第10話 ステージの支配者、あるいは孤高の歌姫2
(才川陽葵の視点)
夢のような時間は、あっという間に過ぎていった。
お姉ちゃんたちが最後の曲を弾き終わって、ステージの奥へと消えていくと、会場全体が割れるような拍手と「アンコール!」という大きな声に包まれた。
わたしは、手が痛くなるくらい一生懸命にパチパチと拍手をした。
魔法の時間は終わってしまったけれど、わたしの胸の奥では、まだドラムのドコドコという音が鳴り響いているみたいだった。
「すごかったわね、ひまり。お姉ちゃん、とってもカッコよかったね」
ママが、わたしの頭を優しく撫でながら言ってくれた。
「うんっ! すっごく、すっごくカッコよかった! キラキラしてた!」
わたしが興奮して答えると、ママは嬉しそうに目を細めた。
やがて、会場の明るい電気がパッとついて、ライブハウスの中は少しずつ元の「ただの大きな、人のいっぱいいるお部屋」に戻り始めた。
わたしたちが座っているバックヤード(関係者席)の周りも、急に慌ただしくなった。黒いTシャツを着た大人のスタッフさんたちが、首から下げたパスを揺らしながら、「お疲れ様でした!」「機材の搬出、手伝って!」と大きな声でやり取りをしながら行ったり来たりしている。
お祭りの後みたいで、なんだか少しだけ寂しいような、でもワクワクするような不思議な気持ちだった。
「ひまり、喉渇いたでしょ? お茶飲む?」
「うん、のむ!」
ママから水筒を受け取って、冷たい麦茶をゴクゴクと飲んだ。
冷たいお茶が喉を通っていくと、ライブの熱気でほてっていた体が少しだけスッキリした。
その時だった。
「あーっ、めっちゃ暑かったー! でも最高だったね!」
「うん、奏、すっごく輝いてたね〜。のんびり見てるつもりだったけど、思わず飛び跳ねちゃったよ」
楽しそうな話し声といっしょに、二人の女の人がわたしとママのいるバックヤードの方に歩いてきた。
一人は、おさげ髪で、元気なロゴが入った白いTシャツに、デニムのショートパンツをはいているお姉さん。腰には明るい黄色のチェックシャツを巻いていて、とっても元気そうだ。
もう一人は、さらさらしたボブヘアのお姉さん。淡いピンク色のふんわりしたワンピースを着ていて、隣の元気なお姉さんと比べると、少しゆったりしていて、のんびりしたマイペースな雰囲気が漂っている。
今日は私服だから少し雰囲気が違うけれど、たしか、お姉ちゃんが前にお家に連れてきたことがある、高校のクラスメイトのお友達だ。
「すみませーん。ドリンク下さい。……あれ? あそこの席に座ってるの……」
ショートパンツのお姉さんが、ドリンクチケットを差し出しながらキョロキョロとバックヤードを見回してから、わたしの方を見てピタッと足を止めた。
「あ、本当だ。奏の妹さんだね」
ボブヘアのお姉さんも、にっこりと微笑んでこちらに近づいてきた。
二人は、お店でドリンクを注文すると、わたしとママのいる隅っこの席までやってきた。
「こんにちは! ひまりちゃん、だよね? 奏のクラスメイトの矢野茜だよ。覚えてる?」
おさげ髪の茜お姉さんが、少し身をかがめて、わたしの目線に合わせて声をかけてくれた。
「私は、三村未衣菜だよ~。ひまりちゃんも、今日はお姉ちゃんのライブ見に来てたんだね」
未衣菜お姉さんも、ゆったりとした優しい声で話しかけてくれる。
「うん! パパはお仕事だから、ママといっしょに来たの!」
わたしが元気に答えると、茜お姉さんは「そっかそっかー!」と笑って、お店の人からジュースを受け取った。
「しっかし、奏のやつ、本当に凄かったよね! ステージの上であんな堂々とギター弾くなんて、ビックリしちゃった!」
「そうだねぇ。ギター弾いてる時の奏、すごく楽しそうだったし、本当にかがやいてたよねー」
未衣菜お姉さんも、スポーツドリンクを一口飲みながら深く頷く。
大好きなお姉ちゃんのことを褒められて、わたしは自分のことみたいに誇らしい気持ちになった。胸を張って、二人に向かって力いっぱい頷く。
「うん! お姉ちゃん、世界一カッコよかった!」
そして、わたしはさっきのライブの興奮をそのまま言葉に乗せて、もう一つの感動を二人に伝えた。
「それにね、桜ちゃんもすっごく凄かったの!」
あの圧倒的な光と音の渦の中で、お姉ちゃんの隣で信じられないくらい輝いていた存在。
探偵でも、ボディーガードでも、暗殺者でも、殺し屋でもない。
ステージの上にいた「桜ちゃん」の姿を思い出しながら、わたしは目をキラキラさせて二人に言った。




