第8話 夏祭りの追跡者、あるいはストーカー4
(才川陽葵の視点)
「だって、桜ちゃんは探偵さんなんだよ!」
わたしは、大好きな奏お姉ちゃんのお友達をストーカー扱いされてたまらず、必死に声を張り上げた。
「探偵さんだから、きっとそのカッコいい女の人たちを、悪い事件から守ってたんだよ! わたしの推理だと、やっぱり桜ちゃんは秘密のボディーガードだよ!」
わたしが身を乗り出して主張すると、佳歩ちゃんは腕を組み、小さく息を吐いた。
「ひまり。私の冷静な分析を根底から覆すのは容易ではないわよ。だけど、あなたのその『ボディーガード説』……完全に否定しきれないのも事実ね」
「えっ?」
樹莉愛ちゃんが、驚いたように佳歩ちゃんを見る。
「考えてもみなさい。あの常軌を逸した警戒態勢。まるで周囲の全方位に敵がいるかのような鋭い眼差し。もし彼女が単なるストーカーではなく、対象を『護衛』する立場だったとしたら……? 姿を見せずに背後から張り付く『シャドウ・ガード』という線も浮上してくるわ」
「シャドウ……ガード……」
樹莉愛ちゃんの瞳が、恐怖から徐々に別の光を帯びていく。
「それって、つまり……あの綺麗なお姉さんたちは、命を狙われるような恐ろしい陰謀に巻き込まれていて、あの不審者……ううん、『桜ちゃん』は、たった一人でその巨大な悪の組織と戦っているってこと!?」
「あくまで仮説の一つに過ぎないけれど、確率としてはゼロではないわ。事実、彼女のあの異常なまでの発汗量と切羽詰まった表情は、命の危険が迫る修羅場を潜り抜けている人間のそれだった」
佳歩ちゃんの言葉に、わたしは大きく頷いた。
「そうだよ! 桜ちゃんは悪の組織と戦ってるんだよ!」
「でも、そうなると一つ重大な懸念が残るわ」
佳歩ちゃんがさらに声を低くし、ジト目をいっそう鋭くした。
「そんな危険な裏の顔を持つ人物が、なぜ一般人である奏さんの身近にいるのか、という点よ。まさか、奏さんまでその巨大な陰謀のターゲットにされているのでは……」
「ええっ!? お姉ちゃんが狙われてるの!?」
わたしはガタッと立ち上がり、胸をドクドクと高鳴らせた。
大好きな、お姉ちゃんに危険が迫っているかもしれないなんて。
「大丈夫よ、ひまりちゃん!」
樹莉愛ちゃんがわたしの手をぎゅっと握りしめ、悲劇のヒロインのように涙ぐんだ。
「きっと、桜ちゃんは奏さんを守るために正体を隠してそばにいるのよ。普段は大人しいお人形さんのフリをして、裏では国を揺るがす大事件と戦っている……。これって、すっごくロマンチックな秘密の任務だわ!」
「なるほど。一番安全な“民間人の偽装”というわけね。プロの思考だわ」
佳歩ちゃんも納得したように、重々しく頷いた。
探偵からボディーガード、そして今度は「巨大な悪と戦う孤独な暗殺者――コードネーム《シャドウ・ガード》」へ。
桜ちゃんの正体は、わたしたちの中でどんどん盛られ、気づけばとんでもない存在になっていく。
「……もしくは、『悪の殺し屋』という線もあるかもしれないわね」
佳歩ちゃんがさらに推理を付け足した。
樹莉愛ちゃんは、ソファの上のクッションをぎゅっと抱きしめた。
「わたしたち、とんでもない国家の裏側の秘密を知っちゃったんじゃないかしら。もし組織にバレたら、わたしたちも消されるかも……!」
「不用意な追及は避けるべきね」
佳歩ちゃんも、いつもより少し顔色を悪くして言った。
「これ以上、彼女の任務を探るのは危険よ。命が惜しければ、我々はこの件から一切手を引くべきだわ」
「う、うん……わかった」
わたしもゴクリと喉を鳴らした。
クーラーの効いた部屋なのに、なぜかわたしたち三人の背中には、ゾクゾクと冷たい汗が流れていた。
桜ちゃん。
大好きな奏お姉ちゃんの後ろに隠れている、小さくて大人しいお人形さんみたいな桜ちゃん。
でも、本当の桜ちゃんは、誰も知らない闇の世界で、恐ろしい敵と戦い続ける『正体不明のヤバい奴』だったのだ。
わたしたちは三人で固く手を握り合い、この恐ろしい秘密を誰にも言わずに墓場まで持っていくことを、無言で誓い合った。
外ではセミが元気に鳴き続けている。
でも、わたしたちの夏休みは、もう後戻りできない危険なサスペンス映画の中に突入してしまったような気がしていた。




