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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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第29話 きららダイブ

 (ニート・吉良雲母の視点)


 私の名前は、吉良雲母きら・きららという。

 画数と響きだけは無駄に輝かしいが、その実態は光を一切反射しない、ただの根暗な陰キャ女子だ。


 学校に通っていた頃は、友達と呼べる存在は一人もいなかった。

 教室の隅で息を潜め、風景の一部として同化することに全精力を注いできた。


 高校に入ると、いよいよ毎日学校に通う気力すらなくなり、欠席日数のギリギリのラインを這うようにして何とか卒業証書だけは手に入れた。


 しかし、その先のレールを敷くエネルギーは残っておらず、大学に進学することもなく、かといって就職することもなく、私はそのまま実家の子供部屋に収容されるニートとなった。


 現在、二十歳。

 立派な無職である。


 一度だけ、このままではいけないと一念発起し、履歴書を書いて近所のコンビニのアルバイト面接に行ったことがある。


 世間は人手不足だとニュースで騒いでいた。

 誰でも受かるだろうと高を括っていた。


 だが、結果は不採用だった。


 理由は明白だ。

 私が極度のコミュニケーション障害で、声が小さすぎてうまく喋れなかったからだ。しかし、レジ打ちと品出しをするだけで、そこまでのコミュニケーション能力が求められるものだろうか。


 人手不足の底辺(と勝手に思っていた)労働市場からすら拒絶された事実は、私の脆い自己肯定感を完全に粉砕した。


 そのショックから、私の引きこもり生活にはさらに拍車がかかった。


 趣味のアニメを自室で延々と鑑賞し、親が作ってくれたご飯を無表情で胃に流し込む。

 生産性ゼロ。

 炭酸の抜けたコーラのような、無為で平坦な毎日。


 だが、私が二十歳を超えた今年、とうとう親の堪忍袋の緒が切れた。

 働かない私に対し、明確な最後通牒を突きつけてきたのだ。


『とにかくアルバイトでもいいから、働きに出なさい』

『それが嫌なら、婚活をしてさっさと嫁に行きなさい』


 親の言い分は極めて論理的だった。


 まだ二十歳。

 今の年齢であれば、相手の条件さえ選り好みしなければ、ギリギリ貰い手は見つかる。


 けれど、このまま部屋で歳を重ねて時間が過ぎれば、もう誰からも相手にされなくなる。

 社会からも、市場からも、完全に『不良在庫』として見放されるぞ、と。


(……そうだろうな)


 反論の余地はなかった。


 親の指摘は、ぐうの音も出ないほど正しい。

 私はため息をつき、最後の気力を奮い立たせて、机の奥深くに封印していた白紙の履歴書を引っ張り出した。


 * * *


 結論から言えば、私は今、ゴミ捨て場の生ゴミに埋もれている。


 どうしてこうなったのか。

 事の顛末は、数時間前に受けた地獄の面接に遡る。


 私が重い腰を上げて向かったのは、少し離れた駅前にある雑貨屋のアルバイト面接だった。


 バックヤードのパイプ椅子に座らされた私を待っていたのは、採用面接という名の『圧迫面接』、いや、ただの理不尽な公開処刑だった。


 店長は、神経質そうな細い目をした四十代くらいの女性だった。

 彼女は私の履歴書の空白期間を見るなり、眉間を深く寄せて、二時間にも及ぶねちねちとした説教を開始したのだ。


『あなた、今まで何してたの? 甘えすぎじゃない?』

『声が小さい。そんなんじゃ接客なんて無理よ。社会を舐めてるの?』

『若いうちからそんな無気力で、将来どうするつもり? 親御さんが泣いてるわよ』


 私はひたすら俯き、サンドバッグのように言葉の暴力を受け続けた。


(時間を無駄にした。最悪だ。人に説教したがる奴に、碌な奴はいないんだ)


 私の心は、防衛本能から冷たく状況を分析していた。


 やたらと他人にダメ出しをして、説教したがる人間。

 そういう人は、私の将来を心配しているわけではない。


 反論してこない弱者を叩くことで、「自分の方が人生の先輩であり、偉い人間なのだ」とマウントを取り、自尊心を満たしたいだけなのだ。私は彼女のストレス発散のための、都合の良いサンドバッグにされたに過ぎない。


 店を出て、夕暮れの道を一人で歩いていると、不意に視界が歪んだ。

 ポロポロと、大粒の涙があふれてきた。


 働くのは、もう無理だ。

 あんなヒステリックな他人の悪意に晒されて、毎日心をすり減らすなんて絶対にできない。私は社会という生存競争のシステムに適合していない欠陥品なのだ。


 となれば、残された道は親の言う通り、身売りするように結婚するしかない。


 だが、アニメの男性キャラクターにしかときめいたことのない私に、現実の男とまともに付き合う技術などあるはずがない。


 となれば、私のような意志薄弱で自己主張のできない女を「都合の良い所有物」として扱う、支配的でモラハラ気質の男に捕まるに決まっている。


 結婚した途端に態度は豹変し、些細なことで怒鳴られ、毎日のようにDVを受ける未来。逃げ場のない密室で、殴られながら這いつくばる自分の姿が、まるで映画のワンシーンのように鮮明に脳内に再生された。


 ――嫌だ。


 私の人生には光などない。

 どこまで歩いても、あるのはただ薄暗く、じめじめとした暗闇だけだ。


 * * *


 視界が、涙で完全に塞がれる。

 足元が覚束ない。


 石につまずいた。


 宙を舞う感覚。

 傾く世界。


 ドサッ。


 柔らかな衝撃。

 カラス除けの青いネットの感触。


 鼻をつく、酸っぱい生ゴミの匂い。


 転んだ先は、路地裏のゴミ捨て場だった。

 透明なポリ袋の山がクッションになり、奇跡的に怪我はなかった。


 ラッキーだった。

 だが、その事実が私をさらに打ちのめした。


 転んでゴミの山に突っ込み、無傷で済んだ。

 それが、私の人生に訪れる『ラッキー』の限界値なのだ。


 私は青いネットを被ったまま、起き上がる気力すら失い、ゴミ袋に挟まれて呆然と空を見上げていた。私という存在そのものが、社会から廃棄された粗大ゴミなのだと言われたようで、完全に心が折れていた。


 * * *


「あの、大丈夫ですか? お姉さん」


 不意に、上から声が降ってきた。

 鈴を転がしたような、明るくて澄んだ声。


 ゴミの隙間から見上げると、そこには天使が立っていた。


 夕日に照らされてキラキラと輝くような笑顔。

 シワひとつない清潔な高校の制服。健康的で、生命力に溢れていて、私とは対極に位置する『光属性』そのものの女子高生だった。


 彼女は、汚れた私を嫌がる素振りも見せず、すっと白い手を差し伸べてきた。

 私はまるで蜘蛛の糸にすがる亡者のように、泥のついた手でその手を掴んだ。


 引っ張り上げられる。

 見た目以上に力強い引きだった。


「ごめんなさい、突然声かけちゃって。知り合いの子にちょっと雰囲気が似ていて……なんだか、ほっとけなかったんです。迷惑でしたか?」


 天使は、申し訳なさそうに小首を傾げた。


 知り合いの子。

 私のようなゴミ溜めの陰キャに似ている知人が、この光り輝く女子高生にいるのだろうか。


 私は、ブンブンと激しく首を振った。

 迷惑なはずがない。誰かに手を差し伸べてもらったのなんて、生まれて初めての経験かもしれないのだから。


 その後、成り行きで近くの公園のベンチに座ることになった。


 天使――才川さんというらしい――は、自販機でジュースを買ってきて、私に手渡してくれた。


 女子高生に缶ジュースを奢ってもらう二十歳のニート。

 情けなさで死にそうだったが、冷たい炭酸が乾いた喉に染み渡り、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


 彼女の「どうしたんですか?」という優しい声に促され、私はぽつぽつと事情を話し始めた。


 面接に行ったこと。 

 そこでヒステリックな女店長に二時間も理不尽な説教をされたこと。悲しくなって泣きながら歩いていたら、ゴミ捨て場にダイブしてしまったこと。


 才川さんは、相槌を打ちながら、うんうんと真剣な顔で私の愚痴を聞いてくれた。


「なるほどー。それは災難でしたね。その店長さん、自分のストレスをお姉さんにぶつけてるだけですよ。気にしなくていいです!」


 才川さんはカラッと笑い飛ばし、それから――

 ふと思いついたように手をポンと叩いた。


「アルバイト、探していたんですか? もしよければ、うちで働きませんか?」


「……え? うち?」


「はい! 仕事はまだ多くなくて、週に一度、勤務してもらうだけになりますけど……どうですか?」


 女子高生の口から飛び出した「うちで働かないか」という言葉に、私は目を丸くした。


 意味がわからない。

 実家が何かお店でもやっているのだろうか。


 しかし、週に一度の勤務。


 それならば、社会不適合者の私でも、なんとか精神をすり減らさずに通えるかもしれない。何より、親に対して「アルバイトを見つけた」という立派な言い訳(免罪符)になる。


 目の前の彼女は、私をゴミ捨て場から拾い上げてくれた命の恩人であり、絶対的な光だ。断る理由などなかった。


「……やります。なんでも、やります」


 私が深く頭を下げると、才川さんは「やったー! 採用!」と無邪気に喜んだ。


 こうして私は、命の恩人である女子高生に拾われ、彼女が代表を務めるという『株式会社KANADE-ZAKURA』という謎の組織で、臨時のアルバイトをすることになったのである。


 なぜ高校生が法人を設立しているのかという最大の疑問に気づくのは、もう少し後のことだった。

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