てきなさい! そこの男! 両手を頭の後ろへ、腹ばいになりなさい!」

「「わ、分かった」」


 ビビりまくった若い男二人が車の横の地面に伏せ、クロフォードがそれを見下ろしていた。


「こいつらが協力者です! 拳銃も持っていました!」

「何だって? 一発目に本命引き当てちまったのか」


 ライツがてへへ、と若干気まずそうに曖昧に笑っている。


(直感がどうのこうの言ってたが……まさか本当に)


 グレイの関心をよそに、クロフォードは興奮した様子で捲し立てる。その迫力に押されたのか、二人の若者は意外にも素直に答える。


「何が目的です? 誰かに指示されたんですか? 正直に答えないと酷いことになりますよ」

「お、俺らバイトなんすよ! ここで待機して、若い女が来たら車に乗せて移動しろって言われただけなんす!」

「い、いきなり撃たれて意味分かんねぇよ!」

「嘘をつくな! この子の腕を掴んだでしょう⁉ これは誘拐未遂です!」

「それよりも確かめなきゃならないことがある」


 地面に膝をついたグレイは、運転席にいた男の前髪を雑に掴む。


「どこに移動しろと言われた?」

「そ、それは——あ、ぎぁっ……!」


 前髪を引き、額を地面に叩きつけ、押さえつける。


「アスファルトにすり下ろされたくなかったら、言え! 女を攫ったらどこに移動するつもりだった⁉ あぁっ⁉ こっちは警察なんてお上品な者じゃねぇからよ、早く吐いた方が身のためだぜ」

「し、知らない知らない……!」

「クロフォード、銃を貸せ。指を弾けば思い出すかもしれん」

「ま、待て待て! 言うから止めてくれ! ニューリード! ホテル・ハービンジャーに連れて来いと言われたんだ!」

「いつまでに?」

「二日後の午後一時!」


 グレイは男の前髪から手を離す。


 襲撃者は二日後のニューリードにライツを連れて行こうとしている。グレイとは全く異なる理由で。


「お前ら、どこの組織だ、何の目的でダリアを襲う?」

「し、知らない! それは本当に知らない! ヤバそうな奴ってことだけだ! 前金押し付けられたから、仕方なくやっただけなんだよ!」

「それは? 仕方なく? バイトって言ってたじゃねぇか。適当こいてんじゃねぇぞクソガキ!」

「け、今朝早く、俺たちのたまり場に突然大勢でやって来て仕事を紹介されただけなんだ!」

「どんな奴らだ!」

「オッサンさ、用心棒みたいなごつい奴もいたから、断れなくて……それに、ホールにたまり場のことをチクるって言ってきたんだ!」

「何だと」

「別に俺が盗んでるんじゃないんだぜ、俺は手先が器用だから自転車とかの修理をするだけで、その中に盗品があっても——」

「お前の小せぇ悪事はどうでもいい! ホールって何だ⁉」

「パトリック・ホールってお巡りさ、俺達何度もそいつに捕まってるし、目ぇつけられてんだよ! それに今度捕まったら——」


 裁判がどうの、と男は宣うが、それら全てはグレイの耳を素通りする。


 ライツを狙う謎の組織、チンピラを駒に使うなら暴力と金をちらつかせれば済む話だ。その上、この若者が恐れるホールという警官を脅しの材料に使ったのは過剰であり、的確過ぎる。組織はそのホールという警官とグルだと見るべきかもしれない。


 そこまで考えたところで、思考は中断させられた。


 またもや銃声が鳴り響いたのだ。

 二発がトランクに命中し、火花が散った。


「車に乗れぇっ!」


 誰よりも早くグレイが叫んだ。

 ライツとクロフォードを抱き寄せ、白の改造車の陰に飛び込む。

 ドアを開け、二人を車内に押し込んだ後、運転席に乗り込み、イグニッションキーを回す。


「ねぇねぇ! 何これ、どういう状況⁉ もしかしてヤバい感じ⁉」

「頭下げてろ! お前、何したらここまでされるんだ⁉ 本当に心当たりはねぇのか⁉ ギャングの殺しを見たとか、麻薬の取引現場を見たとか、資金洗浄(マネロン)のダイヤを拾ったりとかしてない⁉」


 車を発進させ、ハンドルを切った。


「見てないし、拾ってないよ! 私はただホテルのバ―でバイトしてただけだもん! そんな映画みたいなの目撃してたら、我慢できなくてベラベラ喋っちゃうから本当だよ! あと落ちてるダイヤなんて拾わない! パパが買ってくれるし! あ、街に行くなら右に出た方が早いかも!」

「クソ! じゃあやっぱりお前の親父さん絡みか⁉ ——お、うおおおおお、アイツら追いかけてきてるぞおおお!」

「ちょっと! 今赤信号ですよ!」

「んなこと構ってられるか! 俺に注意すんなら、人を撃っちゃいけませんってアイツらに教えに行ってくれない⁉」

「確かに~! しばらく真っすぐね、左に曲がる道が出てくるけど、そっちは住宅街!」

「シートベルト締めてくださいダリアさん! そんなに身を乗り出さないで! 頭下げて!」


 発進させた改造クーペ・ソキウスのV6エンジンが唸りを上げ、夜の道に響き渡る。アクセルを踏み込むと、見た目の重厚さ通りに速度は緩やかに上がる。クラクションを押し込みっぱなしにして前を走る車両を次々追い越していく。

 排気音と全身で感じる振動にグレイの鼓動が加速する。


「あぁクソ! 何だってこんな極端なことになるんだ! 本来なら飛行機でニューリードに着いてる頃だって! 簡単な仕事のはずだったのに、どうしてこうも事態が悪い方に流れていくかねっ⁉」


 グレイはフロントガラスに愚痴を叩きつける。そうすることで正気を保っているかのように。一本の綱の上で手をばたつかせてバランスを取るように唾を飛ばす。


「大体、何で街のチンピラがこんな良い車乗ってんだよ⁉ 俺のなんて中古の事故車だよ⁉ それも潰れたしよぉ!」

「大丈夫、イーサン?」

「あぁ! 全然へっちゃらよ!」

「でも不幸中の幸い! 代わりの車が見つかって良かったじゃん! これフォードアだよ! もう後部座席の移動の時、背もたれをガコガコしなくて済むね!」

「……」

「これ、盗難車じゃないですかね」


 ブチッとグレイの中で何かが切れた音がした。

 追いついてきた追手のグリーンのエーデル・コンチネンタル(最新モデル)がちょうどグレイに並び、寄せて来るところだった。

 ウィンドウを下げ、サプレッサー付きの拳銃を構え、こちらを狙っている。


「テメーらも良い車乗ってんじゃねぇえええ! 潰し殺すぞ悪党どもがあああっ!」


 グレイは叫びと同時にハンドルを左へ叩きつけた。

 エーデルのフロントフェンダーに肩からぶつかり、金属同士が擦れ合う不快な悲鳴が夜気を切り裂き、車全体が大きく揺れる。


「どうだオラァ! こちとら自分の車じゃねぇから強気で無敵だぞぶははは!」

「きゃー! スゴイスゴーイ! 映画みたーい!」


 一瞬、エーデルの進路がぶれる。だが怯んだのはほんの刹那だった。

 すぐさま距離を詰め直し、後方から乾いた音が連続して響く。


 ――パン、パン、パン!


「撃ってきやがった!」


 リアウィンドウが白く弾け、ガラス片が車内に飛び散った。


「頭を下げて!」


 クロフォードがライツに覆いかぶさる。


「くそっ……!」


 グレイはアクセルを踏み抜く。だが、いまいち伸びない。

 この改造ソキウスは本来クーペだった車体を無理矢理延長した改造車だ。車体重量はメーカーの想定を超えており、居住性と引き換えに加速も最高速度も落ちてしまっている。

 走れば走るほど、その差が露骨になる。

 このままでは振り切れない。

 ミラー越しに、エーデルの顔が迫る。


「ちっ、直接乗り込むしかねぇか」


 その時だった。


「――()()()()()()()


 静かだが、はっきりした声。

 クロフォードが腰を曲げて後部座席から助手席へ移ってくる。


「正気か? こんな状況で、免許取り立てみたいな小娘にハンドルを預けろってか!」

「フェリー警部補は、こんな時のために私を護衛に付けたんだと思います」


 クロフォードはそう言って、ハンドバッグから拳銃を抜いた。スライドを持ってグレイに差し出す。


「あなたが言った通り、私は感情的で、射撃が下手な小娘かもしれません。ですから、これをお願いします」


 その一瞬、流れる等間隔の街灯に照らされる彼女の横顔が、記憶の奥と重なる。


「人は一人じゃ生きていけない。生きるってことは、助け合うことだって……昔、兄が言っていました。ですから……助けてください。私が助けますから」


 拳銃に手を伸ばし、そこで一瞬、止めた。

 ほんの一瞬。

 だが、その迷いはすぐに振り払われる。


「……これは、極端な提案でしょうか?」


 頭に、フェリーの声がよぎった。

 ――困った時は、彼女に運転させろ。


 グレイは息を吐いた。


「いや、大胆な提案だ。そういうのは嫌いじゃない。頼むぜ相棒」

「え~何かカッコいい~、いいな~アタシも混ざりたいな~!」


 ライツの声を背に、二人は素早く席を入れ替わる。


「お」


 その際、クロフォードがバランスを崩し、彼女の大きな尻が膝に乗っかる。むにゅり、と柔らかいものが潰れる感触があった。


「あ、すみませ——」

「いくら警官でも、ドーナツは少し控えた方がいいぞ」

「どういう意味ですかっ⁉」


 グレイは苦笑しつつも、彼女の細い腰に手を添えてどかし、すぐに助手席へ体を引いた。睾丸を蹴り潰されたらしい彼女の上司の二の舞は遠慮したかった。

 ちなみに、ライツに無理やり開けられたブラウスから大きな胸の谷間が揺れているのが確認できたが、「眩しい」と言うだけに留めておいた。


 何が、という表情のクロフォーはすぐに前を向いてハンドルを握る。


「私も! 私にもできることはないかな⁉」


 興奮気味にシートから身を乗り出すダリアが、後ろから抱きついてくる。

 グレイはふと気が付いた。これまで何度も的確な指示が飛んでいたことに。


「そういえばお前、何で道が分かる?」

「退屈すぎて、列車のベッドで無料配布のパンフレットの地図読んでたら、覚えちゃった!」

「観光地とか、レストランだけじゃなく?」

「うん、下道もハイウェイもバスの路線もバッチリ!」

「ははっ……なるほど。体質特性恐るべしだな」


 グレイはルームミラー越しに笑いかける。


「じゃあ、ナビを頼む、コリンをサポートしてやってくれ」

「ガッテン!」


 次の瞬間、クロフォードの表情が変わった。

 ハンドルを握る手に力が入る。


「ダウンタウンまでは」

「この時間なら工場地帯を抜けた方が早いかも!」


 ハンドルを左へ回し、道幅の狭い路地をクロフォードが躊躇なく切り込む。

 減速と加速、バックミラーで相手の位置を確認しつつ蛇行し、進路を塞ぐようにエーデルの車体を振り回す。


「スゴイスゴーイ! ジェットコースターみたい! こんなことできるなんてすごいよ、コリン!」

「舌を噛みますよ、お口にチャックです!」

「お、お前! こんな能力があったのかよ!」

「え、えぇ、昔から動体視力には自信があるんです。小さい時から家の敷地内で運転していましたから」

「やるな! 見直したぞ()()()!」

「そ、そうですか? 護衛ですからね、これくらいはっ!」


 細かく曲がり、抜け、また曲がる。

 暗闇の工業地帯が迷路に変わった。

 車窓の景色が高速で流れ、あっという間にダウンタウンに入った。

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