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運命のバイオレーター  作者: タクモ蕣
カピバ・セナ海編
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24/26

(24)船上.2

 僕は玄関前の壁に備え付けられた大きな姿鏡の前に立つ。部屋の背景が映る鏡の中に、ちっぽけな僕が居る。あの、六つか七つの子供の服を、過不足なくぴったり着られてしまっている僕が居る。鏡に映る現実に、僕は内心かなり打ち拉がれていた。

「おー、リオ似合うじゃん!」

鏡の枠からトモエさんの顔が現れる。僕は鏡に映ったトモエさんの顔を見つめる。

「本当ですか……?」

「うん。いいよ、可愛い。蝶ネクタイも似合ってるし、やっぱり半ズボンなのが得点高いね~」

トモエさんは何故だか上機嫌に褒めてくれた。……得点とは?

「それでだよ、リオ少年。私は如何かな?」

トモエさんは冗談っぽくそう言うと、僕の隣に並んで姿鏡に全身を映した。

「どう?似合ってる?」

赤いドレス。煌びやかな赤一色のドレス。ストンと垂れるスカートは、両サイドに太腿が見え隠れする際どい隙間が切り込まれ、ボディラインが際立つシンプルな腰回り、胸元から首周りまでは細やかな刺繍が施されたシースルー素材が使用され、その奥に透けて見える素肌に目線は自然と表情に誘われる。いつもは下ろしている黒髪もドレスに合わせて高い位置で結われ、小さなお団子が出来上がっていた。トモエさんには少し大人っぽ過ぎる気はするが、似合っていないと言えば嘘になるだろう。

 兎も角僕はそっと目を逸らした。

「えっと、その、素敵だと思いますよ、はい……」

「なにそれ〜。仕方なく、みたいなさぁ~」

「いや、そんなつもりは……」

僕は徹底して目を伏せ続ける。何故だろうか、自分でも分からないけど、あまり見てはいけないような気がしてならないのだ。

「でも見て、コレ。背中」

そう言うとトモエさんは翻る。ドレスの背中が鏡に映る。そのドレスは、背中が大きく開いるデザインだった。肩甲骨辺りなんて殆ど丸見えではないか。

「凄くない?コレ?」

「ほ、本当ですね……」

「こういうのってさぁ、ブラは外して着るもんなのかなぁ?でも外さないと見えちゃうし、どうするのが正解なんだろうね~?こんな高そうな服なんて私着たことないから分かんなくって。って、リオに聞いても仕方ない話だけどね~」

「えっ?ぶら…ですか……?」

「知らない?おっぱいを支えるやつだよ」

「――それは、僕だって、知ってますけど……」

僕は鏡から目を逸らす。するとトモエさんは僕の背後に回り込み、僕の両肩に手を置いた。

「けど、何よ?リオくんは一体ナニが言いたいのかなぁ~?」

耳元にトモエさんの息遣いが迫る。この振る舞い、声色、例の嫌な笑顔が目に浮かぶ。

「もしかしてぇ、今、トモエお姉ちゃんは――、とか、思っちゃってるの……?」

人を小馬鹿にするような口調が僕の図星を串刺しにする。僕はもう蛇に睨まれた蛙だ。

「……いえ別に」

僕は自身の尊厳の為に偽りを述べる。だが、こんな見え透いた嘘などで逃がしてくれるほど背後の悪魔は甘くはなかった。

「ホントかなぁ?」

「……」

その一言は宛ら詰めの一手であった。僕は何も言えずに黙り込む。ここでの沈黙はそのまま黙認を意味するが、ただ尚も嘘を吐き続けるには、その指摘はあまりに確信を得すぎていた。何も言えない。すると、耳元からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「もう、リオったら、お姉さんに興味津々なんだから~!」

鏡に映るトモエさんの笑顔と来たら、それはもう心底楽しそうな素晴らしい笑顔をしていた。本当にこの人は、人を困らせて何でこんなにも楽しそうなのか?僕は溜め息を吐く。

「……僕だってもう九歳なんですよ?それなのにトモエさん無防備すぎるし、意地悪ばっかりするし――」

「だってリオが可愛いんだもん。リオがいちいち可愛い反応するから、私は思わず虐めたくなっちゃうんだよ?」

「……」

僕は表情に目一杯の不満を込めて、鏡越しだが、やっとトモエさんと向き合う。トモエさんの顔はニタリと微笑み、何も言わず僕の頭を撫でてから、出入り口の方に歩き始め、鏡の世界から居なくなる。僕は鏡から、ドアノブを掴むリアルなトモエさんに視線を移すと、トモエさんは僕の方に手を差し伸べた。

「さぁ、早く行こっ!」

ズルい人だと、僕はそう思う。

「はい」

僕はトモエさんの手を掴み、トモエさんが開けたドアを潜った。



 変装した僕たちは、満を持して船内を堂々と歩き回り、そしてデッキに上がった。だだっ広いデッキには人は疎らで、自由に吹き抜ける潮風に、トモエさんのドレスの裾はハタハタと揺さ振られていた。

「トモエさんは、あまり変装の意味がありませんでしたね」

「美人が際立っちゃうもんね~」

「そうではなくて……」

僕は兎も角、トモエさんは変装後も一向に人目を引いていた。

「その目立つ黒髪を隠さないと、変装をした所であまり意味がないという意味です」

「そう言えば、この世界だと黒髪は珍しいんだっけ?」

「珍しいと言うか、あまり聞いたことがありません」

「マジかぁ~。私の世界だと、普通に沢山いるんだけどなぁ、黒髪」

「……それ、本当ですか……?」

「ホントだってば――!」

僕らはデッキの縁まで移動し、落下防止の柵の前まで来る。そこからの景色は青一色で、陸地は遠くに霞み、ウミネコの間の抜けた鳴き声があちこちから聞こえてくる。僕は海の只中を彷徨うかのようなその光景に若干の恐怖を感じる。

「――私からしてみれば、この世界の人達の方が変だなって思うんだけどなぁ。リオの黄緑の髪も、他にも灰色とか、水色とか、ピンクとか、紫の人もいたよね?」

「そうですね」

「結構まだ慣れないんだよな~。オジさんオバさんまで奇抜な髪色してるじゃない?」

「まぁ、そうなりますかね……?」

奇抜って、みんな黒髪の世界の方が奇抜な気がするのだが……。

「トモエさんの世界は全員黒髪なんですか?」

「いや、他にもいるよ。黒髪、金髪、あと茶色っぽい人もいるし、私は見たことないけど赤っぽい人もいるらしいし、まぁ大体そんなんじゃない?他にもいるかもしれないけど」

「へぇー、凄い世界ですね」

「そんなことないよ。変なのはコッチ」

「いやいや、そんな事は――」

「んー。まぁ、世界が違うんだから比べても仕方ないか。でも、私はリオの黄緑の髪、好きだよ。リオは?私の黒い髪どう思う?好き?」

急にそんなこと真っ直ぐ聞いてくるもんだから、僕は慌てて大海原で視界を満たした。

「……まぁ、その、素敵だと……」

「だよね~」

トモエさんは少しの引っ掛かりもなくそう言った。その自信はどこから湧いてくるのか?まぁ、実際素敵だとは思うけど……。

「関係ないよね、結局見た目なんて」

トモエさんは急にそう話を切り出した。

「確かに知らない髪の色や肌の色は、初めは怖いかもしれないし、変に思うかもしれないけど、その内側を知れば、そんなの只の付随物になるんだよ。その人柄を知れば、ね?」

肌の色……?なんでトモエさんは、急にそんなことを持ち出したんだろうか?

「リオも、ちゃんと人柄を見れる人になってね。見た目とか、肩書きとか、立場とか、そんなのに視界を霞ませたらダメだよ」

そう言うトモエさんの声色はやけに落ち着いていて、僕は吸い寄せられるようにトモエさんの顔を見上げると、トモエさんの横顔は地平線の彼方を見つめていて、僕はその地平の先に何があるのか、トモエさんの真似をして遠くを眺めてみた。

「――分かりました」

「うん。いい子」

トモエさんの手が僕の頭を撫でる。僕はそれだけで嬉しくなって、トモエさんの顔を再び見上げると、トモエさんは何処か寂しそうな顔をしていた。

「トモエさん……?」

「ん?どしたぁ?」

だけどその表情は、僕が触れようとすると途端に彼方に消えてしまって、トモエさんはいつもの飄々とした顔に戻っていた。

「いえ、何でも……」

「そう?――でも、この髪、目立つのはちょっと面倒だよなぁ~。だけど、それで地毛を隠すのも癪だもんなぁ~」

「そのままでいいんじゃないですか?目立ったって、どうせ誰もトモエさんを止められやしないんですから」

「確かに。リオ良いこと言うじゃん!まっ、初めから隠す気なんて更々なかったけどね~」

トモエさんは不敵な笑みでそう言い切ると、両腕を空高く伸ばした。

「しっかし、海って何もないね。リオ~、何か美味しいもの無いか探しに行かない?」

「はい。行きましょうか」

僕は無邪気にそう言うトモエさんにどこか安心した。

 僕らはデッキをあとにした――。

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