第19話 社長、爆誕☆ ٩(。˃ ᵕ ˂ )وイェーィ♡
(才川奏の視点)
ステージの照明が、私を灼熱の主役へと変える。
アウトロ、ここが私の独壇場だ。
左手の指先がフレットの上を、まるで独立した生き物のように滑る。
オルタネイト・ピッキングで刻む超高速のパッセージ。自分で言うのもなんだけど、一音一音が潰れず、完璧な粒立ちでアンプから放たれている。
この速さ、この正確さ。
以前の私なら、どこか冷静な「計算」の元に弾いていた。
でも今は違う。
隣で歌っていた細川さんの、あの魂を削るような歌声の残響が、私の理性を吹き飛ばしている。
もっと。
もっと彼女の声に肉薄したい。
彼女の声を、私のギターで世界中に響かせたい!
直感が指を動かす。
スウィープからタッピングへ移行する、複雑極まりないフレーズ。指先が吸い付くようにフレットを捉え、完璧なハーモニクスが空間を裂く。
自分でも驚くほどの、人生最高のプレイだ。
最後のコードをかき鳴らす。
アンプからのハウリングが、歓声のスターター合図となった。
ドォッ! と。
ライブハウスの天井を突き破るような爆音が、客席から押し寄せる。
割れんばかりの拍手。絶叫。指笛。
最前列の客が、興奮で顔を真っ赤にして拳を突き上げている。
「ありがとうー!」
マイクに叫び、ギターを高く掲げる。
そして、ウィンクを一つ。
客席の狂熱を全身で浴びる。
この瞬間だ。
この瞬間のために、私はギターを弾いている。
萌と、井上さん、小清水さんと顔を見合わせ、最後に細川さんを見る。
彼女はマイクスタンドを握りしめたまま、微かに肩で息をしていた。視線は伏せられているけれど、その凛とした佇まいは、誰よりも「ロックスター」だった。
(最高……。本当に、最高だわ)
ステージを降り、薄暗く騒がしい通路を、機材の重みを感じながら歩く。
スタッフに挨拶を返し、すれ違う Crimson Riot のレイさんに「やるじゃない」とニヤリと笑いかけられた。
そして、控室の扉を開ける。
部屋に入り、ドアを閉めた瞬間。
そこは、演奏を終えたばかりの熱気と、機材の焦げたような匂い、それからメンバーたちの心地よい疲労感に包まれていた。
鏡に映る自分の顔を見る。
上気した頬、乱れた髪。
でも、瞳だけはこれ以上ないほど輝いているのが分かった。
(今のライブ……最高に「キテ」たわ!)
私の指先はまだ、弦の感触を覚えていて微かに震えている。
そして何より、隣で歌っていた細川さんのあの声。私のギターが彼女の声と絡み合うたびに、全身の細胞が沸き立つような感覚があった。
この快感を、この奇跡のような瞬間を、絶対に手放したくない。
その時、私の頭の中に雷が落ちたような衝撃が走った。
突拍子もない、けれど抗いようもなく魅力的な、輝くような「思い付き」が。
「――ねえ、みんな。私、会社を作ろうと思うの!」
自分でも驚くほど大きな声が出ていた。
* * *
控室の空気が一瞬で凍り付く。
着替えようとしていた萌が片袖を通したまま固まり、井上さんと小清水さんが目を丸くして私を見た。
そして、細川さんは――相変わらず、何を考えているのか読めない「無」の表情で、じっと私を見つめている。
「……かい、しゃ?」
萌が、ポカンと口を開けて聞き返した。
「そう、会社! 私たちのバンドをプロデュースするための、本物の株式会社よ。名前はそうね、『株式会社KANADE-ZAKURA』で決まり!」
一度口に出すと、もう止まらない。
私の直感が「これだ!」と叫んでいる。
だって、女社長ってなんだか響きがカッコいいじゃない。
制服の上にスーツを羽織って、バリバリと指示を出す私。
そんな姿を見せたら、あのクールな細川さんだって「才川さん、素敵……」って惚れ直してくれるかもしれない。
それに、ただの仲良しグループじゃなくて「会社お抱えのアーティスト」になれば、契約という強固な鎖……じゃなくて、絆で結ばれることになる。彼女をどこにも行かせないための、最高のステージが作れるはずだわ。
「……ちょっと待って才川さん。会社って、そんな簡単に……。資本金とか、登記とか、税金とか……」
冷静な井上さんが指を折りながら不安を口にする。
「大丈夫よ、そんなの! 今は資本金一円からでも作れるし、手続きなんてネットで調べればなんとかなるわ。大事なのは、私たちが『本気だ』っていう形を示すことなのよ!」
私は前のめりになって説得を続ける。
「今の時代、配信アグリゲーターを使えば自分たちで世界中に曲を流せるわ。そこで得た収益を会社で管理して、機材代や遠征費に回すの。私の動画チャンネルの広告収入だって、会社の宣伝費としてぶち込めばいいんだから。面白そうでしょ?」
「いいんじゃねーの。面白そーだし!」
萌が「ハハッ!」と笑いながら、真っ先に手を挙げた。
彼女はこういう「面白そうな波」に乗るのが本当に早い。
私の最高の戦友だ。
「初期投資もそれほどかからないなら、チャレンジしてみてもいいかもしれないわね……」
小清水さんも、井上さんと顔を見合わせながら、苦笑混じりに頷いてくれた。
最後に、私は一番の「ターゲット」に向き直った。
細川さんは、相変わらず黙ったまま。
その深い瞳が私を射抜く。
(……まずい、私の下心を見抜かれてるかしら。それとも、子供の遊びだって呆れられてる?)
私の背中に、少しだけ冷や汗が流れる。
私にとって、彼女の沈黙だけが予測不能な要素だった。
「……理由を、お聞きしても?」
細川さんの、低くて静かな声が響く。
私は胸を張った。
ここで小難しい理屈を並べても、彼女には響かない。
私の直感が、一番「らしい」答えを選び取る。
「私は形から入るタイプだからよ! KANADE-ZAKURAは最強のバンドなんだから、絶対にうまくいくわ!!」
一瞬、細川さんの目元が微かに動いたように見えた。
彼女は小さくため息をつき、それから……ほんの少しだけ、口角を上げた(気がした)。
「わかりました。いいでしょう。才川さんがそう言うのなら……、リーダーの方針に従います」
(やった……!)
心の中でガッツポーズ。
彼女の「いいでしょう」を勝ち取った瞬間の高揚感は、ライブの成功にも勝るものだった。
「決まりね! じゃあ、明日から早速定款作りよ! 代表取締役社長、才川奏。所属アーティスト、細川桜。私たちの伝説を、ビジネスの場でも始めましょう!」
こうして、私の思い付きから『株式会社KANADE-ZAKURA』が誕生した。
専門用語も、経営のイロハも、これから学べばいい。
だって私の直感は、もうこの会社が成功する未来を、そしてその中心で細川さんが歌い続ける未来を、はっきりと捉えていたのだから。




