第6話 夏祭りの追跡者、あるいはストーカー2
(才川陽葵の視点)
八月も半ばを過ぎたけれど、外はまだまだお日様が元気いっぱいで、窓ガラスの向こうではセミがジリジリとうるさいくらいに鳴いている。
今日は、わたし――才川陽葵のお家に、幼稚園の仲良しのお友達である樹莉愛ちゃんと佳歩ちゃんが遊びに来ていた。
お姉ちゃん(奏)は今日もバンドの練習でお出かけしているので、お家の中にはわたしとママ、そしてお友達だけだ。
クーラーが涼しく効いたリビングのふわふわのカーペットの上で、わたしたちは三人でまぁるく円になって、お絵かき帳を広げていた。ママが用意してくれた冷たい麦茶と、可愛い動物の形をしたクッキーがテーブルの上に並んでいる。
「ねえ、ひまりちゃん、佳歩ちゃん。こないだの土曜日に神社であった花火大会、行った?」
ピンク色のクレヨンで、フリフリのレースがたくさんついたお姫様のドレスを描いていた樹莉愛ちゃんが、ふと顔を上げて聞いてきた。
「うん、行ったよ! パパとママといっしょに、たこ焼きとわたあめを半分こして食べたの。花火、ドーンってすっごく大きくて綺麗だったね!」
わたしが元気よく答えると、佳歩ちゃんも黒いクレヨンを持ったまま、こくりと頷いた。
「私も両親に連れられて見物に行ったわ。あまりにも人が多すぎて、有意義な時間とは言い難かったけれど、夜空を彩る花火は、見る価値があったわ。なかなか綺麗な光景だったわね」
相変わらず、佳歩ちゃんは幼稚園児とは思えない難しい言葉を使う。
でも、そのジトッとした涼しげなお目々は、少しだけ楽しそうに細められていた。
「もう、佳歩ちゃんったらまた難しいこと言ってカッコつけてるんだから。お祭りなんだから、もっと素直に楽しめばいいのに」
樹莉愛ちゃんが大人びた笑顔でくすっと笑う。
今日の樹莉愛ちゃんは、お家の中で遊ぶだけなのに、ミントグリーンの可愛いワンピースを着ていてとってもおしゃれだ。
「それでね……」
樹莉愛ちゃんは、急に周りに誰もいないか確認するようにキョロキョロと辺りを見回すと、わたしたちの方へグッと身を乗り出し、声を潜めた。
「実はね、その花火大会で……わたし、信じられないものを見ちゃったのよ」
「信じられないもの?」
わたしはクッキーをかじる手を止めて、目を丸くした。
「なになに? UMAでも発見したの?」
佳歩ちゃんが真顔で変なことを言う。
ユーマってなんだろう。
「ううん、違うわ。お化けでも宇宙人でもないわよ」
樹莉愛ちゃんは、少しだけ怯えたように、でも秘密のお話をするのが楽しくて仕方がないような、ワクワクした表情を作った。
「……あの時の、女刑事――いえ『不審者』よ!」
「えっ!」
わたしは思わず大きな声を出してしまった。
刑事、不審者。
その言葉を聞いて、わたしの頭の中にはすぐに一つの映像が浮かんだ。
六月の梅雨の晴れ間に、公園の入り口にある大きなケヤキの木の後ろにセミみたいにくっついて、コソコソと手帳に何かを書いていた、あのお姉さん――。
わたしの中では、あのお姉さんは「桜ちゃん」であり、「秘密の重大な事件を追うカッコいい名探偵(あるいは凄腕の刑事さん)」ということになっている。
でも、樹莉愛ちゃんと佳歩ちゃんの間では、まだ「奏さんの友達なわけがない、正体不明のヤバい不審者」のままだったのだ。
「桜ちゃんがいたの!? わたし、ぜんぜん気づかなかった!」
わたしが身を乗り出すと、樹莉愛ちゃんは呆れたようにため息をついた。
「ひまりちゃんったら、まだあの怪しい人を桜ちゃんなんて呼んでるの? 奏さんのお友達が、あんな挙動不審な人なわけないじゃない」
「そうよ、ひまり。現実を直視しなさい。あの不自然な様子、どう見ても善良な一般市民ではないわ」
佳歩ちゃんまでが、冷静な声で畳み掛けてくる。
「でも、絶対に桜ちゃんだったもん! ……それで、探偵の桜ちゃんが花火大会でどうしたの!?」
わたしが食い下がると、樹莉愛ちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。
「わたし、パパに肩車してもらってりんご飴を舐めてたんだけど……すごい人混みの中で、あの人が、ものすごく怪しい動きをしているのをバッチリ見つけちゃったのよ!」
「怪しい動き?」
「ええ。私もそれらしい人を偶然、目撃したわ」
驚くことに、佳歩ちゃんまでがスッと手を挙げた。
「金魚すくいの屋台のそばで、対象が不審な挙動をしていたの。なんとなく気になって見ていたんだけど――公園の時よりも、さらに怪しかったわね」
なんと、樹莉愛ちゃんだけでなく、佳歩ちゃんまでが花火大会で「桜ちゃん(不審者)」を目撃していたらしい。
わたしはパパやママといっしょに屋台のごはんを食べるのに夢中で、全然気づかなかった。探偵の桜ちゃんは、あんなに人がたくさんいるお祭りの中で、一体どんな秘密のミッションをしていたんだろう?
「二人とも、桜ちゃんが何をしてたのか教えて!」
わたしがワクワクしながら尋ねると、二人の顔がスッと真剣なものに変わった。
クーラーの冷たい風が、リビングをスッと吹き抜けたような気がした。




