(22)無賃乗船.2
船着き場――。
日は傾き始め、地平線はオレンジ色に染め上げられる。トモエさんは停泊しているコンテナ船の乗員に次々と目的地を聞き続け、若しくは異能を用いて不法乗船し目的地を調べ、そして夕焼けを背景に繋船杭に腰掛け燃え尽きていた。
「どこもカウカウ行かないじゃん……」
「だから、そう言ったでしょう?」
「んー。これは、先に宿を探す方が良さそうかなー」
トモエさんが顔を上げた、その時だった。
野太い汽笛がオレンジの海を切り裂く。その凄まじい音圧に僕らは否応もなく海に目をやると、そこには巨大な船が現れていた。それもコンテナ船とはかなり様相の違う巨船。白と紺の船体、側面には夥しい数の小窓が並び、赤と黒の縞模様の太い煙突が上部より四本突き出て、船体と比べるとか細い煙が煙突から糸を引いていた。
巨船は港に近付き、近付くほどに夕日を覆い隠してその姿を濁りなく現す。これは、豪華客船だ。
「うっわあぁぁぁ!何じゃこりゃぁぁぁ!」
トモエさんは立ち上がり豪華客船を見上げる。一方の僕は恐怖を感じる。この物量の物が迫り視界を覆っていくこの感覚、身の毛も弥立つ。
豪華客船は旋回しながら船着き場に近寄っていき、岸に横向きに停止した。錨が降ろされ、甲板より階段が対岸に伸ばされる。僕らはその様を言葉を失い見つめていた。すると甲板から乗組員らしき制服姿の若い女性が降りて来た。
トモエさんは思い出したように走り出し、僕も慌ててあとを追う。
「すみませーん!!」
トモエさんの大声に女性は驚き、作業の手を止めて振り返る。
「は、はい!どうされましたか?」
「お忙しい所すみません!今ですね、この港に発着する船の行き先を調査しておりまして――!」
これは先程からトモエさんが船の行き先を聞くための決まり文句であった。
「いやぁ、しかし素晴らしい船ですね!こちらの船はこれから何方に向かわれるのですか?」
トモエさんは悪徳セールスマンのような胡散臭い口調で女性に問い迫る。女性は勢いに気圧され瞳を右往左往させていた。
「えっと、そのぉ、言っていいのかな……?」
「ええ、言ってしまって問題ありませんよ」
トモエさんは満面の笑みで詰め寄る。
「そ、そうなんですかね……?」
「はぁい!」
僕はあれよあれよと流されていく女性に心配を覚えつつ、黙って影ながら見守る。
「こちらの船は世界一周ツアーで色々な観光地を巡っておりまして、これからカウカウ、サバル、アナグロアの順に――」
「カウカウ!!」
トモエさんは悪徳セールスマンの振る舞いをすっかり忘れて女性に食い入った。
「お姉さん、今カウカウって言いました!?」
「は、はい。言いました…けども……?」
後退る女性の表情はすっかり強張っている。こんな悪魔に目を付けられて可哀想に……。
「ホントのホントに!?」
「はい。間違いなく……」
「よっしゃ!おっと失礼。それで、次の出港はいつになりますか?」
「出港ですか?えぇと、明日ここで物資を補給して、明日の昼13時頃には出港すると思いますけど……」
「成る程!ご協力ありがとうございます!大変参考になりました。それでは私達はこの辺でお暇させて頂きますね!」
トモエさんは僕の背を押してそそくさとその場を離れる。僕はその間際に思わず振り返ったが、残された女性が不憫でならなかった。
暗がり始めた街中――。
「やった!やっと見付けたよ!カウカウ行きの船!嘘みたいじゃない?最後の最後に引き当てたんだよ!ヤバくない!?奇跡だよ!キ・セ・キ!」
トモエさんは非常にテンションが高かった。
「そうですね」
「ん?どしたの?スンとしちゃって」
「いや、その……。――トモエさん、詐欺もやっていたんですか?」
「詐欺?やってないよ、失礼だな」
「そうですか。安心しました」
失礼って、詐欺と泥棒は一体何が違うというのか?
「でもでもこれで、明日から豪華客船で贅沢三昧だよ~!」
「そうですか……」
やっぱりこの人について来て良かったのか、今更ながら不安になってきた。
「ですが、どうやって豪華客船内に侵入するんですか?僕が虛空の欠片を持っている以上、置換の異能では侵入できませんよ?」
「ふっふっふ……。それはこのJK怪盗トモエ様に名案があるから安心する事だッ……!ガキは黙ってついて来なッ……!」
何か面倒臭いノリが始まったのだが……。
「大丈夫なんですか、その名案とやらは?」
「大丈夫だって。それより今は、今夜眠れる場所を探せるかの方が大問題だよ。だいぶ暗くなってきちゃってるし――」
「まぁ、確かに……」
僕は、自分の意見を押し通す力の弱さを知った。
翌日・未明――。仄暗い空の下、僕らは豪華客船が覗ける船着き場の物陰で息を潜める。そこでは屈強な男達が、1メートル四方の木箱を次々と豪華客船に運び込んでいた。
「よしよし、やってるね」
「まさか……?」
僕はトモエさんの顔を見つめる。
「名案でしょ?」
トモエさんはしめしめと微笑んだ。
トモエさんは屈強な男達の目を盗み木箱に忍び寄ると、その内の一つを置換させたバールでこじ開け、中に入っていた食料を残らずどこかの石コロに変えて掻き出すと、空っぽになった木箱の中に膝を抱えて入った。
「さぁ、早くおいで」
トモエさんは小声で僕を招く。確かに箱には、まだ僕が入るスペースが確かに空いている。……だが、そういう問題ではないのだ。
「……同じ箱じゃなきゃ駄目ですか?」
「ダメでーす。さぁさぁ、早く諦めて入っておいでよ。急がないと見付かっちゃうよ?」
トモエさんは嫌らしく微笑む。トモエさんがこの笑みを浮かべたという事は、既に僕に選択肢はないのだろう。だが、あんな窮屈な密室にトモエさんと二人きりなど、何をされるか分かったもんじゃない。尻込みしていると、トモエさんはつまらなそうな顔をした。
「別にリオだけここに突っ込んで、私は相互置換であとから一人で入ってもいいんだよ?」
そう言われると、気遣われているみたいで断りづらいし、確かに一人で箱の中に押し込められるのはかなり心細い。そもそも僕はどちらにせよ、この木箱に入らなきゃいけない訳だし、それなら誘いに乗る方が一人きりにならない分マシな気はする。だが、だけど、だけれども、トモエさんの言う通りは癪だし、それに何より、距離が近くて恥ずかしいのだ。
「ほら、おいでよ」
トモエさんは見慣れない上目遣いで、両腕を広げて僕を誘う。
「……。――では、お邪魔します……」
仕方ない。これは仕方のない事なのだ。僕は目を逸らし、木箱の空きスペースに足を滑り込ませてしゃがみ込む。僕の体は、難なく収まる。
「入ったね」
「……はい」
「じゃ、蓋閉めるよ~」
トモエさんは腕を伸ばし、木箱の側面に立て掛けてあった蓋を持ち上げて覆い被せた。視界には板の隙間からの僅かな明かりのみしか映らず、トモエさんの存在もあまり感じない。これなら耐えられるかもしれない。そう思ったのも束の間だった。
「ひっ……!」
突如脇腹を何かが突いた。僕は慌てて口元を覆う。その直後、トモエさんがくすくすと笑いを堪える声が聞こえる。この野郎、やっぱりやりやがったな……!僕は闇を睨み付ける。本当に誰かに聞こえたらどうするつもりなんだ。僕は脇を締める。だが次は、お留守の背中をツンと突かれる。
「くぅっ……!」
今度は必死に声を押し殺す。だが、視界が奪われて、全身を警戒しているせいで感覚が過敏になって、たったの一突きでも声が漏れてしまうくらいの衝撃が全身を駆ける。もう駄目だ。今ので背中側までトモエさんの指が届く事が証明された。僕はこの箱を出るまで、四方八方から突かれて、こうやって遊ばれ続けるんだ。こうなったら全身に力を込めて何とか耐えるしかない。
だが今度は耳元に息を当てられて、たったそれだけで僕は脱力してしまう。
「もうッ……、止めて、くださいッ……」
「えー、もう限界なの……?」
トモエさんの声色に反省の気配はない。
「トモエさんッ……!!」
僕は語気に全てを込める。これで勘弁してくれ。
「やられっぱなしでいいのかな……?」
だが、その囁きに僕の苛立ちは呆気なく消え失せてしまう。
……反撃する?僕が?トモエさんに?どうやって?そんなの反撃なんだから、やられた事をやり返すに決まっている。僕が、トモエさんの体を突く?いや、駄目だ!僕は紳士だ!トモエさんにそんな事、絶対にしてはいけない!脳裏を掠めた好都合な甘い妄想を僕は必死に否定する。そんな事はしちゃいけない。いけないのに、トモエさんの囁きのせいでもう頭から離れない。やり返したら、トモエさんはどんな反応をするのだろう?僕の指は、トモエさんのどこに触れてしまうのだろうか?今ならどこに触れたって僕は悪くない。誘ってきたトモエさんが悪いんだ。そんな都合の良い考えが止められなくなる。駄目だ!落ち着け、僕!落ち着くんだ!
「リオ君~?もしも~し?」
「な、何ですか……?」
「どうしたのかな……?突然黙っちゃってさ……?」
「いえ、何でも。兎に角、僕からは何も致しません!僕は紳士ですので!」
すると、トモエさんのくすくす声がまた聞こえ始めた。あぁもう、本当に腹が立つ。
「そうだよね~。リオ君は紳士だもんね~。女の子にそんなコトしちゃいけないよね~?よしよし、いい子いい子~」
僕は頭を撫でられる。自分から促しておいて何がいい子いい子だ、と思いつつ、同時に、何でトモエさんはこの暗闇の中で僕の頭の位置が正確に分かっているんだろうか思うと、僕は自分の置かれている状況が今更恐ろしく感じる。僕は今、この人の掌の上にいるんだ。
トモエさんは飽きもせずに、僕の耳に再び囁きを落とした。
「……でもね、トモエお姉さんは、君みたいないい子が大好物なワルい子だから、紳士のリオくんは頑張って最後まで耐え抜いてね」
やっぱり一発くらいぶん殴ってやろうかと思った。




