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ガールズバンド【KANADE-ZAKURA】 ~最強バンドのメンバーに、何故か紛れ込んでいる私~  作者: 猫野 にくきゅう


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第12話 ポエムの深淵と恋のメロディ

 季節は六月に入った。


 窓の外は朝から鉛色の雲に覆われ、シトシトと陰鬱な雨を降らせている。

 ただでさえ湿度の高いこの季節は、私の心にまでじっとりとカビを生やしてしまいそうだ。


 呼吸をするたびに、生温かい空気が肺にまとわりついてくるような気がする。


 正式に五人でバンド『KANADE-ZAKURA』を結成した私たちは、既存の曲のコピーだけでなく、オリジナル曲の製作に取り組むことになった。


 作曲は、音楽的素養の深い凛ちゃんと小清水さんが担当することになった。

 そして作詞は、私と才川さんが一つずつ書き下ろすという分担だ。


 なぜ私が作詞なんて大役を任されることになったのか。

 それは、才川さんが「歌詞は私がやるね。それと、細川さんにも書いてほしいの。二人の方が幅が広がるでしょ」と、満面の笑みで提案したからだ。


 凛ちゃんも金剛寺さんも、その意見にすぐ賛同した。


 ――だが、それは致命的な判断ミスだった。


 彼女たちは知らない。

 私の精神世界が、底なしの暗黒でできていることを。


『水槽の底で腐敗を待つだけの魚』

『光は私を避けて屈折し、沈黙だけが私の依り代となる』

『群れを成す無個性な羊たちへ、誰にも届かないノイズを吐き出せ』


 ……これが、昨夜私がノートに書き連ねた「歌詞」の断片。


 自分で読み返しても、胃酸が逆流しそうになるほどドロドロに暗い。

 私の作る詩には、とにかく自分の寂しさや孤独、そして理不尽な世界への不満や達観といった、思春期特有の呪詛があふれ出てしまうのだ。


 これはもはや歌詞ではなく、劇薬か汚物である。絶対に、人に、とりわけキラキラした陽キャの才川さんにお見せできるような代物ではない。


 * * *


 お昼休み。

 いつものように、私が自分の席で小さくなってお弁当箱の蓋を開けようとしていると、才川さんと金剛寺さんが連れ立ってやってきた。


「細川さん! 一緒にお昼食べましょ」

「今後のスケジュールの打ち合わせも兼ねてな」


 カースト頂点の二人が、最底辺の私の席に当然のように椅子を寄せてくる。


 教室中のクラスメイトたちからの、「なぜ細川のところに才川さんと金剛寺さんが?」という訝しげな視線が、物理的な針となって私の背中に突き刺さる。


 相変わらず居心地が悪い。

 私は無言で小さく頷き、卵焼きをつついた。


「ねえ、細川さん。作詞は進んでる?」


 不意に、才川さんが笑顔で踏み込んできた。


 私は心臓をぎゅっと掴まれたような気分になり、箸を止める。

 まるで返済を迫られる債務者みたいに――。


「え、えっと……うん……」


 視線を泳がせながら、消え入りそうな声で答える。


「本当!? へー、見せて見せて!」


 才川さんが目を輝かせて身を乗り出してくる。

 彼女の放つ圧倒的な陽のオーラが、私の陰気なポエムを焼き尽くそうとしている。


 私は慌てて、鞄の中の“呪いのノート”を守るように両手で抱え込み、激しく首を横に振った。


「……まだ、未完成」


「えー、少しだけでもいいのに。でも、そっか、完成したら絶対に見せてね!」


 才川さんは心底残念そうに唇を尖らせた。


(……見せられるわけがない)


 私の脳内では、すでに最悪のシミュレーション映画が上映を開始していた。

 もし、この暗黒ポエムを才川さんが読んだらどうなるか。


 * * *


 彼女はワクワクしながらノートを開く。

 しかし、数秒後にはその眩しい笑顔がスッと消え去り、ゴミを見るような冷ややかな目で私を見下ろすのだ。


『……何ですか、これ?』 


 笑顔で圧を加えてくる才川さん。


『呪いの儀式? 読んでもちっとも楽しくないわ』

『この歌詞じゃ根暗すぎて、バンドのイメージに合わねーよ』


 金剛寺さんも加勢し、そのまま私は歌詞担当をクビになる。


 * * *


 ああっ、作詞なんて引き受けなければよかった。私は自分の首を絞めるような選択をしたことを、今更ながら激しく後悔した。


 私が一人で内心のパニックに陥り、言い訳を必死に考えていると、向かいの席に座った金剛寺さんが、唐揚げを頬張りながら才川さんに話を振った。


「そういう奏はどうなんだよ。進んでいるのか?」


「もちろん! ばっちりよ」


 才川さんは、私の陰鬱さとは対極にある、自信に満ち溢れた顔で胸を張った。

 そして、可愛らしいピンク色のバインダーを取り出し、金剛寺さんにスッと差し出した。


「ふーん。どんな感じになった?」


 金剛寺さんはバインダーを受け取り、書かれた文字に目を通す。

 その視線が文字を追うにつれて、彼女の眉がピクリと動いた。


「……ほう。なんというか……だいぶ情念がこもってるっていうか、重、いや……結構いいじゃないか。情景がはっきりと浮かぶし、言葉の選び方に熱がある。曲に乗せやすそうだ」


 金剛寺さんは、実務的なプロデューサー目線で感心したように頷いた。


「えっへへー、でしょ? 私が作ったのはね。片想いしている相手を思って作った歌――情熱的な恋愛ソングよ!」


 ……えっ?

 私は、思わず持っていた箸を落としそうになった。


 才川さん、片想い中なのか……。


 私の頭の中で、その情報がぐるぐると渦を巻いた。

 あの、容姿端麗でギターの天才で、誰にでも優しくてクラスの中心にいる完璧超人の才川さんに、思いを寄せる相手がいる?


 一体、どんな人なんだろう。


 他校のイケメンバンドマンだろうか。

 それとも、雑誌のモデル? 

 いや、もしかしたら年上のプロミュージシャンかもしれない。


 とにかく、私のような日陰の苔には想像もつかないような、キラキラした王子様に違いない。私は好きな人なんて一度もできたことがないけれど、才川さんだって高校生なんだもの、恋くらいするよね。


「ああ、早くこの歌を、細川さんに歌ってほしいわ! 私のあふれる気持ちを、細川さんの声で、細川さんの息遣いで、世界中に響かせてほしいの!」


 才川さんは、なぜか私の方をじっと熱を帯びた瞳で見つめながら、両手を組んでうっとりと微笑んだ。


「……」


 ……そう。

 私はバンドのボーカルを担当することになったのだ。


 ギター兼ボーカル。

 本当は、目立たない場所でギター一本でひっそりとやっていきたかった。


 けれど、リモートで五人が揃ったあの痛恨のミーティングで、私の上の空の頷きが致命傷となり、皆が「ボーカルは細川さん」と決定済みのように話を進めてしまった。なし崩し的に、私はバンドの「顔」に祭り上げられてしまったのだ。


(恋愛ソングを、私が、歌うのかぁ……)


 改めて突きつけられた現実に、私は絶望的な気分になった。


 才川さんの熱烈な「片想いのポエム」を、恋の「こ」の字も知らない、手を繋いだことすらない私が、どうやって感情を込めて歌えばいいのだろうか。


 そもそも、片想いってどんな気持ちなんだろう。私の知っている感情といえば、「この場から消え去りたい」か「明日の体育休みたいな」くらいしかないのに。


 私が「暗黒ポエムの隠蔽」と「恋愛ソングの重圧」という二重の苦しみに板挟みになり、胃を痛めていることなど露知らず、才川さんと金剛寺さんは「キーはこれくらいがいい」「テンポはアップテンポでいこう」と楽しそうに音楽談義に花を咲かせている。


 恋をしたことのない自分が、天才美少女の渾身のラブソングを上手く歌えるか激しく心配になった。


 けれど、ボーカルを引き受けてしまった以上、逃げ出すことはできない。


 やるしかないのだ。

 追放されないために。


 キーンコーン、カーンコーン!


 話をしているうちに、お昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが、無機質に校舎に鳴り響いた。


 それはまるで、私を現実という名の処刑台へと引き戻す合図のように、どこまでも重苦しく耳の奥にこびりついた。

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