第4話 怪物の誕生
(才川奏の視点 過去回)
結論から言おう。
私は、女の子が大好きだ。
それも、ただ「友達として好き」なんて生温い話じゃない。
春の陽だまりみたいにふわふわした、守ってあげたくなるような、それでいて芯の強そうな――そんな「最高に可愛い女の子」と、甘酸っぱい恋がしたいのだ。
手を繋いで帰り道を歩きたいし、密室で二人きりになりたい。
この崇高にして純粋な欲望に目覚めたのは、中学一年の春だった。
「どうせ恋をするなら、妥協はしたくない。世界で一番可愛い子を、私の隣に立たせてみせるわ!」
そう決意した瞬間、私の人生の歯車は、凄まじい速度で回転を始めたのである。
* * *
さて、可愛い女の子と親密になるためにはどうすればいいか。
ただ話しかけるだけじゃ、その他大勢の「仲の良い友達」で終わってしまう。
私が求めているのはもっと深い、魂を共鳴させる二人の繋がりだ。
そこで弾き出した答えが、「バンド」だった。
これは名案だ。
考えてもみてほしい。
気になる子を「ボーカル」として誘えば、相手が楽器未経験でも問題ない。
練習という名目で放課後を独占し、同じ目標に向かって汗を流し、ステージの上でスポットライトを浴びる。
そうすれば仲間意識も芽生える。
そして何より、私が超絶凄いギタリストになれば、彼女が私に恋に落ちないはずがないじゃない!
私のギターの音色に酔いしれる、彼女の顔を至近距離で拝みたいのよ。
「……というわけで萌、私にギターを教えて! 最高に格好いい私になって、運命の彼女をゲットするための『合コンの舞台』を手に入れるのよ!」
放課後の教室で、私は幼馴染の金剛寺萌に向かって高らかに宣言した。
「……お前が、マジで何言ってんのかわかんねーわ」
* * *
やってきたのは、地下にあるライブハウス【GUREN(紅蓮)】。
年季の入ったコンクリートの壁、剥がれかけたステッカー。そして、タバコと古いアンプが混ざったような重厚な匂いが漂う場所だ。
萌は要塞のようなドラムセットの椅子に座り、スティックを器用に回しながら、心底呆れたような目で私を見た。
「奏……。お前、動機が意味不明すぎるぞ。音楽を一体何だと思ってるんだ」
「愛のツールよ! 音楽は愛を語るためにあるんでしょう?」
「ダメだこいつ、思い込んだら手が付けられねー……」
萌が頭を抱えていると、奥の楽屋から一人の女性が姿を現した。
ライダースジャケットを羽織った、金髪ショートの美女。萌の母親であり、このハコの管理人である金剛寺万梨阿さんだ。
「いいじゃないか、不純な動機。最高にロックだね」
「万梨阿さん!」
「ただし、奏。この『紅蓮』で鳴らすなら、音に嘘をつく奴だけは許さない。可愛い子を釣りたいなら、その子が一生お前から離れたくないと思うくらい、圧倒的な音を鳴らしてみな」
その日から、私の地獄の特訓が始まった。
万梨阿さんの指導スタイルは、徹底した放任主義だった。
基礎中の基礎、必要最低限のことだけを教えたら、あとは「本人次第」というスタンス。
だから、私は死ぬ気で頑張った。
指先が裂けて血が滲んでも、そこにアルコール消毒をぶっかけて練習を続ける。
萌が叩く正確無比なドラムのリズムに、一音の狂いもなくリフを叩き込む。
正直、何度も心が折れそうになったけれど、そのたびに脳内に「まだ見ぬ美少女」を召喚して自分を奮い立たせた。
「……ねえ萌、ボーカルは絶対『儚げな美少女』がいいよね。私が超絶ソロを弾いてる横で、ちょっと不安そうに私の背中を見てるような子……」
「……まずはFコードを完璧にしてから言え」
コン、と萌のスティックが私の頭に振り下ろされる。
ちょっと痛いわ。
もうっ、乱暴ね。
でも、この痛みこそが、私が「本物のギタリスト」へと近づいている証拠なのだ。私は狂ったようにギターを掻き鳴らした。
一日、数時間。
弦を押し込み、ピッキングの角度をミリ単位で調整する。
可愛い子を隣に立たせる資格を得るために、私は自分自身を最強の武器へと磨き上げたのだ。
中学の終わり頃には、技術確認のために動画投稿も始めた。
顔は出さない。
映すのは左手の運指と、ギターのボディだけ。
「顔じゃなくて、私のテクニックに惚れなさい!」
という戦略だったが、これが面白いように当たった。
『この運指、エロすぎるわ……』
『ピッキングの粒立ちが人間じゃない。抱いて……』
コメント欄に並ぶ、女の子(と私は信じている)たちの熱狂的な言葉。
ああ、これよ!
これのために私は指の指紋を消してきたのよ!
収益も驚くほど入り、私は練習用とは別に、溜息が出るほど豪華なギターを買ったりもした。
* * *
そして。
運命の高校二年生、四月。
新しいクラス、新しい出会い。私の「可愛い子センサー」は、教室のドアを開けた瞬間から最大出力でフル稼働していた。
そして、ついに見つけたのだ。
教室の片隅。
窓際の後ろ。
周囲の喧騒から隔絶されたように、ぽつんと一人で座っている小柄な女の子。
ショートカットの髪から覗く白い項。
俯いたままスマホをいじる指先の、驚くほど繊細なライン。
何より、その纏っている凛としたオーラ。
無表情で芯が強そうで、でもどこか「触れたら壊れてしまいそう」な、研ぎ澄まされた美しさ。
(…………いた)
心臓が、ギターのディストーションみたいに激しく歪んで鳴った。
磨けば光るどころじゃない。
あれは、深海に沈んでいる最高級のブルーダイヤモンドだ。
彼女の名前は、細川桜。
自己紹介で「音楽が好き」と言ったときの、あの消え入りそうな、けれど確かな意志を感じさせる声。
(決まり。私の隣に立つのは、あの子しかいない!)
私は溢れ出しそうな恋愛感情――もとい、愛を必死に抑え込み、運命の相手に向けて歩き出した。
緊張のあまり、顔が少し引き攣って目つきが鋭くなってしまったかもしれないけれど、そんなの関係ない。
彼女が私を警戒している。
私が話しかけるたびに彼女は怯えたように震え、殺気(のような何か)を放っていたけれど、私にはすべてわかっていたわ。
あれは、一目惚れの衝撃で、どうしていいか分からなくなっているだけよ!
だって、私たち相思相愛なんだもの! (※脳内補完済み)
* * *
私の動画を送ったときの彼女の反応も最高だった。
そして今朝、学校にギターを持ってきてくれた彼女を見た瞬間、私は自分の勝利を確信した。
「細川さん! 一緒に行きましょ!」
私の部屋に彼女を招き入れた時、彼女が私の匂いを嗅いでドギマギしていたのを、私は決して見逃さなかったわ。
ベッドに並んで座った時の、あの絶妙な距離感。
甘酸っぱい青春、女の子同士の恋……たまらないわ!
ギターの練習を頑張った甲斐があった。
ついに、意中の女の子を自宅へ連れ込むことに成功したのだ。
(目的達成。……でも、練習ばかりしてないで、もっとおしゃべりしたいのよね)
一瞬、そんな邪念が過ったけれど――
私は必死に練習する彼女の姿を横目で見る。
そこで私は、自分の間違いを悟った。
この懸命な姿こそが、彼女の魅力の根源なのよ。
私にとっては、バンドなんて正直どうでもよかったはず。
でも、必死で練習している細川さんを見ていたら、自分も本気で取り組みたいと思えてきた。
彼女の魅力をもっと引き出すためにも。
そして、二人の絆を深めるためにも。
今の私たちには、バンド活動は不可欠だわ。
私は心の中で、真っ赤な欲望を燃え上がらせた。
この恋路は、まだ始まったばかりなのだ。
ここで止めるなんてもったいない。




