第3話 公園の不審者、あるいは名探偵3
(才川陽葵の視点)
木の後ろにピタリと張り付いている、黒い服の怪しいお姉さん。
わたしは、砂場からじっと目を凝らして、その人の顔を観察し続けた。
髪の毛は短くて、少しおどおどしたような、でも真剣な目つき。
……間違いない。
わたしはハッと息を飲んで、隣で震えている樹莉愛ちゃんと、冷静に状況を分析している佳歩ちゃんを振り返った。
「ちがうよ、樹莉愛ちゃん、佳歩ちゃん!」
わたしは、あのお姉さんに聞こえないように声を潜めて言った。
「あれは、桜ちゃんだよ! お姉ちゃんのお友達なの!」
「えっ?」
樹莉愛ちゃんが、大きなお目々をさらに丸くした。
「奏さんの、お友達……?」
佳歩ちゃんも信じられないという顔で、木の後ろの人物とわたしを交互に見比べる。
「そうだよ! あの人は桜ちゃん。おうちでお姉ちゃんといっしょに練習してた、ギターを弾く人なんだから!」
わたしが胸を張って説明すると、二人はもう一度、桜ちゃんの方をじっくりと観察した。
ケヤキの木にセミのようにへばりつき、顔を半分だけ出してこちらを覗き見ながら、ブツブツと呪文を唱えるようにノートに何かを書き殴る姿。
客観的に見て、ひどく挙動不審である。
「……ひまりちゃん。嘘はいけないわ」
樹莉愛ちゃんが、ひどく真面目な顔でわたしを諭すように言った。
「奏さんみたいな、キラキラしてて優しくて素敵なお姉さんに、あんな……不審者のお友達がいるわけないじゃない! あれは、どう見てもヤバい人よ!」
「そうね。樹莉愛の言う通りよ」
佳歩ちゃんも深く頷いた。
「奏さんの普段の交友関係やカリスマ性を分析するに、あのような挙動不審な人物と友達になる確率は極めて低いはずよ。ひまり、きっと何かの見間違いじゃないかしら」
「ううん、絶対に桜ちゃんだもん!」
わたしは必死に反論した。
でも、たしかに今の桜ちゃんは、わたしが知っている「お姉ちゃんの後ろに隠れている、小さくて可愛いお人形さんみたいな桜ちゃん」とは少し違って見えた。
でも――今日は制服を着ていないから、すぐにはわからなかったけれど、あれはたしかに桜ちゃんだ。
わたしは推理する。
初めて会ったとき、桜ちゃんはお姉ちゃんと同じ制服を着ていた。
桜ちゃんは女子高生のはず――。
じゃあ、どうして公園であんな怪しい動きをしているんだろう?
お姉ちゃんのお友達が、ただの不審者なわけがない。
絶対に、何か大切な理由があるはずだ。
わたしは、小さな頭をフル回転させて一生懸命に考えた。
木の後ろに隠れている。こっそり覗いている。手帳にメモをしている。息を殺している。
……あっ!
わたしの中で、日曜日に見ているテレビアニメのシーンと、桜ちゃんの姿がガチャンと音を立てて繋がった。
「わかったわ!」
わたしはポンッと手を打った。
「桜ちゃんはね、探偵さんなんだよ!」
「「たんてい?」」
樹莉愛ちゃんと佳歩ちゃんが、同時に首をかしげる。
「そう! それか、ドラマに出てくる凄腕の刑事さん! きっと、何か大きな事件の調査をしているのよ。だから、あんな風に変装して、隠れて見張っているんだわ!」
「なるほど」
わたしの名推理を聞いて、二人は顔を見合わせた。
しばらく沈黙が落ちた後、佳歩ちゃんが呟いて顎に手を当てた。
「それなら、あの異様な警戒態勢も説明がつくわね。対象に気づかれないよう、あえて気配を消して尾行や記録を行っている……プロの仕事というわけね」
「ええっ、じゃあ、この公園に恐ろしい事件の犯人がいるの!?」
樹莉愛ちゃんが両手で頬を押さえ、今度はワクワクしたような、怖がるような声を上げる。
「しーっ! 犯人に聞こえちゃうでしょ。ここからは極秘任務よ」
わたしが人差し指を唇に当ててウインクすると、二人はコクコクと大きく頷いた。
桜ちゃん、すごい!
女子高生で、ギターも弾けて、探偵もやってるなんて!
わたしの中で、桜ちゃんは「小さくて可愛いお姉さん」から、「秘密の事件を追うカッコいい名探偵」へとクラスチェンジを果たした。




