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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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第45話 社長とたこ焼きと、致命的な欠陥

 (細川桜の視点)


 秋。

 空は高く、空気は澄んでいる。


 ひたすらに気配を消し、校庭の隅のテント下で砂遊びをしているうちに終わった体育祭をやり過ごし、季節は文化祭へと移行していた。


 体育祭において一切の生産的な活動をしなかった私だが、だからといって文化祭で目覚ましい活躍をするわけでもない。


 去年は、才川さんに引っ張られる形で文化祭ライブに出演し、それなりの爪痕を残したと言えなくもない。バンドメンバーと共にギターを弾き、歌っただけではあるが、一応は文化的なパフォーマンスを披露した。


 しかし、今年の文化祭において、私たち『KANADE-ZAKURA』が演奏する予定は組み込まれていない。


 理由は明確だった。


 十月に控えていた国内最大級のロックフェス『NEO GENESIS ROCK FES』(通称:ネオジェネ)の三次審査である地区別ライブハウス審査。私たちはそこに参加し、そして、見事に合格を勝ち取ったのだ。


 その結果、十一月に幕張で行われる本大会――

 ファイナルステージへの出演が決定している。


 本大会で披露するためのオリジナルの新曲を急ピッチで作成し、仕上げなければならない。


 この極めて重要な時期に、文化祭のライブにリソースを割く余裕はない。

 ここは学校行事よりも本戦の準備を優先するべきだ。


 それが、我らが才川社長の下した決断だった。


 ――そう。

 才川さんは、いつの間にか「社長」になっていた。


 私が教室の隅でボーッと虚空を見つめたり、家で天井のシミの数を数えたりしている間に、世の中の時間は恐ろしいスピードで進んでいたらしい。


 動画配信や楽曲のサブスクリプション収益、グッズ販売など、私たちのバンドが稼ぎ出すお金は、高校生が管理するにはいささか大きすぎる額になっていた。


 そこで才川さんは、税金対策や今後の活動の幅を広げるための社会的な信用を得る目的で、親の協力を得て法人登記を行い、会社を設立したのだという。


 ある日、スタジオでの練習終わりの何気ない会話の中で、彼女が会社を作って経営していると察した、私の驚きを想像してみてほしい。


 銀行口座に定期的に振り込まれるお金の出どころが、まさか株式会社になっていたとは――。そして私が、その会社と契約を結んだ「お抱えアーティスト」のような扱いになっていたとは。


 ビックリを通り越して、もう何が何やらである。

 才川さんの有能さは、女子高生という枠組みを軽々と飛び越えてしまった。


 彼女のその有能すぎる立ち回りは、私のプライベートな領域にも及んでいる。


 今年の夏休みのことだ。

 遠方に住んでいる凛ちゃんと小清水さんがうちに泊まりに来た際、才川さんも一緒に泊まることになった。


 夕食の後、狭い居間でくつろいでいると、仕事帰りの母がふと、私の卒業後の進路について尋ねてきた。

 三年生という時期を考えれば、当然の親心である。


 私がどう答えるべきか、口ごもって視線を泳がせていると。


「桜さんの進路ですが、お母様。彼女は卒業後も、音楽でやっていこうと思っています。私が責任を持ってマネジメントしますので、ご安心ください」


 私よりも早く、才川さんが堂々と、私の人生の航路を代弁してのけたのだ。


 呆気にとられる私と母をよそに、才川さんは手持ちのタブレットを取り出し、現在のバンドの収益状況、SNSでの影響力、そして今後の展望を、まるで優秀な営業マンのように理路整然と説明し始めた。


 すでに私が会社から安定した報酬を受け取っているという実績も、包み隠さず提示した。


 母は「とはいえ、音楽で食べていくなんて……」と、まだ懐疑的で慎重な姿勢を崩してはいなかった。


 親として当然の反応だ。


 しかし、十月のネオジェネ三次審査を突破し、日本最大級のロックフェスの本大会への出演が決まったというニュースは、母の心を大きく揺さぶっているように見受けられる。


 テレビのエンタメニュースでも取り上げられるような規模のイベントだ。


 この調子で実績を積み上げていけば、あの才川さんのことだ。

 母を完全に説得し、納得させる日もそう遠くないだろう。


 私の将来は、私の意志とは関係のないところで、すっかり才川さんに一任され、レールが敷かれつつあった。


 * * *


 そして、文化祭当日。


 私は自分の将来の選択権を他人に丸投げしたまま、鉄板に向かい、ひたすらに「たこ焼き」を焼いていた。

 三年生になった私たちのクラスの出し物は、ベタ中のベタ、「たこ焼き屋」だった。


 私は当然のように表に出る接客係を拒否し、教室の裏側に設置された調理スペースで、料理の下ごしらえと製造のポジションを確保した。


 チャッチャッチャッ、と。


 千枚通しを鮮やかに操り、半球状の生地をくるりとひっくり返す。

 手首のスナップとリズム感が要求されるこの作業は、ギターのピッキングに通じるものがあり、案外私の性に合っていた。


 丸く綺麗に焼き上がったたこ焼きは舟皿に乗せられ、カウンターの向こうへと運ばれていく。


「はい、お待たせしましたー! 熱々なので気をつけてくださいねっ!」

「毎度あり! ソース多めのおまけだ!」


 接客担当の才川さんや金剛寺さんの陽気な声が響き、私が焼いたそばから、たこ焼きは飛ぶように売れていく。学校の生徒たちも一般の来校者も、才川さんの笑顔目当てに群がっているようだ。


 売れ行きは非常に順調だった。


 私は、油の匂いと熱気に包まれながら、ふと、思考の海へと潜った。


(……将来、たこ焼き屋になるのも、ありかもしれない)


 生地を流し込みながら、真剣にそう考えた。


 才川さんのレールに乗っているとはいえ、私の現状は極めて不安定だ。


 バンドというものは、いつ解散するかわからない。

 いつ私が「もうお前は必要ない」とクビを宣告されるかもわからない。


 アーティストという水物で不安定な職業だけで一生生きていくという不安は、常に私の喉元に刃を突きつけている。


 進路の事を考えると、胃が痛くなる。


 バンドメンバー五人のうち、大学進学を予定していないのは、私と金剛寺さんだけだ。

 才川さん、凛ちゃん、小清水さんの三人は、揃って地元の同じ大学を受験するという。学力優秀な彼女たちなら、間違いなく合格するだろう。


 そして進学しない金剛寺さんにも、実家の大きなライブハウスという確固たる働き口(家業)がある。


 つまり。

 何の保証もなく、ただ宙ぶらりんで不安定な状態にあるのは、五人の中で私だけなのだ。


 そこで、たこ焼き屋ですよ。


 私は今、手際よくたこ焼きを作ることが可能だという事実を証明している。

 そしてそれは、恐ろしい勢いで売れている。これなら、細々と店を開いて、糊口を凌いでいくことも可能なのではないか。


 自立した生活。

 地に足のついた職業。


 とてもいいアイデアだ。

 これなら将来の不安も解消される――。


 そう思った次の瞬間。

 私の儚い夢は、自らの思考によって容赦なく打ち砕かれた。


(……いや、ダメだ。私には、接客ができない)


 致命的な欠如であった。


 客と笑顔で会話をする? 

 お金を受け取って「ありがとうございました」と元気に言う?


 無理だ。

 想像しただけで吐き気がする。


 私が一人で店番などすれば、暗い顔で黙々とたこ焼きを差し出すだけの、呪われた屋台になってしまう。誰もそんな店で買いたくないだろう。


 製造はできても、販売ができない。

 コミュ障という不治の病が、私のささやかな逃避行を阻んだ。


 自己の無力さに打ちひしがれ、深くため息をついたと同時に、用意していたボウルの中の生地と、タコのぶつ切りが完全に底をついた。


 時刻は昼過ぎ。

 大盛況のまま、私たちのクラスのたこ焼き屋は予定よりも早く完売となり、店じまいを迎えた。


 鉄板の火を落とし、片付けを終える。


 この後は、特に役割もない。

 適当に何か食事を取って、教室の隅でゆったりと息を潜めているだけの時間だ。


 油とソースの匂いが染み付いたエプロンの紐を解いていると。


「……あの、細川さん。ちょっといいかな?」


 背後から、控えめな声がかけられた。


 振り返ると、教室の入り口に一人の女子生徒が立っていた。


 他のクラスの生徒だ。

 名前は知っている。朝日奈あさひな 陽菜菜ひななさん。


 彼女は、この学校の軽音部の部長を務めている人物だった。


 接点のほとんどない彼女が、私に何の用だろうか。

 頭の中に疑問符をいくつも浮かべながら、私はとりあえずエプロンをパイプ椅子に置き、警戒心を抱いたまま彼女の応対に向かった。

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