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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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第43話 ステップアップ

 10代限定・国内最大級ロックフェス。

 『NEO GENESIS ROCK FES』(通称:ネオジェネ)。


 それは、日本の音楽シーンを担う次世代の原石を発掘するため、という名目で開催されている全国規模の音楽の祭典である。


 全国から無数のバンドやシンガーソングライターがエントリーし、一次から三次まである過酷な審査を突破した一握りの者たちだけが、ファイナルステージの舞台に立つことができる。


 十代のアーティストにとっての登竜門的イベントだ。


「――というわけで、私たちもこの『ネオジェネ』にエントリーしようと思うの!」


 ある日の練習終わり。

 スタジオのミーティングスペースで、才川さんがノートパソコンの画面を見せながら、高らかにそう宣言した。


 通信で参加している凛ちゃんや小清水さんは「おー!」と目を輝かせ、金剛寺さんも「面白そうだな」と腕を組んで頷いている。


 ただ一人、私だけは全く興味がなかった。


 全国規模のフェス。

 次世代の原石。


 どれもこれも、私には縁遠い、キラキラとした眩しすぎる単語だ。

 それに、全国の強豪たちと競い合うなんて、考えただけで胃が痛くなる。


 私はただ、このメンバーでギターを弾いて歌えればそれでいい。

 面倒な競争は御免だった。


「……」


 私は無言でペットボトルの水を飲みながら、生返事をした。


「もう、細川さんったら反応薄いなあ。これ、優勝したらすごい特典があるのよ? ……優勝賞金が、なんと100万円も出るんだから!」


「……100万?」


 ピクッ、と。

 私の耳が、その単語に敏感に反応した。


 100万円。

 それを、メンバー五人で平等に分けると、一人あたり20万円。


 高校生にとって、いや、将来の生活を憂う私にとって、それはとてつもなく魅力的な大金だった。


 現在のところ、私たちのバンド『KANADE-ZAKURA』の懐事情は、非常に潤っている。


 動画投稿サイトでの演奏動画の再生数は右肩上がりだし、音楽配信サービスでのオリジナル曲の収益も順調に入ってきている。

 地元のライブハウスでの出演料やグッズの売り上げなど、様々な名目で報酬が支払われていた。


 有能な才川さんが会計をきっちり管理し、バンドの活動資金(スタジオ代や機材のメンテナンス費、遠征費など)をプールした上で、残りの利益をメンバーに公平に分配してくれているのだ。


 おかげで、私の銀行口座の残高は、高校生とは思えないスピードで積み上がっている。


 だが、私はそのお金で服を買ったり、遊びに行ったりと無駄遣いをするタイプではない。

 なぜなら、私は常に「いつこのバンドをクビになるか」という恐怖と隣り合わせだからだ。


 今、私がお金を稼げていて、ある程度の収入があるのは、ひとえにこの『KANADE-ZAKURA』というグループに所属しているからだ。


 私個人の実力ではない。


 もし、高校二年生の春に、才川さんにバンドに誘われていなければ。

 あの時、彼女が私を見つけてくれなければ。


 今頃、私は一円も稼げていない。


 それどころか、自分一人でギターの演奏動画を撮ってネットに上げるという発想すら思いつかなかっただろうし、仮に思いついたとしても、叩かれるのが怖くてチャレンジすることなど絶対にできなかった。


 クラスメイトに溶け込む努力もせず、教室の隅で気配を消し、誰とも話さず、ただ息をしているだけの真っ暗な青春を送っていたはずだ。


 自己評価を客観的に突き詰めれば突き詰めるほど、私は冷酷な現実に直面する。


 私は、一人では何もできない。


 荒れ狂う社会という名の、冷たくて暗い海。

 私はただ偶然、『KANADE-ZAKURA』という大きくて立派な船から垂らされたロープに縋り付き、甲板に引き上げてもらっただけの密航者にすぎない。


 才能にあふれる船長やクルーたちが、力強く帆を張り、舵を取って進んでいく。

 私はその隅っこで、言われるがままにギターを鳴らしているだけだ。


 いつか「お前はもう必要ない」と、この温かい船から冷たい海へ蹴り落とされる日が来るかもしれない。


 そうなった時、泳げない私が生き延びるための唯一の命綱。

 将来、誰にも必要とされずニート生活を送ることになった時のための浮き輪。


 それが、貯金だ。


 海に放り出されても沈まないために、貰える賞金は一円残らず貰っておきたい。


 優勝賞金、100万円。

 ――順当に五人で分ければ、一人20万円。


 その具体的な数字が頭の中で弾けた瞬間、私の心に暗く、しかし強烈な炎が灯った。


(欲しい、優勝したい――)


 ロックフェスでの優勝。

 それは先ほどまでの「面倒くさい競争」から一転し、私の生存権をかけた密かな、そして絶対的な目標となった。


 優勝するためには、当然だが審査を通って、本大会に出場しなければならない。

 私は気合を入れて、審査の日程や手続きについて尋ねようと口を開きかけた。


 しかし。


「申し込みは終わってるわ」


 才川さんは、事もなげに言った。


「六月の一次審査、デモ音源審査。もう結果出てる」


「え?」


「通過よ」


 ……早い。

 私が知らない間に、すべてが終わっていた。


 春から夏に向けた私たちのバンド活動は、夏休みのライブに備えた「新曲作り」と、動画配信用の「人気曲のカバー演奏」がメインだった。


 その過程で作った未発表の新曲を、才川さんはしれっとネオジェネの一次審査に送り、そして見事に合格通知を受け取っていたらしい。


 二次審査は、SNSとWEBによる一般投票。


 これに関しても、私たちのバンドはネットでの知名度をすでに確立している。

 コアなファンが毎日投票してくれるシステムを作れば、これも問題なく通るだろうと才川さんは分析していた。


 そして。

 三次審査は、実際に観客と審査員を前に行う、地区別ライブハウス審査。


 そのステージは、秋風が吹き始める十月に行われることになる。

 私の知らぬ間に、世の中は回り、物事は物凄いスピードで進んでいく。


 有能なリーダーが道を作り、障害を取り除き、船を前へと進めている。

 無能な私は、ただその背中にしがみつき、後に付いていくだけだ。


 置いていかれないように、振り落とされないように。

 私はただ黙って、ギターの弦を強く弾くことしかできない。

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