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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう
本編

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28/59

第28話 敗北と再スタート

 文化祭も終盤に差し掛かった頃――

 私は部員たちを引き連れて体育館へと向かっていた。


 才川奏のバンド、『KANADE-ZAKURA』のステージを見るためだ。


 最初は、あんなお遊びのバンドなど見る気は毛頭なかった。

 だが、私たちの完璧なステージを見下ろしていた彼女たちの、あの底の知れない余裕の表情がどうしても気に食わなかったのだ。


 だから、見届けてやろうと思った。

 コネと交渉力だけでステージに上がった素人集団の、学芸会レベルの程度の低い演奏を――。そして、しっかりと現実の厳しさを教えてやるつもりだった。


 体育館へ向かう途中、廊下を歩いていた時だ。

 ふと、クラスの出し物で誰もいないはずの教室から、微かな音が聞こえてきた。


 シャッ、シャッ、というプラスチックが擦れるような乾燥した音。


 サイレントピックを使った、ギターの練習音だ。

 アンプに繋がれていないためメロディは聞こえないが、運指の滑らかさとカッティングの正確なリズムは、廊下にいる私にもはっきりと伝わってきた。


 教室を覗き込むと、そこにいたのは細川桜だった。


 先ほど客席から私たちを絶望的な顔で見つめていた、あの地味な少女。

 彼女は一心不乱にコードを押さえ、無音のギターをかき鳴らしていた。


(……意外ね。結構、弾けるじゃない)


 私は極めて冷静に、彼女の技術を頭の中で採点した。


 一軍でエースを張っている私には及ばない。

 だが、二軍であれば間違いなくトップクラスで通用するレベルだ。基礎ができている。何より、リズムキープが正確だ。


 もし私がボーカルに専念する曲があるなら、彼女にサイドギターを任せてもいい。そう思える位には上手かった。


 だから私は、教室を出てきた彼女に声をかけた。


「あなた、これから演奏するバンドの人よね?」


 才川さんの気まぐれに付き合わされている可哀想な生贄。

 そう思っていた私は、少しの優越感と同情を交えて、彼女を軽音部に誘った。「あなたさえよければ、軽音部に来ない?」と。


 しかし、彼女の答えは予想外に冷たかった。


「……あの、私は軽音部には入りません」


 無表情のまま、彼女は逃げるように背を向けていった。


(……そうよね。学校の主役である才川さんを、無下に裏切れるはずがないわ)


 去っていく後ろ姿を見送りながら、私は勝手に納得する。


 気の毒に。

 あの子はきっと、このまま才川さんの気まぐれに巻き込まれて、都合よく使い潰される。


 でも、それも仕方のないことなのだろう。

 自分の意思より、周囲の期待を優先してしまうタイプなのだから。


 少し胸が痛んだまま、私は体育館へと向かった。


 * * *


 文化祭の熱気が最高潮に達する、大トリの時間帯。

 体育館のフロアは、すし詰め状態の生徒たちで異常なほどの熱を帯びていた。私たちは後方の壁際に陣取り、腕を組んでステージの幕が上がるのを待った。


 やがて司会の紹介が終わり、照明が切り替わる。

 ステージの上に現れた彼女たちの配置を見た瞬間、私の思考は一瞬、完全に停止した。


(……嘘でしょ)


 ステージの中央。

 マイクスタンドの前に立っていたのは、才川奏ではなかった。


 学校の主役たる彼女は、上手側で赤いギターを構えている。


 代わりに、ステージのど真ん中、フロントマンの位置に立っていたのは。

 あろうことか、あの自信なさげに縮こまっていた少女、細川桜だったのだ。


 驚愕を消化する暇もなく、才川さんの明るいMCが体育館を揺らし、そして――

 演奏が、始まった。


 放たれたのは、暴力的なまでの才川奏のギターソロだった。


 私がこれまで積み上げてきた練習など、すべて子どもの遊びだったのではと思わせるほどの、圧倒的なテクニックと表現力。閃光のように空気を切り裂くその音色に、体育館が一斉にどよめく。


 胸の奥まで震えるような衝撃だった。


 続いて、サポートメンバーの腹の底に響く重厚なベースラインが重なる。

 もう一人のサポートのキーボードも、素人の枠を軽々と飛び越えている。

 金剛寺さんのドラムは、強烈なビートで全体を力強く牽引していた。


 分厚い音の壁。

 完璧に噛み合ったアンサンブル。


 それは、高校の文化祭というぬるま湯の空間には到底収まりきらない、本物の『音楽』だった。


 だが、私をもっとも打ちのめしたのは、それらではなかった。


 イントロが明け、Aメロに入った瞬間。

 細川桜が、マイクを両手で握りしめ、声を発した。


 その歌声は、まるで鋭いナイフのように、真っ直ぐに私の胸を突き刺した。


 教室で見たあの怯えた雰囲気はどこにもない。


 彼女の奥底に眠っていた孤独や、鬱屈とした感情。

 それらが全て熱量に変換され、魂の叫びとなって体育館の空気を震わせている。


 上手い――誰よりも切実で、力強い声。

 気がつけば、観客の誰もが、あの地味で目立たなかった少女の歌声に釘付けになっていた。彼女の放つ引力から、逃れられなくなっていた。


 圧倒的だった。

 あまりにも、美しかった。


 私の胸の中で、何かが崩れ落ちる音がした。


 自尊心。

 プライド。


 軽音部のエースとしての自負。

 努力を重ねてきたという自信。


 それらが、彼女たちの奏でる圧倒的な音の奔流に呑み込まれ、あっという間に削り取られていく。

 粉々に砕け散り、跡形もなく消え去っていく。


 私は。

 私たちは、井の中の蛙だった。


 コネだの、人気だの、そんなくだらない偏見で彼女たちを貶めようとしていた自分が、ひどく滑稽で、惨めに思えた。


 敗北。

 完全なる、敗北だった。


 * * *


 演奏が終わった。

 割れんばかりの歓声と、地鳴りのような拍手。


 私は、呆然と立ち尽くす部員たちを促し、熱狂の渦に包まれる体育館から静かに抜け出した。


 外に出ると、夕暮れが近づく秋の冷たい風が、火照った頬を撫でた。

 祭りの後のような、少し寂しい匂いがする。


 私の心は、空っぽになっていた。


 けれど、不思議と絶望はしていなかった。

 全てを失ったわけではない。彼女たちの音楽に打ちのめされ、魂が震えるほどの感銘を受けた。だが、私は決して彼女たちの「ファン」にはならなかった。


 渡り廊下を歩きながら、私は足を止め、うつむく部員たちを振り返った。


「……目標が、できたわね」


 私の口から出たのは、思いのほか澄んだ声だった。


「絶対に、追いつくわよ」


 部員たちが、弾かれたように顔を上げる。


 それが今の私たちにとって、どれほど無謀で、絶望的に無理なことかは嫌というほど分かっている。


 実力差は歴然だ。

 埋めようのない才能の壁があるかもしれない。


 それでも、私は彼女たちを目標に定めた。


 敵わなくてもいい。

 届かなくてもいい。


 這いつくばってでも、あの背中を追いかけたい。


 そして、この軽音部の仲間たちと一緒に、もう一度、一から自分たちの音楽を作り上げていきたかった。

 私たちにはまだ、高校生でいられる時間が残されているのだから。


 歩き出しながら、私はふと、あの子のことを思い出した。


 細川桜。

 廊下で声をかけた時、無表情で、何を考えているか全くわからなかった女の子。


 けれど、ステージの上で歌っていた彼女は、誰よりも真剣で、生き生きとしていて……そしてどこか、心から楽しそうだった。


『……あの、私は軽音部には入りません』


 今なら、あの言葉の真意が痛いほどよくわかる。


 彼女は、才川さんに脅されて数合わせで入れられていたわけではない。

 ましてや、私が上から目線で救い出してやれるような、哀れな存在でもなかった。


 あの子は――

 あの怪物のようなバンドの、紛れもない『フロントマン』だった。


 そう。

 彼女にはすでに、あんなにも眩しい自分の『居場所』があったのだ。


 私は、オレンジ色に染まり始めた高い秋空を見上げた。

 砕け散ったプライドの残骸が、風に吹かれてどこかへ飛んでいくのを感じながら、私は少しだけ、晴れやかな笑みを浮かべた。

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