第2話 公園の不審者、あるいは名探偵2
(才川陽葵の視点)
六月のお日様は、とっても元気だ。
公園の砂場は、お日様の光をたくさん浴びて、きらきらと白く光っている。
わたし――才川陽葵は、お友達の樹莉愛ちゃんと佳歩ちゃんといっしょに、砂場で世界一大きなお城を作っていた。
「もう、ひまりちゃんったら。もっとそっちを固めないと崩れちゃうわよ。せっかくの私のフリルのスカートが砂だらけになっちゃうじゃない」
ちょっとツンとしたお目々で注意してくるのは、樹莉愛ちゃんだ。
樹莉愛ちゃんは今日も、ゆるいウェーブがかかった髪に可愛いリボンをつけて、まるで絵本から飛び出してきたお姫様みたいな格好をしている。
少し大人っぽいお洋服がとっても似合っていて、わたしの大好きなお友達だ。文句を言いながらも、小さな手でペチペチと砂を固めてくれている。
「樹莉愛。文句を言う暇があるなら、こちらの壁の補強を手伝ってちょうだい。水分量が足りないわ。構造的に脆弱よ」
隣で淡々とした声で言うのは、佳歩ちゃんだ。
佳歩ちゃんはいつも黒い髪を真っ直ぐに切り揃えていて、ジトッとした涼しいお目々をしている。
動きやすいショートパンツ姿の佳歩ちゃんは、まるで工事現場の監督さんみたいに、バケツで作った四角い砂のブロックを完璧なバランスで積み上げている。
佳歩ちゃんはたまに、大人みたいな難しい言葉を使うからすごい。
「うんっ! わたし、お水くんでくるね!」
わたしが立ち上がって、水道の方へ走ろうとした、その時だった。
「……ねえ、ちょっと待って、ひまりちゃん」
樹莉愛ちゃんが、急に声をひそめてわたしのスカートの裾を引っ張った。
「どうしたの?」
「しーっ。あそこ……見て。公園の入り口の、一番大きなケヤキの木のところ」
樹莉愛ちゃんの大人びた瞳が、少しだけ怯えたように揺れている。
わたしと佳歩ちゃんは、樹莉愛ちゃんが指差した方をこっそりと振り返った。
そこには、不思議な光景が広がっていた。
太いケヤキの木の幹に、黒い髪の細いお姉さんが、セミみたいにぴったりとくっついていたのだ。
「何者かしら?」
樹莉愛ちゃんが小さく囁く。
普段は人気のない場所に、隠れるようにして動かないそのお姉さんを見て、わたしはとっさに幽霊かもしれないと思った。
「……おばけだったりして」
わたしは推理を口にした。
だって、公園で遊ばずに、木の後ろに隠れてじーっと動かないんだもの。
「一応、人間だと思うけど」
佳歩ちゃんが、感情の読めないジト目でじっと観察しながら答える。
「でも……こそこそしてて、すっごく怪しいわ」
樹莉愛ちゃんの言う通りだった。
そのお姉さんは、木の陰から片目だけを出して、じろじろと公園の中――というか、わたしたちの方――を覗き見している。そして、手の中に持っている小さなノートみたいなものに、すごい勢いで何かをカリカリと書き込んでいるのだ。
「何をしているんだろ?」
わたしが首を傾げると、佳歩ちゃんが砂のブロックから手を離し、顎に手を当てて探偵みたいなポーズをとった。
「おそらく、私たちを観察して記録をつけているのね。あの動きの不自然さ、周囲を極度に警戒している様子……ただの通行人ではないわ」
「ええっ、じゃあ、悪い人ってこと? わたしたち、誘拐されちゃうのかしら!?」
樹莉愛ちゃんが両手で口を覆い、ドラマのヒロインみたいに震えてみせる。
「不審者よ。通報した方がいいかしら?」
佳歩ちゃんが、いつもよりほんの少しだけ声のトーンを落として言った。
その言葉に、わたしと樹莉愛ちゃんはゴクリと息を飲んだ。
通報。
それはつまり、お巡りさんを呼ぶということだ。
幼稚園の防犯教室で、「いかのおすし」という言葉と一緒に習ったばかりだった。
知らない人についていかない、大声を出す……。
木の後ろに隠れているあの人は、間違いなく「知らない人」で、しかも「怪しい人」だ。黒い服を着て、前かがみになって、ノートに何かを呪文みたいに書き込んでいる。時々、ぶつぶつと何かを呟いているようにも見える。
(ああ、どうしよう。お姉ちゃんを呼んだ方がいいのかな……)
わたしはドキドキする胸を押さえた。
でも、よくよくあの顔を見てみると、なんだかどこかで見たことがあるような気がしてきたのだ。
小さくて、お人形さんみたいに可愛い、でもちょっと無愛想なお顔。
あれ……?
あの人は、ただの不審者じゃないかもしれない。わたしは目をこすって、もう一度じっと木の後ろを観察した。
「ねえ、ひまりちゃん。やっぱり逃げた方がいいわよ。あの人、こっちを見てブツブツ言ってるもの。絶対に変よ」
樹莉愛ちゃんが、わたしの手を引く。
「待って。不用意に動けば、ターゲットとして認識されるリスクが高まるわ」
佳歩ちゃんが冷静な声でわたしたちを制止する。
わたしたち三人は、砂場の中で身を寄せ合い、息を殺して木の後ろの「何者か」を見つめ続けた。
夏の暑い風が吹き抜けて、ケヤキの葉っぱがザワザワと音を立てる。
その間も、あの黒髪のお姉さんは、一心不乱にノートに文字を書き続けている。
その姿は、なんだか一生懸命で、見ようによっては少しだけ可哀想な生き物みたいにも見えてきた。
(うーん、どこで会ったんだっけ……)
わたしの頭の中で、太陽みたいにキラキラした大好きなお姉ちゃん――奏お姉ちゃんの笑顔と、その隣にいた、ちんまりとした可愛らしい女の子の姿が、少しずつ重なり始めていた。




