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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
カピバ・セナ海編
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29/33

(27)戦場.2

 騒然として道を空ける乗務員たちを置き去りに、トモエは通路を疾風のように駆け抜けながら背後を振り向く。背後からはラルレインが怪獣のような豪快な足音を響かせながら、凄まじい速度で迫って来ている。

「待てえぇぇぇ!!待つんだ泥棒おぉぉぉぉ!!」

ラルレインは馬鹿みたいな大声を撒き散らしながら鬼気迫る形相でトモエの姿を真っ直ぐに捉える。

「待てって言って待つ泥棒がどこにいるんだよ!!」

「確かに、それもそうだな……」

ラルレインは急に減速して考え始める。

「――では、待たなくていい!!俺が必ず捕まえるから、貴様は精一杯に逃げるんだ!!」

「アンタに言われなくても勝手に逃げるしっ!!」

トモエは一瞬振り返ってラルレインの馬鹿真面目な顔を見てから、すぐに前を向き直す。

「(――何とかラルレインだけは引き付けられたけど、あの眼帯女は追って来てなさそうか。……リオの奴、大丈夫かなぁ?リオの身の安全は大丈夫だろうけど、人質とかにされたら厄介だしなぁ。まぁでも、あの馬鹿騎士は引き付けられた。一対二なんて絶対無理だし、あの氷属性の眼帯女が合流する前にアイツだけは片付けておかないと詰む……!)」

その時、ラルレインの大きな手がトモエに迫る。

「やばッ……!」

トモエは咄嗟に前方に発砲、弾丸と置換し、ラルレインの手から寸での所で離脱。再びラルレインと距離を取る。

「(あっぶねぇ……。てか、あいつ足速すぎ!私、結構足自信あったのに、マジで機関車に追われてる気分なんですけどッ……!あぁもう!ドレスは走りづらいし……!)」

トモエは足を回しながら再度振り向く。ラルレインは尚も馬鹿正直に真っ直ぐトモエを見据えて追いかけてきている。その確固たる様にトモエは口角を引き攣らせる。

「(――なにあの迫力、怖すぎでしょ?……このままじゃ文字通り弾切れになっちゃうな。早くしないと――!)」

トモエは前を向き、通路を左に曲がる。

 すると、その通路から直線距離で凡そ50メートルの地点に大きく口を開いた両開きの鉄扉が姿を現した。

「(よしッ、あった……!!)」

その鉄扉を目掛けて弾丸を発射し、鉄扉の前まで一瞬で移動すると、トモエは扉の中に駆け込む。鉄扉の上には、物資搬入場のプレートが掲げられていた。


 物資搬入場――。そこは物資に混じって不法侵入したトモエとリオネットが初めに出た場所であった。トモエはその部屋に駆け込むと、中で作業をしていた乗組員を残らず置換で部屋から追い出し、扉の傍にある操作盤を押して鉄扉を閉じる指示を出す。鉄扉は赤いサイレンとけたたましい警報音を放ってゆっくりと閉まり始める。

 あと少しで閉まりきるという時、ラルレインの足音が迫り来る。だが、ラルレインの距離と扉の閉まり具合を鑑みれば、ラルレインの巨体が扉の狭い隙間を通り抜ける事はまず不可能だった。鉄扉はラルレインの到着を待たずしてその口を固く閉ざす。だが――。

「そんな障害など無意味ッ!」

だがラルレインは鉄扉を突進で軽く破壊、突破すると、ラルレインの身体の形に拉げた鉄扉だったものをその辺に払い除け、それから周囲を見渡した。

「何処だッ!?」

 薄暗い室内。ラルレインの声が高い天井に反射し遅れて響く。ラルレインの背丈よりもずっと高い大きな木箱が整然と並び、視認性は相当に悪い。ラルレインはトモエの姿が見当たらない中をゆっくりと歩み進む。鉄板を貼り合わせた床にラルレインの地響きのような足音が響く。それ以外は聞こえない。部屋の縁には棚が並び、棚には小さな木箱が所狭しと並ぶ。見上げると、剥き出しの鉄骨と、左右から張り出した二階層を繋ぐ鉄橋が広い空間を横切っている。ラルレインは注意深く歩み進むが、ある瞬間にピタリと足を止め、一点に視線を集中させる。

 鉄橋の上、落下防止の柵にもたれ掛かるトモエの姿がラルレインの視界に映る。トモエはラルレインを見下ろし軽快に手を振った。

「やっほ~。……お待たせ」

「漸く相見える気になったか?」

ラルレインは鞘から大剣を引き抜き、トモエにその切っ先を向ける。

「私は初めからそのつもりだったけど?」

トモエは不敵に微笑み、手に持ったピストルの安全装置を外す。

「――では、尋常に勝負ッ!!」

ラルレインは床を強烈に蹴り、2メートル半はある木箱の上まで跳躍。更に木箱を蹴って二階層のトモエに迫る。振りかぶられる大剣、迫る刃、しかしトモエは余裕げに微笑み、微動だにしない。

 次の瞬間、トモエは忽然と消す。大刃は鉄柵ギリギリの空間を断ち切るように強烈に薙ぎ払らわれる。鉄橋の上にはコイン一枚だけが取り残されるが、ラルレインは想定済みと言わんばかりに眉一つ動かさずに、鉄橋の柵にぶら下がって高い位置から周囲を見渡す。トモエの姿は入り口付近にあり、その手は操作盤横のレバーに伸びていた。

「――電源オンっと」

トモエはレバーを押し上げる。すると、部屋の天井に備え付けられた電気が手前から順に光り始めた。急な光にラルレインも堪らずに目を閉じる。その瞬間、トモエは鉄橋に取り残されたコインと置換し再び鉄橋の上に出現。ラルレインはそれを気配で感じ取り、柵から手を放して一階層に落下した。落下地点の木箱は豪快に破壊され、粉塵が激しく辺りに舞った。

「わぉ、マジか、大丈夫?」

トモエが慌てて鉄橋から下を見下ろしたその時、粉塵の中から煌めく大刃が現れる。大刃は粉塵の煙幕を切り裂き、その奥からラルレインの馬鹿真面目で鬼気迫る顔が浮かび上がった。

「俺は無傷だあぁぁぁぁ!!」

「バケモンかよッ……!!」

トモエは咄嗟に置換で消え、大剣の刃は鉄橋を真っ二つに叩き斬った。鉄橋は轟音を立てて根元から折れ、一階層に落ちる。それと同時にラルレインも一階層に着地。振り向くと、電源レバーの前で苦い顔をするトモエを見据える。

「アンタ、やっぱヤバい。どうなってんのマジで?」

「どう……?――俺は今日も生きている!」

「はい……?なに言ってんの……?」

「……、間違えたか?」

「……」

「……ん?」

「……まぁいいや。ていうかさ、アンタ警察みたいのじゃないの?船壊して大丈夫?」

ラルレインは暫く黙り込んだ。

「大丈夫じゃない。――どうしよう?」

「私に聞かないでよ」

ラルレインは振り返り、被害状況をその目に映す。

「壊してしまった。どうすればいい。直せるか?」

「いや、無理でしょ」

「このままだと怒られてしまう……」

「怒られるだけで済めばいいけどね~」

「――はッ!!」

トモエの然り気無く、かつ意地悪な一言にラルレインの目は見開かれる。

「そうか、怒られる以上の展開も……。――そうだ。貴様を捕まえたら、それで許してはもらえないだろうか?」

「え?それ私に聞く?――まぁ、多少マシにはなるんじゃないの?知らないけど……」

「そうか。分かった。俺は貴様を必ず捕まえよう!」

ラルレインは構えを改めてトモエに向けた。

「やっぱ何か調子狂うんだよなぁ……」

トモエは釈然としない表情で首に手を当てたあと、ピストルを発砲、弾丸はラルレインから見て巨大木箱の陰に消える。それとほぼ同時にトモエの姿も視界から消える。気付くとラルレインは、四方八方を多くの木箱に囲まれたその只中に身を置いていた。背後には崩れた鉄橋。ラルレインは集中力を極限まで高め、構えを維持したままその場に留まる。木箱の陰からは駆け足の音が聞こえる。音はラルレインの視界に入らないように木箱の陰を縫って絶えずあちこち動き回る。時々トモエの姿が木箱の隙間から一瞬だけ覗く。ラルレインはその度トモエと視線をぶつける。ラルレインは視界には入らなくともトモエの現在地と位置関係を正確に把握していた。

「アンタさぁ、なんで私はわざわざアンタと追いかけっこしたと思う!?」

どこからともなくトモエの声が響いて聞こえる。

「貴様が逃げるからだ!!」

「そういう事じゃなくて――!!」

「では、どういう意味だ!?」

「人の話は最後まで聞けッ!!――私なら、アンタとわざわざ追いかけっこなんてしなくても、遥か遠くの土地に瞬間移動することだって出来るんだよ?」

「確かに、そうだな……。――何故だ!?」

「それはアンタを正面から倒す為だよ。この前はリオを逃がす為に真正面から戦うことを避けたけど、今回は逆に真正面から戦って勝つしか道がない。それでアンタをここまで誘導した。分かる?アンタは私に誘き寄せられたんだよ?」

その時、突如電気が再び消える。トモエが電源レバーを下ろしたのだ。不意に周囲を闇が包む。視覚は使い物にならなくなる。

「誘き寄せられた、だと……?」

「そうだよ」

足音がラルレインを包囲する。一定の感覚で鳴り続ける足音は、時々場所が突如として変わる。右前方に聞こえたと思えば、左後方に急に聞こえ、そしてまた右後方――。ラルレインは瞼を閉じ、深呼吸をして聴覚を研ぎ澄ます。音の波。音の波動。揺れる空気。流れる気。ラルレインに動揺は一切見えない。その時、ラルレインの足下からノイズが聞こえる。左前方より金属同士の摩擦音。目を開けると、そこには僅かな明かりを反射するコインが転がってきていた。ラルレインは切っ先でコインを弾き飛ばす。だが次は背後右側、更に前方左手側、更に続いて四方八方より同じ音が同時多発的に聞こえ、躙り寄ってくる。

「……さてさて、私はどこから現れるでしょう?」

トモエの自信満々の声が妖しく木霊する。視覚はまだ満足に闇を映せない。ラルレインは再度瞼を閉じる。耳に神経を集中させる。音の波を感じる。足音、トモエの足音、今は背中側少し右。コインの音、コインが床を転がる音、全部で七つ、位置は――。ラルレインは音から多数のコインの位置を感じ取り、周囲を薙ぎ払うような無駄のない一太刀で八方より躙り寄るコインを残らず全て弾き飛ばす。

 ――その時だった。ラルレインの鋭敏な感覚器官は足下ではなく、頭上の僅かなノイズを感じ取った。ラルレインは咄嗟に目を開け、頭上を見上げる。まだ暗闇に慣れないながら、ラルレインは空を切って進むカードの姿を確かに捉えた。

「(カード……?)」

カードはラルレインの頭上を真っ直ぐに横切る。そして次の瞬間、カードはトモエと入れ替わり、したり顔で見下ろすトモエと、トモエを地上で見上げるラルレインの視線は通ずる。

「(しまったッ……!!)」

「(誰も手札がコインだけなんて言ってないんだな~)」

ラルレインは周囲を一遍に薙ぎ払った反動でまだ動けない。そしてそれはトモエも理解していた。

「チェックメイトっ!!」

遂にトモエがラルレインに触れる。……その直前、トモエの手は冷たい感触に阻まれる。冷たくて、固くて、ツルツルとする感触。氷だ。トモエとラルレインの間に氷の防壁が現れたのだ。

「氷……!?」

トモエは氷の壁に着地すると、咄嗟に蹴って壁から離れる。だが次の瞬間、氷の壁は一瞬で解けて消え、そして冷たかった空気は一瞬で温度を上昇させると、周囲に爆発的な空気の圧を生じさせる。自らの蹴りによって空中に投げ出されたトモエは、空気の圧に為す術もなく吹き飛ばされる。

「痛ってぇ……。なんだ今の爆破……!?」

床を転がりきってから出入り口の方に顔を上げると、そこには右手の手袋を外したマヨイの姿があった。マヨイは冷え切った澄まし顔のまま、焦る様子もなくゆったりと歩み寄ってくる。

「何が起こったか判らない、という様子ですね。お教えして差し上げましょうか?冷やした空気を急激に熱する事で空気の体積が爆発的に増え、強力な気圧波を発生させる。所謂、熱膨張という現象です」

マヨイは冷たい碧い瞳で、這いつくばうトモエの姿を見下ろす。

「来やがったな眼帯野郎……!!」

トモエも負けじと挑発的にマヨイを睨み返す。

「(――ってことはコイツ、氷属性だけじゃないってことかよ……。そんなの反則だろ……!)」

しかしその表情には確かに危機感が滲む。

「――おい、あのクソガキはどうした!?」

「船内の一室に閉じ込めてあります」

「物騒なこと言う割には随分とお優しい対応なんだな!」

「言ったでしょう。我々は決して争いを望んではいない。貴方が反抗するからいけないんですよ」

「反抗?当然の権利だろ!?」

「それも事前に言った筈です。我々に楯突くバイオレーターに人権は無いと――」

マヨイは右手をトモエに掲げる。トモエは咄嗟に立ち上がり逃げ出そうと地面を蹴るが、その前に氷の足枷がトモエの足を捕縛する。自力での逃げ筋を失ったトモエに、マヨイは凍て付くような視線を向ける。

「一応、最後にもう一度だけ選択のチャンスを与えます。我々に与しなさい。あの子供は大人しく従いましたよ。貴方はどうしますか?」

トモエは口角一杯に微笑で魅せた。

「嘘吐けよ!あの陰気臭くて意地っ張りなクソガキが、そんなお利口な真似するワケがないね!!息するみたいに嘘吐きやがって、けど相手が悪かったな眼帯野郎ッ!!」

しかし、マヨイの表情は寸分も綻ぶことはなかった。

「そうですか。飽くまで我らに従うつもりは無いと……。了解しました……」

マヨイの視線は何処までも冷たく、そして恐ろしく鋭かった。

「では残念ですが、大人しくお眠り下さい――」

――辺り一帯を、巨大な氷塊が覆い尽くした。

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