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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう


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第2話 向上心と卑屈な性根

 翌朝。


 私は、いつもより三十分早く家を出た。

 背中には、重みを感じる見慣れた黒のソフトケース。


 小学生のころから使い続けている、私の相棒――

 ストラトキャスターだ。


 ――上達して、いつかあの人を超えてやる。


 昨夜、私は才川さんの演奏動画を何度も繰り返し再生した。

 ピッキングの粒立ち。ハイポジションでの正確無比なチョーキング。そして、無駄のないフィンガリング。


 あれは決して才能だけではない。

 積み上げられた努力の結晶だ。


 だからこそ、燃える。


 理屈は単純だ。

 強者の隣にいれば、それだけで成長速度は上がる。


 環境は最大のブースターだ。

 私は彼女の隣で、その技術をすべて盗み尽くす。


 ……そう、自宅で目標を立てた時は、確かに気合が入っていたのだ。


 しかし。

 校門をくぐった瞬間、私の勇ましい決意は、春の微風に煽られてあっけなく霧散した。


(……視線が、痛い)


 ギターを背負って登校する女子高生。

 冷静に考えても、今の私は目立ちすぎている。


(陰キャのくせに生意気だ、とか思われてないかしら?)


 ……注目されている気がする。

 正確には、周囲が私の背負っている黒いギターケースを注視している気がしてならない。私にとって、彼らの視線はすべて鋭い棘のように感じられた。


 実際には、誰も私など見ていない可能性が高いことはわかっている。

 だが、私の脳内ではモブ生徒たちが勝手に囁き合うのだ。


『あの子、急にバンドとか始める気?』

『ぼっちのくせに?』

『……痛いよね』


 そんな妄想じみた幻聴が耳を掠める。


 自意識過剰なのはわかっている。

 誰も私になんて興味がないことも理解している。


 それでも、一度卑屈になり始めた思考は止まらない。

 私は猫背をさらに丸め、逃げるように教室へと足を進めた。


 * * *


「おはよー! 細川さん!」


 瞬間、視界の中で光が弾けた。


 教室の扉を開けた途端、鼓膜を震わせる爆音の挨拶。

 そこには、朝の光を一身に浴びたような、不愉快なほど眩しい才川奏がいた。


 彼女は私の姿を認めると、ビュン! と、高速で駆け寄ってくる。

 ミディアム丈の髪がふわふわと跳ね、彼女が動くたびにクラスの空気が攪拌されるのが肌でわかった。


「……おはよう」


 私は極力、平坦な声で返す。

 しかし、彼女の視線はすぐに私の背中へと釘付けになった。


「うわあ、それギター!? 持ってきたんだ! すごーい、やる気十分じゃん! 嬉しいなあ!」


「……昨日の動画、見たから」


「ほんと!? どうだった? 私のギター!」


 どうだった、と聞かれても返答に困る。

 正直に「化け物だと思ったし、殺意が沸くほど嫉妬した」などと言えば、きっとこの平和な教室に警察が呼ばれるだろう。


「……私も、ギターを弾くから」


「やったぁ、お揃いだね! ツインギター最高じゃん! 細川さんの音、早く聴きたいなー! あ、わからないところがあったら何でも聞いてね? 私が手取り足取り、みっちり教えてあげるから!」


 才川さんは両手を叩いてはしゃいでいる。

 ……なぜ、この人はこんなに嬉しそうなのだろうか。


 普通なら、自分より下手(だと彼女が思っているはず)な人間に付きまとわれるのは、プロ級の腕を持つ者からすれば時間の無駄でしかないはずだ。


 それとも、よほど部員が足りなくて、断らなさそうなカモを繋ぎ止めるのに必死なのだろうか。


(……底が見えない。やっぱり、天才って変な人が多いのかな?)


 じり、と一歩後退りした、その時だった。


「おい、奏……」


 背後から、低く、地響きのような声が響いた。

 反射的に、私の心臓が跳ね上がる。


 ゆっくりと振り返ると、そこには一人の「不良」が立っていた。


「……朝から騒がしい」


 低く、落ち着いた声。

 百七十センチを優に超える長身。


 健康的に焼けた褐色の肌に、無造作な金髪のセミロング。

 切れ長の鋭い瞳が、私を射抜くように見下ろしている。


 金剛寺萌こんごうじ もえ


 彼女の名前は、掲示板の座席表で確認済みだった。

 クラスの――というより学園の、いわゆる「頂点」に君臨するといっても過言ではないオーラを放つ人物。


 きっと、クラスの人気者である才川さんと、私のような得体の知れない陰キャが親しく喋っているのが気に食わなかったのだ。


 これから私は、屋上の裏か体育館の影に連行され、ギターを叩き割られた上で、「二度と奏に近づくな」と引導を渡されるに違いない。


(やっぱり来た……)


 私の脳内警報が最大出力で鳴り響く。


 人気者とぼっちが話しているのだ。

 身の程知らずと断罪される流れで間違いない。


「……あの、その」


 言い訳をしようにも、喉が震えて言葉にならない。


 ――殺される。

 心拍数が、狂ったように跳ね上がる。


 金剛寺さんは無言のまま、私の顔と、背中のギターケースを交互に見つめた。

 そして、ふいに低く、ぶっきらぼうにこう吐き捨てた。


「無理して買ったんじゃないのか?」


「……え?」


「奏が迷惑なら、私に言いな」


 言葉こそぶっきらぼうだ。

 だけど、声に棘はない。


 ……純粋に、心配しているのか?


 私は一瞬、言葉を失った。


(意外と、良い人……?)


 才川さんがむっと頬を膨らませる。


「ちょっと萌! 細川さんは自分の意思でギターを持ってきたのよ!」


「なら、いいけど」


 金剛寺さんは短く鼻を鳴らすと、それ以上の追及はしてこなかった。

 しかし、隣で頬を膨らませた才川さんが、彼女の腕に飛びつかんばかりの勢いで抗議を続ける。


「もう、萌! ひどいよ! 私と細川さんはね、魂で通じ合ってるんだから!」


 ……勝手に魂を繋げないで欲しい。


「私たち、相思相愛なのよ!」


(……相思相愛?)


 何を言っているのかしら、この人は。


 私たちは昨日会ったばかりだ。あらゆる感情の発生プロセスをすべてすっ飛ばして、一気に最終段階に到達している。


 だが私は、あえてその言葉をスルーした。


「相思相愛って……。お前、言葉の使い方がおかしいだろ」


 呆れたように突っ込むのは金剛寺さんだ。


「おかしくないわ。――ね、細川さん!」


 同意を求められても、返す言葉に困る。

 私は、才川さんのまくし立てる言葉をすべて無視し、無表情を貫くことに専念した。


 太陽のように明るい怪物と、それを飼い慣らすかのような寡黙な守護者。

 この異質な二人組に巻き込まれ、私の孤独な高校生活が本格的に崩壊し始めている。


「じゃあ、学校が終わったら練習しましょう」


「……うん」


 私がこくんと頷くと。

 才川さんの顔が、さらに一段階、輝きを増した。


 それはもう、直視するのが辛いほどに。

 何がそんなに嬉しいのかは分からないが、彼女の技術は間違いなく本物――これはチャンスだ。


(……必ず。あなたを超えるわ)


 心の中で、自分に言い聞かせるように繰り返した。


 今はまだ、身の程知らずな目標。

 ギターが弾けるという私のささやかな自信と自慢は、昨日この人に見事に打ち砕かれた。


 けれど、それで終わりじゃない。

 一緒に練習して、食らいついて、少しでも近づいてみせる。


 放課後に練習する約束をした後、才川さんと金剛寺さんは自分の机へと向かっていった。


 クラスメイトたちが、それとなく私を監視している気がする。


 私は陰キャの分際で、突然教室にギターを持ってくるという暴挙に及んでしまった。向上心に浮かれて、失敗したかもしれない。


(けど、あの二人のおかげで、ギターを持ってきた理由が自然とみんなに伝わった……)


 おかげで、これ以上肩身の狭い思いをして一日を過ごさなくてもいい。

 私は少しだけ、あの二人に感謝した。

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