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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう


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7/11

第7話 あなたをこのバンドから追放するわ!

 ライブハウス【GUREN】の薄暗いステージの上。

 私は自分の定位置(隅っこ)に立ち、愛用のギターを抱えながら、足元のエフェクターボードをじっと見つめていた。


(……どうしよう。上手くできるかな)


 心臓が、早鐘のように鳴っている。


 ここは私の安全な自室ではない。

 タバコと酒と埃の匂いが染み付いた、魔王の城の玉座だ。


 それに、才川さんとは多少言葉を交わすようになった(一方的に話しかけられているだけだが)とはいえ、ドラムセットに鎮座する金剛寺さんとは、ほぼ赤の他人である。


 そんな、ヤンキー漫画から抜け出してきたような覇王と一緒に音を合わせるなんて。もし私がミスを連発して、足を引っ張ったらどうなるのだろう。


 私の脳内シミュレーターが、瞬時に最悪のバッドエンドをスクリーンのように上映し始めた。


 ◇◆◇◆◇◆


 演奏が止まる。


 金剛寺さんがドラムスティックを床に投げ捨てる。

 氷のように冷たい視線が私を貫く。


『……お前、マジ使えねー』


 その瞬間、私の脆弱な心は居たたまれなさに押し潰され、粉々に砕け散って死ぬだろう。


 そして、それに追いうちをかけるように、才川さんが無慈悲な宣告を下すのだ。

 昨今流行りの、異世界にいる冷酷な「パーティリーダー」みたいな顔をして。


『今日であなたは首よ。細川さん――あなたをこのバンドから追放するわ!』


 私は内心の動揺を微塵も表に出さず、ギタリストとしての矜持を保ったまま、静かに才川さんを見つめこう尋ねるのだ。


『理由を、お聞きしても?』


 ――完璧だ。

 ここまでがワンセンテンス。


 ◇◆◇◆◇◆


「それじゃあ、始めましょ!」


「……っ」


 不意に鼓膜を叩いた才川さんの明るい声に、私はビクッと肩を跳ねさせた。

 危ない、もう少しで脳内の予行演習を口に出してしまうところだった。


 アンプにプラグを刺す。

 電源を入れると、真空管が温まる特有の熱気と共に、ジリ……というノイズが足元から這い上がってきた。


 演奏するのは、事前に決めていた、有名なロックバンドのスタンダードな曲。


 全員が弾ける曲で、まずは合わせてみる。

 弾き慣れた曲ではあるが、極度の緊張で手汗が滲む。


「ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」


 金剛寺さんのカウント。


 直後。

 ステージの空気が、物理的に爆発した。


 ――ドォン!


 足元から内臓を直接蹴り上げられるような、強烈なキックの音。

 金剛寺さんのドラムは、まさに『大地を揺らす地鳴り』だった。


 重い。

 ただ音量が大きいだけじゃない。


 一打一打に込められた質量が異常で、バスドラムが鳴るたびに、目に見えない風圧が私の前髪を揺らす。


 そこに、才川さんのギターが重なる。

 分厚いディストーションの壁を切り裂くように鳴り響くそれは、暗闇を劈く『煌びやかな閃光』だ。


 速く、鋭く、そして圧倒的に華やか。彼女が弦を弾くたびに、音の粒が光となってステージ上を乱舞するような錯覚に陥る。


(……すごい。ヤバい。合わせなきゃ……!)


 私は反射的にピックを握り込み、六本の弦を弾き降ろした。


 ジャァァン! 

 と、自分のアンプから音が飛び出す。


 その瞬間。

 私の中を渦巻いていた不安も、卑屈な自意識も、周囲の視線への恐怖も、すべてが嘘のように霧散した。


 頭の中が、恐ろしいほどクリアになる。

 地鳴りのようなドラムのリズムに乗り、閃光のような才川さんのリフの隙間を縫うように、自分の音を叩き込む。


 私の音は、二人のような派手さはない。


 けれど、一音たりとも無駄にしない『精密で、どこか寂しげな冷徹さ』を持っている。炎と大地が暴れ回る空間を、冷たい氷の糸で縫い合わせるように、私はただ無心に指を動かし続けた。


 音楽という名の、甘美な麻薬。


 普段は被害妄想に振り回され、他人の視線ばかり気にしてしまう私が、唯一「自分」から解放される時間。


 嫌なことは何も浮かばない。

 ただ、次の音をどう鳴らすか。このグルーヴの渦の中で、どうやって自分を刻みつけるか――それだけを考える。


 熱い。

 楽しい。


 だから私は、この時間が狂おしいほどに好きなのだ。


 * * *


 最後のコードがかき鳴らされ、シンバルの余韻が、薄暗いハコの中にゆっくりと溶けて消えていった。


 ……静寂。


 一拍置いて、私の脳内に再び「現実」という名の重い鎖が巻きついた。


 息が上がる。

 ピックを持つ手が微かに震えている。


(……やってしまった)


 演奏中は無我夢中だったが、冷静になってみれば残酷な事実が浮き彫りになる。

 才川さんがとんでもない化け物ギタリストだということは知っていたが、金剛寺さんもそれに引けを取らない、圧倒的な実力者だった。


 それに対し、私はどうだ。

 確かにノーミスで弾き切ったが、所詮は「高校生にしては上手」な程度。


 部屋に引きこもって練習していただけの、井の中の蛙だ。

 あの二人の圧倒的な熱量に比べたら、私の音はひどくちっぽけに感じられた。


(追放される……! 今度こそ、あのアニメのセリフが来る……!)


 私は死刑台に立つ罪人のような心境で、俯いたままギュッと目を瞑った。


「っあー! やっぱりみんなでやると最高に楽しいわね!!」


 ……?

 恐る恐る目を開けると、そこにはギターを抱えたまま、花が咲いたような満面の笑みを浮かべる才川さんがいた。


 彼女は私の顔を覗き込み、なぜか頬を少し紅潮させている。


「細川さん、すごかったよ! 演奏に入った瞬間のあの集中力、ゾクゾクしちゃった!」


「……」


「おい、奏。一人で盛り上がるな」


 ドラムセットの方から、金剛寺さんが立ち上がった。

 スティックを片手にこちらへ歩いてくる。威圧感に思わず後ずさろうとした私だが、彼女は私の前で立ち止まると、ぶっきらぼうに言った。


「結構やるじゃん、細川」


「……え」


「素人のお遊びレベルなら、一曲で追い出すつもりだったが。……真剣さは伝わった。お前の音、嫌いじゃない」


 フッと、金剛寺さんの口角がわずかに上がったような気がした。


 追放……、されない?

 呆然とする私をよそに、才川さんが「でしょでしょー! 私の目に狂いはないのよ!」と自慢げに胸を張る。


 聞けば、金剛寺さんはこのライブハウスに出入りする社会人のガールズバンドのヘルプとして、ドラムを叩くことも結構あるらしい。つまり、プロの現場にも片足を突っ込んでいる本物だ。


 そんな人に「嫌いじゃない」と言われた。


(……嬉しい)


 畏怖と、ほんの少しの誇らしさが、私の胸の奥で複雑に混ざり合っていた。


 * * *


「それじゃあ、また明日ね! 萌!」


 ライブハウスの夜の営業時間が近づいてきたため、私たちは一曲だけ合わせて撤収することになった。重い鉄扉を開けて外に出ると、世界はすでに、燃えるような夕焼けに染まっていた。


 帰り道。

 駅までの道を、才川さんと二人で並んで歩く。


 彼女はセッションの余韻で機嫌がいいのか、鼻歌を歌いながら時折私に話しかけてくる。私は相変わらず「……うん」と「……そう」しか返さないけれど、彼女はそれだけで満足そうに笑っている。


 私の左手の指先には、まだ硬い弦の感触と、あの熱狂の振動がジンジンと残っていた。追放どころか、私は魔王の城の住人に、あっさりと受け入れられてしまったらしい。オレンジ色に染まる長い影を見つめながら、私はこっそりと息を吐く。


(……明日も、また)


 口に出して言う勇気はないけれど。


 明日もまた、才川さんたちの音を、一番近くで聴きたい。

 そう願ってしまっている自分がいることを、私はもう、否定できなかった。

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