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冴えた作戦

「いいんですか? 列車テロを撃退したヒーローになれるのに」


 男子トイレの手洗い場で、付いてきたサンダースが言った。


「目立つのは嫌いでね。お前も取材させてくれーなんて言うなよ?」

「バレましたか、はは。特ダネになると思ったんですがね。ま、僕も助けられた一人ですから今回は自重します」


 グレイ達は列車が駅に到着するや否や、逃げるように改札を抜けた。

案の定クロフォードが「現場にいた者としての責任が」と難色を示したが、半ば強引に連れ出した。今は目を覚ましたライツを見てくれている。


「お前こそ警察と話さなくていいのか? こんな大事件、入社の良い手土産になるんじゃねぇか?」

「今はそんな事より、どうやってニューリードへ向かうかが問題ですよ! 振替の列車は最悪、明日になるでしょうし、ああ! バスで向かうしかないのか! 予備日はないから、明後日にはおじいちゃんの家に着いてなきゃいけないのにぃっ!」


 上半身裸のグレイは、慌てるサンダースを鏡越しに見つつ、濡らしたトイレットペーパーで鼻血を拭っていく。

 拳の痕がハッキリ残る腕の痺れは未だに続き、鼻は折れている。その他全身の打撲に細かい擦過傷。数えるのも馬鹿らしいほど満身創痍だった。

 だがグレイにとっては大きな問題ではない。この程度の怪我には慣れている。


「ふんっ!」


 歪んだ鼻をつまみ、無理やり元の位置へ戻すと、ゴリッと軟骨の音がした。サンダースの小さな悲鳴が聞こえて、グレイはまた笑う。


「着替えを買わねぇとな。こんな格好じゃニューリードで浮くだろ?」

「は、はは……ジャングルなら似合いそうです」

「お互いの旅が無事終わることを祈るぜ。機会があればまた会おう」


 グレイは血で汚れたシャツを着なおし、ターコイズのジャケットを羽織った。


「あ、はい! 楽しい食事でした! 今度はぜひお仕事についても聞かせてください!」


 グレイがトイレのドアに手をかけたところで、サンダースが首から下げたカメラのシャッターボタンを押した。

 一瞬の閃光。

 目を輝かせたサンダースが鼻を膨らませていた。


 ×××


 ホームでは鉄道警察官が走り回り、ガラス越しに白煙を吐く食堂車が見えた。

 説明を求める声と怒号が混じり、駅員の「落ち着いてください」が何度もかき消される。

 そんな光景を尻目に、グレイは遠足の注意事項を説明する教師のような声色で言う。


「金もねぇし、移動手段もねぇ、クソ絶望的な状況だ」


 悲しい現状を端的に伝えると、ベンチに座る女子二人が見上げた。


「明日の振替運行を待てばいいんじゃないですか?」

「何かヤバいことになったんだってー? アタシまた見逃しちゃったよー、イーサンのカッコいいところ見たかったなー! あ、あと喉乾いた、コーラ買ってきていい?」

「いいわけねぇだろ、勝手に動くな。昼間の事故もさっきの襲撃もお前を狙ってのことなんだぞ」

「そんなこと言われてもアタシには心当たりないし、分かんないよー」

「これから事態が解決されるまで一人行動は禁止、便所の時もミアに付き添ってもらえ、あと食いもんは全部俺がチェックするから勝手な飲み食いも禁止だ」


 立ち上がるライツの首根っこを掴んで座らせると、唇を尖らせる。


「ぶーぶー! 青少年の自由を奪う虐待だ! ねぇコリン~、イーサンがイジメるよぉ~」

「仕方ありませんよ、事態が事態です。今は従ってください」

「コリンまで!」


 クロフォードは警戒を解かず、しきりに周囲に目を向ける。まるで大統領護衛のシークレットサービスだ。

 グレイが腕時計を確認する。午後9時を回ったところ。


「俺だって口うるさくはしたくねぇよ? でもどんな状況でも守ってやれるほど俺は強くない。これから先の長い人生、まだまだ楽しいことをしたいなら今は俺の言うことを聞いてくれ」

「分かったよぅ」

「良い子だ。じゃあまず、どこかにいるはずの犯人の仲間をぶちのめして、どこかにあるはずの車パクって移動しようか」

「うん、……うん? 何て言ったの?」

「大丈夫、実際にぶちのめすのは俺だから」


 クロフォードの眉が吊り上がった。


「何言ってるんですか⁉ これ以上騒ぎを大きくする気ですか⁉ いえ、というより危なすぎます! 大人しくモーテルで休んで、明日再出発すれば良いじゃないですか!」

「まぁ聞けよ。あのハンマーとかいう傭兵は食堂車の客を眠らせて、ダリアを連れ去ろうとした。あのタイミングで襲ったってことはこの駅で降りるつもりだったんだよ。なら当然、運ぶために車の一つでも用意してあるはずだろ?」

「そうかもしれませんがそうではなく! 無理にニューリードへ向かう必要はないと言っているんです! どうしてそんなに急ぐんですか⁉ 安全を考えれば警察に保護してもらうべきでしょう!」

「警察に頼れば、二日以内にニューリードへ連れて行けなくなる。それはダメだ」

「仕事だからですか。正体不明の組織が狙っているんですよ⁉ ダリアさんのお父さんからいくら貰えるのか知りませんけど、そんなことを言ってる場合ではないでしょう! 今からでも遅くはありません、警察に相談を——」


 首を横に振るグレイ。


「俺はどんなことがあっても、こいつを連れて行く。本来なら一分一秒でも早く届けたいんだ。絶対に邪魔はさせない」

「だから何故そこまでっ!」

「コリン……アタシなら大丈夫だから、落ち着いて、深呼吸だよ?」


 大声に驚いた通行人が何事かと視線を寄越す。クロフォードは決まり悪そうに俯いた。


「す、すみません……取り乱しました」


 グレイは目を閉じて言う。


「ニューリードに着いたら教えてやる。急がなくちゃならない理由をな」

「ますます意味が分かりません」

「オッケー、私はイーサンのこと信じるよ」


 疲れたように言うクロフォードと、あっけらかんと言ったライツ。どちらかというとライツの方が怖がって然るべきなのだが。


「この騒ぎだ、犯人達も全便運休になったことは知っているはず。となれば俺たちが次にどう動くかが気になるだろう。バスに乗って少しでも距離を稼ぐのか、あるいは一泊して休むのか。必ずどこかで俺たちの動向を見ているはずだ。ダリア、あんまりキョロキョロするな、探してるのバレちゃうだろ」

「あ、そっか。なんかスパイ映画みたいだね」


 ヒソヒソ声で笑う。

 クロフォードは呑気なダリアを見て一度ため息をついてから、気合を入れるように自分自身の顔を両手でぴしゃりと張った。


「車が用意してあっても、運転主がいるとは限らないのでは?」

「いや、ハンマーは共犯がいることを匂わせていた。あの喪服の女がそうだったが、奴らにはそれぞれ役割があるのかもしれない。攫う役、眠らせる役」

「運ぶ役もあると?」

「そのはずだ。ハンマーは目を悪くしているとも言っていたから運転できるかどうか怪しいしな」

「なるほど……それでどうやって?」

「ナンパだよ。お前とダリアで善良そうな人に声をかけて断られろ。その様子を見た奴がチャンスとばかりに声をかけてくるはずだ。『おれっちの車に乗らないかい?』ってな」


「そいつが協力者だね」


 グレイが首肯する。


「俺は少し離れたところで見てる。動きがあればすぐに駆けつける」

「上手くいきますかね……」

「この作戦の肝は、いかに頭の弱い尻軽女と思わせられるかに全てが懸かっている。罠だと気取られたらその時点で終わりだ。良かったなドーナツ女、この旅でようやくお前が役に立つ時が来た。その持て余した若さと肉体で存分に誘惑して来い」

「や、ややや役立たず? こ、この私が? っすぅ……お言葉ですけど、ショットガン突き付けられて大ピンチだったあなたを助けたのはどこの誰ですか?」


 両手を広げるクロフォード。


「肝心な時に眠ってたろ、それに四発も発砲して一発も当たらなかった。それで護衛警官だっていうんだもん、役立たず以外の何物でもないだろ。お前がやったことって言えば、ドーナツの大食いぐらいだ。いいからそのデカい尻の一つでも掴ませて、協力者を炙り出してこい」

「あなたは最低か⁉ くっ……、い、いいですよ! やったろうじゃないですか! 私はモテるんです! ナンパの一つや二つ、ヒッチハイクの三つ四つ、あっという間に終わらせてやりますよ! ついでに協力者をぶちのめすのも私がやります! 拳銃返してください、最悪これで強硬手段に出ますからっ!」


 自尊心を大きく傷つけられたらしく、肩を怒らせて立ち上がったクロフォードはグレイのベルトに引っ掛けた拳銃を奪い、大股&ガニ股でズカズカ歩き出す。艶めかしさなぞ一ミリも感じさせない所作だった。


「ダメそうだね」

「あぁ、どう見てもイラついたOLだ。ダリア、あいつのブラウスのボタン開けてこい。谷間でも見せつけねぇと、あれを魅力的だと思う男はいない」

「ガッテン!」


 ガバッと飛びかかる女子高生にひん剥かれる哀れな女性警官を遠目に、グレイも移動する。トイレの脇を抜け、バス乗り場の行列に紛れるように駐車場を迂回する。

 電灯を避けるように移動し、道路と駐車場を隔てる茂みの中に身を隠した。

 幸いなことに駅の駐車場はそれほど広くない。バスケットコート二面分といったところだ。


 運転手のいないワゴン車の陰から覗き見る。

 赤いシャツと胸元が大きく開いた白のブラウスの女性二人組が駐車場にやって来た。


(よしよし、まずはヒッチハイクをする姿を見せつける、上手くやってくれよ……これ以上のトラブルは勘弁だ)


 声は聞こえないが、クロフォードが身を屈めてライツの口に耳を寄せているらしい。クロフォードが頷くと、二人は二列先にある黒塗りのセダンに近づいて行く。


(クーペのにルーフラインを延長させた改造車……まずいな、やんちゃな奴が乗ってた場合、普通にヒッチハイクが成功しちまうぞ)


 だが、クロフォードがヒッチハイクに成功することはなかった。


「……何やってんだ?」


 そこでグレイが見たのはウィンドウを下げた運転手とクロフォードが言い合い、後部座席から出てきた男がライツの腕を掴む光景。運転席の男が窓から腕を出すと、そのままクロフォードの腰に手を回し、持ち上げるように尻を掴んだ瞬間だった。


「今すぐ手を離しなさい! このゲスの脳みそぶちまけて、アンタにすすらせるわよっ⁉」


 パン! と乾いた音が、駐車場に響き渡った。


「ドーナツ女っ! テメェ脳みそまで油漬けか⁉ ケツ触られたくらいで撃つんじゃねぇ!」


 夜の駅前駐車場で発砲事件が発生した!

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