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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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32/60

第32話 きららチャレンジ2

 (吉良雲母の視点)


 ファインダー越しに見える世界は、私が普段生きている薄暗い現実とは全く違っていた。


 私は今、ライブハウスのフロアで、ガールズバンド『KANADE-ZAKURA』の演奏をビデオカメラに収めている。


 撮影にあたり、私には一つの明確な方針があった。

 それは、「メンバーの顔を絶対に画面に映さない」ということだ。


 焦点は常に、滑らかに弦を弾く手元、重厚なビートを刻むペダルを踏む足元、あるいは逆光に浮かび上がる華奢な背中のシルエットに合わせる。首から上は見切れるようにアングルを調整し、意図的に情報を削ぎ落とした。


 マーケティングの観点から言えば、これは一種の焦らしだ。


 圧倒的な演奏技術と、魂を震わせるようなボーカル。

 それだけの武器を持ちながら、あえて素顔を隠すことで、視聴者の側に「一体どんな子たちが演奏しているのだろう」という強烈な興味を惹きつけることができる。


 『謎の女子高生バンド』というミステリアスな付加価値を持たせて、世間に認知されるように持っていきたい。


 それが私の戦略だった。


 遠隔地から通信で参加しているベースの井上さんや、キーボードの小清水さんにも、同様に顔を映さずに手元を中心とした演奏動画を撮って送ってもらうよう、あらかじめお願い(才川さんを通じて)してある。


(……はい、オッケーです! お疲れ様でした!)


 私は心の中でそう叫びながら、腕で大きく丸を作った。

 大声を出せないので、ボディランゲージで合図を送る。


 学園祭で演奏したという二曲の撮影が無事に終わり、私はハンディカメラと、三脚に固定したカメラの録画を止めた。


 これで今日の私の仕事はひと段落だ。

 けれど彼女たちは機材を下ろすこともなく、そのまま自分たちのオリジナル曲の練習に入っていく。


 私は邪魔にならないよう壁際へ移動し、生演奏に耳を傾けた。


 細川さんの、痛切でどこまでも伸びていく声。

 才川さんの感情をかき鳴らすようなギター。

 金剛寺さんの正確無比なドラム。


 本当に、女子高生三人で出している音なのだろうか。


(このバンドには、間違いなく光るものがある。きっと、大きく成長するわ)


 そんな、音楽評論家気取りのありきたりな感想が頭に浮かぶ。


 けれど、私のような「ただのアニメ好きの陰キャ」という、音楽に関しては完全に素人の感想こそが、実は一番大切なのだ。


 なぜなら、世の中の流行というものは、一部の専門家ではなく、圧倒的多数の「素人が良いと思えるかどうか」で決まるのだから。


 私のこの胸の震えは、決して間違っていないはずだ。


 * * *


 ライブハウスから実家の自室に帰宅した私は、すぐさまパソコンの電源を入れ、動画の編集作業に取り掛かった。


 カーテンを閉め切った暗い部屋。

 モニターの青白い光だけが、私の顔を照らしている。


 メインとなるのは、ステージの正面に三脚で固定した、全体を映す広角アングルの映像だ(もちろん、これにも顔が映らないようエフェクトとトリミングをかけている)。


 その土台となる映像の上に、私が手持ちカメラで接写した手元や足元の躍動感あるカット、そして井上さんと小清水さんから送られてきた遠隔の映像を、曲のテンポや盛り上がりに合わせてミリ秒単位で切り替えていく。


 細川さんのブレスの瞬間。

 才川さんのチョーキング。

 金剛寺さんのシンバル。


 音と映像のシンクロ率を高めるため、私は寝食を忘れてマウスをクリックし続けた。


 三日後。

 ようやく、一つの動画が完成した。


 通しで見返してみる。


(……よくできた、とは思う。私にしては、上出来だ)


 だが、自己評価など当てにはならない。

 動画を実際にアップロードし、不特定多数の視聴者の反応を見てみないことには、本当の価値はわからないのだ。


 私は、株式会社KANADE-ZAKURAの社長である才川さんに連絡を取り、出来上がった映像のデータを送った。


 数十分後、「すごくいい! 最高! これでいこう!」という即答のメッセージと共に、動画はバンドの公式アカウントから動画共有サイトへと投稿された。


 それからの数日間、私はパソコンの前に張り付き、F5キーを連打して再生数の推移を監視した。


 結果は、私の想定を遥かに超えていた。


 もともとバンドの公式SNSのフォロワーが少なからず存在しており、そこからのリンク誘導が初動の起爆剤となった。熱量の高いファンたちが「推しバンドのライブが映像化された!」と拡散してくれたのだ。


 それが呼び水となり、サイトのアルゴリズムに拾われ、おすすめに表示されるようになる。

 さらに、サムネイルやタイトルから「アニソンカバーか?」と興味を持ったアニメファン層も流入し、再生数は雪だるま式に膨れ上がっていった。


『吉良さん! 動画、すっごく好調よ。やったわね!』


 数日後にかかってきた電話越しに、才川社長は弾むような声で言った。

 スマートフォンのスピーカーから飛び出してきたその言葉に、私は一瞬、息をするのを忘れた。


 やったわね。

 吉良さんのおかげよ。

 すごいわね。


 そんな言葉を、他人からかけられたのはいつ以来だろうか。

 いや、私の二十年間の人生で、何かを上手くやり遂げ、他者から明確に称賛された経験など、ただの一度もなかった。


 いつも失敗ばかりで、怒られ、呆れられ、透明人間のようにお情けで生かされてきただけの私。

 そんな私が、誰かの役に立ち、感謝されている。


 目頭が熱くなり、視界が滲んだ。

 胸の奥で、今まで感じたことのない温かい塊が、じんわりと広がっていくのを感じた。


 * * *


 最初の動画の成功を受け、この「顔出しなし演奏動画」の路線は非常にウケが良いと判断された。

 私たちはこれを継続的なプロジェクトとして進めることになった。


 使用を許可されているアーティストの楽曲、特にアニメのOPやEDで使用され、界隈で高く評価されている曲をターゲットに選んだ。


 「演奏してみた」と「歌ってみた」のハイブリッド動画としての投稿だ。


 細川さんの歌声は、既存の楽曲のイメージを壊すことなく、それでいて彼女自身の強烈な色を上乗せする魔法のような力を持っていた。

 アニメファンという巨大な市場のパイを切り崩す作戦は見事に当たり、評判は上々だった。


 そして、満を持して、才川社長が動いた。


 彼女が個人で運用していた、超絶技巧のギター演奏動画アカウント。

 すでに多くのファンを抱えるそのチャンネルから、バンドの公式動画への誘導リンクを大々的に張ったのだ。


 これが決定打となった。

 点と点が線で結ばれ、再生数はさらに爆発的な伸びを記録した。


 季節は巡り、学生たちはもうじき冬休みに入る頃。


 その頃には、急成長を遂げた私たちの動画投稿アカウントから発生する広告収益は、株式会社KANADE-ZAKURAの安定した財源として、確固たる地位を築くまでになっていた。


「すごいわ、吉良さん! これも全部、吉良さんがうちで働いてくれたおかげよ!」


 電話口で、才川社長がまた私を褒めちぎる。


「い、いえ、私なんて、そんな……運が良かっただけで……でゅふぇふぇ」


 褒められ慣れていない私は、照れ隠しと極度の嬉しさがブレンドされた結果、口からとんでもなく気色の悪い笑い声を漏らしてしまった。


 しまった、と思った。


 いくらなんでもキモすぎる。

 見限られるかもしれない。


 しかし。

 才川社長は、私のその怪音波を華麗にスルーした。


「これで、会社の財源にかなり余裕ができたわね」


 彼女の声は、普段の明るい女子高生のものから、少しだけ真剣な『社長』のトーンへと変わった。


「決めたわ。冬休みには、私たちで単独ライブをやるわよ!」


 単独ライブ。

 その言葉の重みに、私は唾を飲み込んだ。


 聞いた話では、彼女たちが夏休みに経験したライブというのは、金剛寺さんの実家というコネを使い、既存の知り合いバンドのイベントにお邪魔する形で、いわば「おまけ」として出番を提供してもらっていただけらしい。


 だが、単独ライブとなると話は全く違う。

 会場の箱代を払い、自分たちだけの力でゼロから集客をしなければならないのだ。


 ネットの動画で再生回数がどれだけ増えようと、高評価がついていようと、その人たち全員がわざわざ交通費とチケット代を払って、リアルのライブハウスに足を運んでくれるわけではない。


 ネットの数字とリアルの集客力は、決してイコールではないのだ。


 客が数人しかいない、閑古鳥の鳴くフロアで演奏するリスク。

 それは、かなりハードルが高い無謀な挑戦だと言わざるを得ない。


 しかし、電話の向こうの社長は、一切怯むことなくそれに挑戦する気でいた。


 ならば。

 私にできることは、その無謀な挑戦のお供をすることだけだ。


 私のこれまでの人生で、「上手くいった」経験など皆無だった。

 常に日陰を歩き、誰の目にも留まらないゴミのような存在だった。


 私はバンドのメンバーではない。

 ただのアルバイトだ。


 それでも、自分が裏方として関わっているこのバンドが、自分の考えた戦略で数字を伸ばし、急速に成長していく姿を見ることに、私は生まれて初めての『楽しさ』と『生きがい』を感じていたのだ。


 冬の冷たい風が窓を揺らす。

 私はパソコンのモニターに映る彼女たちの動画を見つめながら、これから始まる未知の挑戦に向けて、静かに決意を固めていた。

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