第7話 夏祭りの追跡者、あるいはストーカー3
(才川陽葵の視点)
「それでね、わたし、パパの肩車の上からじーっと見てたのよ」
樹莉愛ちゃんは、まるでお化け屋敷に入る前みたいに、わざと声を低くして話し始めた。
「りんご飴の屋台の前に、すっごく背が高くてカッコいい女の人がいたの。黒い浴衣を着ていて、お祭りの中で誰よりも目立ってたわ。まるでファッション誌からそのまま抜け出してきたモデルさんみたいに、足がすらっと長くて、歩くたびに黒い髪がサラサラ揺れて……」
樹莉愛ちゃんは、うっとりしたように両手を頬に当てた。可愛いお洋服や綺麗な人が大好きな樹莉愛ちゃんらしい感想だ。
「ええ、その人物の身体的特徴は、私も覚えているわ」
佳歩ちゃんが、麦茶の入ったコップを両手で持ちながら静かに同意する。
「推定身長は百八十センチ台後半。日本人女性の平均値を大きく上回る圧倒的な長身だったわね。そしてその隣には、水色の浴衣を着た、とても可愛らしい小柄な女性がぴったりと寄り添っていたわ」
「そうそう! お人形さんみたいで、すっごく可愛い二人組だったの!」
樹莉愛ちゃんがブンブンと首を縦に振る。
「でもね、問題はその二人じゃないのよ。……その美しくてカッコいい二人組の、数歩後ろよ」
樹莉愛ちゃんの声が、急に冷たいものに変わった。
わたしはゴクリと唾を飲み込んで、次の言葉を待った。
「その二人の後ろを、公園にいたあの『不審者』が、ものすごい形相でずっと付け回していたのよ!」
「ええっ!?」
わたしは思わず、持っていた動物クッキーを落としそうになった。
「勘違いじゃないの? きっと桜ちゃんは、お祭りを楽しんでいただけだよ……」
「ひまり、私の冷静な観察結果を聞きなさい」
佳歩ちゃんが、コップをテーブルにコトリと置いて、ジトッとした目をわたしに向けた。
「対象(二人組)が屋台を見るために立ち止まると、不審者もピタリと足を止める。対象が歩き出せば、再び尾行を開始する。しかも、金魚すくいや射的の屋台の陰に身を潜めながら、尋常ではない量の汗を流し、獲物を狙うようなギラギラした眼差しで二人を凝視し続けていたわ」
「そ、それは……」
「さらに、他の通行人が対象に近づこうものなら、心の底から威嚇するような鋭い視線を送っていたわ。あの異様な執着心。常軌を逸した追尾行動。あれはただの祭りの参加者なんて生易しいものではないわ」
佳歩ちゃんは、一度言葉を区切り、わたしたちの顔を順番に見渡してから、決定的な一言を放った。
「あの人は、極めて危険な『ストーカー』よ」
「ス、ストーカー!?」
樹莉愛ちゃんが悲鳴のような声を上げて、両手で口を覆った。
「やだ、テレビのニュースで見たことあるわ! 綺麗な女の人を狙って、ずっと後ろをついてくる怖い人のことよね!? じゃあ、あの素敵な二人組は、あの不審者に狙われていたっていうの!?」
「待って、待ってよ二人とも!」
わたしは必死に手を振って、二人の恐ろしい想像を止めようとした。
大好きな奏お姉ちゃんのお友達である桜ちゃんが、そんな悪い人のはずがない。だって、公園の時は探偵さんだったじゃないか。
「ち、違うよ! 探偵の桜ちゃんは、きっとその二人を悪い人から守ってたんだよ! そうだ、ボディーガードだよ!」
わたしが一生懸命に弁護すると、佳歩ちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、ひまり。ボディーガードなら、堂々と対象の隣を歩いて警護するはずよ。あのように物陰に隠れ、対象に気づかれないようコソコソと距離を保つ必要性がないわ。それに、あのギリギリまで追い詰められたような切羽詰まった表情……。どう贔屓目に見ても、犯罪的な執着を抱いた追跡者の顔だったわ」
佳歩ちゃんの完璧な推理に、わたしは反論の言葉を見つけられず、うっと言葉を詰まらせた。
頭の中で、花火の光に照らされながら、怪しい顔で黒い浴衣の人を追いかける桜ちゃんの姿が想像されてしまう。
「どうしよう……あんなに綺麗でカッコいい人たちが、あんなヤバい奴に狙われているなんて」
樹莉愛ちゃんが、本当に怖がっているように肩を震わせた。
わたしは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
桜ちゃん、本当にストーカーなの?
クーラーの効いた涼しいリビングの中で、わたしたち三人は、正体不明の『ヤバい奴(桜ちゃん)』の謎の深さに、ただただ息を飲んで黙り込むしかなかった。




