第49話 卒業風景
私たちは、優勝した。
10代限定の国内最大級ロックフェス『NEO GENESIS ROCK FES』(通称:ネオジェネ)。
3500組以上ものバンドが全国からエントリーし、苛烈な審査を経てたどり着いた幕張の巨大なステージ。私たちはそこで最高の演奏を叩きつけ、見事にグランプリの栄冠と、100万円の優勝賞金を手にしたのだ。
しかし。
華やかな祭りの熱狂が引いていくのと反比例するように、私たちの高校生活は静かな足音を立てて終わりへと向かっていた。
11月のネオジェネ本戦が終わると、暦はあっという間に12月へと突入する。
冬休みに入れば、三年生はもう学校に登校することはほとんどなくなる。残すは自由登校期間と、3月の卒業式のみだ。
私の進路について、結論から言おう。
結局、どこかの企業に就職することはなかった。
当然、大学にも進学しない。
つまり、この時点で私の「ニート(ただし実家暮らし)」という肩書きが確定したのである。
とはいえ、才川社長が立ち上げた会社からの役員報酬(あるいはアーティスト契約としての給与)が毎月振り込まれているため、無収入というわけではない。
実家に寄生していれば、当面は飢え死にする心配はないだろう。
今はただ、バンド活動の傍ら、わずかな収入をコツコツと貯めてニート貯金(資産形成)に励むしかない。
私以外のメンバーはというと、才川さん、凛ちゃん、小清水さんの三人は、無事に地元の志望大学に合格を決めていた。
彼女たちは春から華の女子大生である。
進学しない金剛寺さんにも、実家の大型ライブハウスで働くという確固たる家業(就職先)がある。
要するに、社会的な所属や「肩書き」を持たず、ただ宙ぶらりんでフラフラとしているのは、バンド内で私ただ一人なのだ。
音楽活動以外に、何もない。
来るべき圧倒的な自由(という名の孤独)に私が一人で焦っていると、我らが才川社長から素晴らしい提案がもたらされた。
「細川さん。何か動画を撮ってみない? バンドの公式アカウントから定期的に配信すれば、それなりに視聴者はつくわ。……それに、私も細川さんの動画を楽しみたいしね」
「動画……」
たしかに、KANADE-ZAKURAの知名度はネオジェネ優勝を経て爆発的に上がっている。メンバーのパーソナルな部分を見せる動画なら、平凡な内容でもファンからの需要はあるはずだ。
私は無い知恵を振り絞り、一つのテーマを導き出した。
テーマは「料理」である。
なぜそれを選んだのか。
それは、文化祭の時に見出した「たこ焼き屋になれば、社会人としてやっていけるのではないか」という淡い夢と未練が、私の中でまだくすぶっていたからだ。
接客はできないが、調理はできる。
黙々と焼いている姿を映像にして発信することは可能だ。
撮影係には、以前から私たちの動画を撮ってくれていたフリーターの吉良さんが協力してくれる。
ある日の午後。
私の家に、才川さんが派遣してくれた吉良さんがやってきた。
記念すべき第一回の撮影が始まった。
「えー、これから、その……たこ焼きを作ります」
小声でぼそぼそと挨拶をする。
カチャ、カチャ。
ボウルの中で生地を混ぜる音だけが響く。
私は無言だった。
カメラを向けられながら気の利いたおしゃべりをするなど、コミュ障の私にできるはずがない。
ただひたすらに、無言でタコを切り、無言で天かすを散らし、無言で千枚通しを使って生地をひっくり返していく。
吉良さんもまた、私と同じように無口なタイプだ。
「あ、そこ、もう少し寄ります」
と小声で言う以外は、彼女も無言でカメラを回し続けている。
換気扇の回る音と、油の爆ぜる音。
そして、極度に気まずい沈黙。
「……あの、今日は撮影、ありがとうございました」
「……あっ、はい。お疲れ様でした。えっと、いい感じに編集してからアップしておきます」
撮影終了後の会話は、それだけだった。
最初から最後まで、ほぼ無言の料理動画。
そのまま流せば放送事故のような大惨事になる。
すべては吉良さんの編集技術にかかっていた。
吉良さん、あとはテロップとかBGMでなんとか頑張ってほしい。
私は他力本願でそう祈った。
後日。
公式アカウントにアップされたその動画は、意外にも大好評を博したらしい。
「桜ちゃんの無表情で職人のようにたこ焼きを焼く姿がシュールすぎる」
「ASMR動画として有能」
「謎の癒しがある」
と、ファンからは絶賛のコメントが相次いだそうだ。
私は恥ずかしくて自分の動画を見に行くことができなかったが、才川社長からは満面の笑みで「大成功ね! 次は焼きそばで第二弾をお願い、私も食べたいわ!」と無慈悲な要請が下された。
* * *
新年を迎えると、私たちのバンド活動は一気に忙しさを増した。
ネオジェネの本戦やその後の打ち上げで、持ち前のコミュニケーション能力をいかんなく発揮した才川さんが、他の出演バンドの人たちとすっかり仲良くなり、その伝手を使って地方都市のライブハウスを回るツアーを企画したのだ。
対バン相手はいずれも、私たちと同じように音楽に青春を懸ける「ガールズバンド」ばかり。
卒業を迎える3月までの間に、名古屋、大阪、福岡の三カ所を回ることになった。
名古屋へと向かう新幹線の座席。
窓の外の景色を眺めていると、隣に座っていた才川さんが、私にウインクをして言った。
「これ、卒業旅行代わりにもなるでしょ?」
――卒業旅行。
その言葉を聞いた瞬間、私はハッとして、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
卒業旅行。
仲の良い友達同士で、高校生活最後の思い出を作るために遠出をするイベント。
私は、自分がそんなキラキラした行事を経験できる人間だとは、1ミリも思っていなかった。ずっと一人ぼっちで、誰とも関わらず、学校行事でさえ苦痛でしかなかった私が。
今、こうして大好きなバンドのメンバーたちと一緒に、遠い街へと向かっている。
ライブをして、美味しいものを食べて、夜はホテルで同じ部屋に泊まる。
(……ああ。私、卒業旅行をしてるんだ)
窓ガラスに映る自分の顔が、少しだけ笑っているように見えた。
私は自分が今、とてつもなく幸せな「卒業旅行」の真っ最中であることに気づき、静かに感動を噛み締めていた。
* * *
遠征ライブを終え、季節は春へと移り変わる。
そして、いよいよ卒業式の日がやってきた。
体育館に響く、仰げば尊しのメロディ。
パイプ椅子に座り、壇上の校長の話を聞きながら、私はとても不思議な気分に浸っていた。
高校に入学した時、私は友達のいないボッチだった。
この先三年間、昏くてじめじめとした青春を送り、嬉しいことや楽しいことなど一つもないまま、ただ息を潜めて卒業していくのだと確信していた。
でも。
(……悪くない、高校生活だった)
思い返せば、私の周りにはいつの間にか人がいた。
強引に私を光の当たる場所へと引きずり出した才川さん。
不器用だけれどいつも私を気にかけてくれた金剛寺さん。
他校から参加してくれた、凛ちゃんと小清水さん。
動画を撮ってくれた吉良さん。
ライバルとして高め合った他のバンドの女の子たち。
悪くない、なんて控えめな言葉じゃない。
私の高校生活は、音楽と、馬鹿みたいに熱い感情と、かけがえのない仲間たちに彩られた、奇跡のような時間だったのだ。
式が終わり、生徒たちが校庭で名残惜しそうに別れを告げ合っている中。
私は、才川さんと金剛寺さんと三人で、校舎の裏手へと集まった。
「じゃあ、吉良さん、お願いね」
「……はい。では、撮りますよ」
吉良さんが構えるスマートフォンのレンズに向かって、三人を並ぶ。
真ん中に私。右に才川さん。左に金剛寺さん。
カシャッ、とシャッター音が鳴った。
こんな風に、友達と肩を並べて、笑顔(私はたぶん無表情だったと思うけれど)で卒業の記念撮影をする日が来るなんて、二年前の私には想像もできなかった。
「……っ」
気がつくと。
私の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「ちょっ、細川さん!? 泣いてるの!?」
「おいおい、桜が泣くなんて明日は雪か?」
慌てる才川さんと、茶化しながらも優しい目で見てくる金剛寺さん。
私は「……」と無言で、制服の袖で涙を拭った。
* * *
卒業したら、いよいよ本格的なニート生活が待っている。
世間的には褒められた身分ではないかもしれない。
でも、引きこもってばかりもいられない。
私には、私たちのバンド『KANADE-ZAKURA』の活動がある。
直近の目標は、すでに決まっている。
ネオジェネの優勝特典として手に入れた、国内最大級の夏フェスへの出演権。
今年の夏、私たちは数万人の観客が集まる野外フェスの「新人枠」として、あの巨大なステージに立つことが確定しているのだ。
ネオジェネのステージで支配した、あの星空のような景色。
あれ以上のものを、今度は夏の太陽の下で味わうために。
それまでに新しい曲を書き、ギターの演奏にさらに磨きをかけ、私たちは前へと進んでいく。
校門を抜けて、ふと立ち止まる。
見上げると、そこには抜けるように晴れ渡る青空があった。
そして、その青を背景にして、春のシンボルである桜の木が、満開の花を咲き誇っていた。
春の風が吹き抜け、淡いピンク色の花びらが私の頬をかすめて舞い上がっていく。
私の高校生活は、ここで終わる。
けれど。
私たちの音楽は、これからも、どこまでも続いていく。
―END―




