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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう


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第1話 一目惚れと、怪物

 四月。

 二年生に進級して最初の放課後。


 教室に春の匂いが充満していた。

 新しいクラスメイトたちが手探りでグループを作り上げようとする、特有の浮ついた空気。あちこちで弾ける笑い声と、無遠慮に椅子を引く乾いた音が耳障りだ。


(苦手なのよね)


 私は自分の席から一歩も動かず、俯いたままスマホの画面を見つめていた。


『大丈夫? ちゃんと誰かと話せてる?』


 画面に光る、凛ちゃんからのメッセージ。


 相変わらず過保護だ。

 遠く離れた街から、私という存在を紐で繋ぎ止めようとするみたいに。

 私は少しだけ口角を下げて、画面をタップする。


 『平気』


 短い二文字だけを、送信。


 本当は、全然平気じゃない。

 でも、それを正直に言ってしまったら、凛ちゃんのことだから本気で今すぐ新幹線に飛び乗ってきかねない。


 ――都会の高校は、うるさい。


 笑い声のボリュームも、会話のテンションも、自己主張の激しさも、全部が私の許容量を超えている。

 私はその熱狂の中心から、ハサミできれいに切り取られてしまったみたいに、ぽつんと一人で存在している。


 まあ、いつものことだ。

 今年も、ぼっち継続。友達の作り方なんてわからないし、それでいいと思っている。誰にも干渉されず、ただ息を潜めて、家に帰ってギターを弾ければそれで。


 * * *


「細川さん!」


 ……。

 唐突に、視界がチカチカするような明るい声が降ってきた。


「ねえ、細川さんってば!」


 私なんかに何の用だろう。机の木目から嫌々ながら視線を上げると、そこには目を細めたくなるほど眩しい存在が立っていた。


 才川奏さいかわ かなで

 クラスの中心。太陽みたいな笑顔を振りまいて、常にやたらと人に囲まれている、私とは正反対のキラキラした存在。


「最初の自己紹介でさ、音楽好きって言ってたよね?」


「……うん」


「どんなのが好き? ロック? ポップス? どんなバンドに興味あるの? ――ていうかさ、私と一緒にバンド組もうよ!」


 早い。

 距離が近すぎる。


 なんでそんなに前のめりなの?


 才川さんが私の机に身を乗り出した瞬間、周囲の視線が、じわっとこちらに集中するのがわかった。


 監視の目だ。

 ――なんで才川があんな地味な子と。

 ――細川さんって何者?


 言葉にされない疑問が、教室の空気をチクチクと刺してくる。

 私のような陰キャが、クラスの人気者と親しくしてはいけない。私たちは対等じゃないのだ。勘違いして親しく喋ったりすれば、きっと後で面倒なことになる。


「……あの、バンドは……無理です」


「えー! もったいない! 細川さん、絶対バンド似合うよ! あ、楽器が弾けなくても大丈夫。ボーカルをやってもらうからさ!」


 ……いやいや、余計無理でしょ。


 こんなコミュ障の陰キャに人前で歌えなんて、拷問以外の何物でもない。

 ひょっとして、高度ないじめ?


(こんなことになるなら、自己紹介のとき、無難に読書が好きって言っておけばよかった)


 激しく後悔した。

 まさか、一軍の陽キャに直接絡まれる事故が起きるなんて。


 どうせこういう人は、文化祭のステージでキャッキャしたいだけのエンジョイ勢だ。お揃いの衣装を着て、ギターを持って可愛い写真を撮って、SNSに上げて「最高のメンバー!」とかタグ付けして満足するタイプ。


 真剣に音楽と向き合っている私とは、住む世界が違う。


「ねえ、私の演奏、とりあえず一回見てくれない?」


「……え?」


 有無を言わさず差し出されたスマホ。

 画面には動画のURLが表示されている。


「私がギター弾いてるの。率直な感想ほしいなーって!」


 ああ。

 なるほど。


(自分の再生数稼ぎがしたかったのか……)


 フォロワー自慢とか、承認欲求を満たすための道具にされたというわけだ。


 これ以上付き合わされるのはごめんだった。

 私は逃げるように曖昧に頷く。


「……時間があれば」


「ほんと!? やった!」


 ぱっと花が咲いたみたいに、才川さんは笑った。

 ……なんでそんなに嬉しそうなの。


「じゃあまた明日ね、細川さん! 絶対見てよ!」


 嵐のように去っていく背中。

 残された私は、ざわつく周囲の視線から逃げるようにカバンを掴んだ。


 やめて。

 放っておいて。


 私はただ、静かに生きたいだけなのに。


 * * *


 自室。

 ドアを閉め、制服のままベッドに腰を下ろす。傍らには、小学生の頃からずっと触れてきた愛用のギターケースがある。


 私はため息をつきながら、さっき送られてきたURLを開いた。


 どうせ、可愛い顔と流行りの曲で釣っているだけの、中身のない弾いてみた動画。

 そう高を括りながら、再生ボタンをタップする。


 画面に映し出されたのは、ギターの手元のアップだけだった。


(あれ?)


 顔は映っていない。


 直後、スマホの小さなスピーカーから、アンプ特有の重い歪み音が漏れる。

 カウントもなく、いきなり始まった分厚いリフ。


 ――瞬間。

 私は、呼吸の仕方を忘れた。


(……は?)


 速い。


 尋常じゃなく速い。

 なのに、一音たりとも荒れていない。


 右手のピッキングには一切の無駄がない。ダウンとアップの角度が恐ろしいほど一定で、音の粒立ちが完璧に揃っている。


 左手の運指。

 ポジション移動が滑らかすぎて、まるで指が指板の上を滑っているように見える。スライドのノイズ処理まで、計算し尽くされたように完璧だ。


 タッピング。

 速弾きの中で突如組み込まれたそれも、音が全く潰れていない。ハンマリングもプリングも、一つ一つの音に強烈な芯がある。


(嘘、でしょ……)


 フレーズがさらに加速する。


 でも、走らない。

 リズムが、ドラムやベースがなくてもそれ単体で強烈に自立している。


 音が前に出る。

 深く歪んでいるのに、音の輪郭が少しもぼやけない。


(このトーンコントロール……右手の位置、ブリッジ寄りで完全に固定してる? ピッキングの深さもミリ単位で一定……。なにこれ。――プロ?)


 最後の速弾き。

 流れるような六連符が、きれいに転がり落ちる。


 雑味ゼロ。

 機械のように正確で、悪魔のように熱い演奏。


 動画が終わる。


 無音。

 私はスマホを持ったまま、しばらく身動き一つできなかった。


 部屋の空気が、まだその音の残響でビリビリと震えているような錯覚。


(……なんなのよ。この人)


 怪物だ。


 文化祭のエンジョイ勢なんてとんでもない。

 プロの現場でも即座に通用するレベルの、本物のバケモノ。


 完全に、私の想定外。


 私は無意識のうちに、自分のギターをケースから引っ張り出していた。

 生音のまま、さっきの動画と同じフレーズをなぞる。


 弾けないわけじゃない。

 指は動く。


 でも。

 音の密度が、説得力が、絶望的なまでに違う。


 私は、弦を押さえて赤くなった自分の指先を見つめた。


 ――悔しい。

 胸の奥が、焼け焦げそうなほど熱い。


(負けたくない)


 彼女の実力は本物だ。


 なら、隣に立つ。

 あの陽キャの隣に立って、全部、盗んでやる。


 技術も、癖も、呼吸のタイミングも。

 上達するためには、自分より圧倒的に上手い人間の側にいるのが一番早い。


 弾けるような熱い感情と共に、目標ができた。

 ……でも。


(なんで、私なんかを誘ったんだろ)


 クラスには、もっと明るくて、音楽が好きで、話しやすい人がいくらでもいるだろう。才川さんに相応しい相手なんて山ほどいる。


 一緒にバンドをやるなら、私みたいな無表情で、クラスで声も小さくて、扱いづらい人間じゃなくていいはずなのに。


(そうか、軽音部の部員が足りないんだ。それで、大人しくて人の頼みを断れなさそうな私を誘った。楽器を弾くのはハードルが高いから、ボーカルでって……)


 ギターを抱えたまま、ベッドに仰向けに倒れ込む。


 誰でもいい――

 彼女にとって私は、数合わせの幽霊部員。


(なめられたものね。でも、悔しいけれど、あの人にはそれだけの実力がある)


 白い天井を見上げる。

 胸の奥が、激しくざわざわと波打っている。


 これは、新しい環境への不安じゃない。

 焦燥――そして、醜いほどの闘志だ。


「……絶対、勝つ」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 才川さんの隣で、あの技術を全部吸収する。


 そしていつか。

 あの無駄のない完璧な運指を、私が真正面から打ち砕いて超える。


 ――こうして。


 私の静かでボッチな二年生は、あっけなく終わった。

 才川奏という、眩しすぎる怪物に目をつけられたせいで。


 でも、いい。

 どんなに眩しくても、絶対に逃げない。


 隣に立ってやる。


 そう決めた、四月の夜だった。

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