第24話 陰キャの通学、待ち構える伏兵。
秋晴れの空の下、グラウンドに舞う砂埃。
つい先日行われた体育祭は、私にとって完全なる「消化試合」だった。
才川さんは、リレーのアンカーとしてトラックを疾風のごとく駆け抜けた。
前の走者を次々とごぼう抜きにしていくその姿は、まるで青春映画のハイライトシーンのように眩しかった。
金剛寺さんは、騎馬戦でその有り余るパワーと運動神経をいかんなく発揮していた。彼女が先陣を切って敵陣に突っ込むだけで、相手の騎馬は道を開け、次々と帽子を奪い取られていく。
まさに一騎当千の無双状態だった。
個人種目や少数精鋭の競技で、彼女たちはまごうことなき「主役」として躍動していた。
対して、私はどうだったか。
団体競技の玉入れ。
それが私の戦場だった。
誰が出てもいい、その他大勢のために用意された時間潰しのような種目。
私は集団の最後尾に陣取り、ただ機械的に、感情を無にして紅白の玉を空に向かって放り投げていた。
一つ入ろうが入るまいが、大局には何の影響もない。
なるべく目立たないように、隅っこでこっそりと。それが私の学校生活における基本理念だ。
太陽の下で輝く彼女たちと、テントの影で息を潜める私。
私たちは、本来なら交わるはずのない、正反対の存在だった。
――だというのに。
そんな日陰の住人である私が、あろうことか、文化祭の出し物としてバンドで参加することになっている。
しかも、ボーカルで。
あの眩しい彼女たちと一緒に、全校生徒の視線が集中するステージに立つ。
空は高く澄み渡っているというのに、私の心の中だけは、今からどんよりとした分厚い暗雲で覆い尽くされていた。
* * *
そして迎えた、文化祭当日。
非日常の熱気に包まれた学校は、朝からどこか浮き足立っていた。校門には手作りのアーチが掲げられ、見慣れた校舎は色とりどりの装飾で飾り付けられている。
昨夜うちの狭い部屋に泊まっていた凛ちゃんと小清水さんは、演奏のスケジュールに合わせて午後からやってくることになっている。
そのため、朝の登校は私一人だった。
背中には、黒くて大きなギターケース。
肩に食い込むベルトの重みが、そのまま私の憂鬱の質量を表しているかのようだった。
いつもなら誰の目にも留まらない、ただの地味な女子生徒。
しかし、今日に限っては、このギターケースが「私は今日、ステージに立ちます」という自己主張の看板となってしまっている。
すれ違う生徒たちの視線が、時折私に向けられるのを感じる。
胃の裏側がジリジリと焼けるような感覚。
自分の教室に向かうため、渡り廊下を歩いていた時だった。
前方に、少し派手な着こなしをした数人の男女の集団がたむろしているのが見えた。彼らの手や足元にも、私と同じように楽器のケースがある。
軽音部の人たちだ。
学校の音楽カーストの頂点に君臨する、公認の正規軍。彼らもまた、今日のステージで演奏する予定なのだろう。
私は気配を消し、壁際に寄って通り過ぎようとした。
だが、彼らこそが、私を待ち構えていた伏兵だった。
「ねえ、あの子じゃない? ギター持ってる」
「今日ライブするっていう、あの……何とかいうバンドの一員じゃね?」
「ああ、あの才川さんと金剛寺さんが組んだっていうやつね」
ピタリ、と私の足が止まりかける。
彼らの視線が一斉に私に向けられているのが、肌を刺すような圧力で伝わってきた。
「なんか、ライブハウスで演奏してるらしいよ。本格的なんだってさ」
「へえ。でもさ……あの地味な子がメンバーなんでしょ? 正直、私たちのほうが上じゃない?」
クスクスという笑い声が、廊下に響く。
それは間違いなく、私に「聞こえるように」放たれた言葉だった。
* * *
一発の弾丸が、私の胸を正確に貫いた。
(……なるほど。そういうことね――やれやれだわ)
私の脳内は一瞬で冷却され、極めて論理的な分析モードへと移行した。
彼ら軽音部は、今日のステージで私たちと必然的にパフォーマンスを比べられることになる。
だから、今のうちに私にプレッシャーをかけておこうというわけだ。
彼らの戦略は、痛いほどよくわかる。
軽音部に所属する彼らにとって、学校という自分たちのテリトリーに突如として現れ、「ライブハウスで演奏している」という触れ込みを持つ私たちの存在は、潜在的にひどく目障りなはずだ。
今日のこの晴れ舞台で、自分たちの方が優れていると示したい。
学際の主役は自分たちであると証明したい。
そのために、相手の戦意を未然に削いでおく。
立派な盤外戦術だ。
だが、才川さんや金剛寺さんに直接喧嘩を売るのは、彼らにとってもリスクが高すぎる。才川さんの圧倒的なカリスマ性と、金剛寺さんの規格外の威圧感。
あの二人に絡みに行くのは、素手で熊に挑むようなものだ。
そこで、彼らは極めて合理的な判断を下した。
心理戦の攻撃目標を、私に絞ったのだ。
登校してくるタイミングで、さりげなく、だが確実にプレッシャーをかけてくる。
彼らも軽音部として、放課後の部室で日々研鑽を積んできたはずだ。
血の滲むような練習。バンドとしての結束。この日のステージで演奏できるのは、部の中でも選ばれた精鋭のみだと聞く。
だというのに、私たちは軽音部とは別枠で、実力もよく分からないのにポンと演奏できてしまう。
おまけに「ライブハウスで演奏している」という肩書きは、どうしたって軽音部よりも「何となく上」だという謎の格上感を出している。
彼らの「気に入らない」という気持ちは、痛いほど理解できた。
* * *
実際に演奏を始める前から、戦いは始まっていた。
彼らの攻撃は、見事に成功だ。
その重たいプレッシャーの波に呑まれ、私の精神は大ダメージを受けていた。
胸を締め付けるほどの動悸。
胃の奥で暴れ回る不安の渦。
(失敗できない。彼らには絶対に負けられない)
背負わされた責任の重さが、私の両肩にのしかかる。
同時に、「軽音部の方が実は私たちよりすごいのでは?」という疑心暗鬼が頭をもたげる。彼らの練習量に裏打ちされたあの堂々とした態度。私が今朝から抱えているのは、不確かな自信と圧倒的な技術不足の自覚だけだ。
これ以上の被弾は危険だった。
HPはもう残りわずか。
私は、深呼吸を一つした。
外側だけは、いつものように無表情の「能面こけし」を維持する。
感情のスイッチを切り、ただの移動する物体に成り下がる。
彼らの囁きや嘲笑を、聞こえないふりをしてすり抜ける。
足早に、逃げるように。
ようやく辿り着いた教室の入り口。
重い扉を開け、自席にギターケースを置くと、私はそのまま机に突っ伏した。
外の世界では、祭りの準備が進んでいる。
しかし、私の心の中は今すぐにでも家に帰って布団に潜りたい衝動で満ちていた。
この嵐のような一日の始まりが、私の全てを奪い去ってしまうのではないかという恐怖とともに――。




