(21)無賃乗船.1
僕らは、僕ら以外誰もいない浜辺に並んで腰を下ろし、潮風に当たる。
砂浜は荒れ果てている。波打ち際には、海藻の残骸や貝の死骸が打ち上げられ、陸と海との領域を分かつ境界線を成している。奥では横転した漁船が身動きを失い、散乱した網は内陸に救いを求めるように手を広げている。
一方で波は絶えず押し寄せては引いていき、砂浜を変容させ続ける。なんて大それた無意味なる現象だろうか。これに比べて人間の意味などちっぽけなものなのかもしれないと思う。けれど、その意味は今や大いなる無意味を侵略し始めている。何故だろう、無意味の意味を無意識に考えている僕だが、無意味が意味に支配された世界は嫌だと感じている。矛盾だ。もっとも、矛盾という概念も意味の世界の概念なのだろうが。
「――そう言えばリオ、虛空の欠片は?」
トモエさんは唐突にそう聞いてきた。
「そう言えば……」
僕は襟の中に手を入れ、虛空の欠片を掴むと、平らにした手の平の上に置いた。暫くすると虛空の欠片は北西の方角に引き寄せられた。つまり、目的地はまだまだ先だと言うことだ。
「変わらず北西方向を示していますね」
「そっかぁ~」
トモエさんは両腕を伸ばして砂浜に寝転んだ。
「ま、まだまだ大冒険にしては味気ないもんね~」
大冒険って、相変わらず暢気なことだ。
「リオも寝転がりなよ。気持ちいいよ、砂のベッド」
「いえ、遠慮しておきます」
「なんで?」
「砂が服に入り込みそうじゃないですか」
「ふーん。リオ、つまんなーい」
トモエさんは唇を尖らせた。つまんないって言われても、どう考えても後始末が大変そうだし。それで言うと、トモエさんが寝転がっている時点でもう手遅れではあるのだが……。
数分後――。
「――うわっ、砂めっちゃ服の中入ってる~。気持ち悪い……」
「言わんこっちゃない……。どこかに着替えられる場所がないか探しますか」
「ううぅ、早く服脱ぎたい……」
「……こんな所で脱がないでくださいよ?」
「脱がないよ。リオは私を何だと思ってんの?」
僕らは砂浜を後にした。
海岸線を南の方角に進むと、空き地は減り、街並みが栄えてくる。そこは灰と効率が支配する工業地帯ではなく、緑が最適に配置され、道路も舗装された観光地のような街道だった。過度に思えるほど彩り豊かな背の高い建物が両側から迫り、人も馬車も話し声も際限なく行き交う。
街道には視界に入るだけで幾つも食事処があった。初めからこちらに来ていれば、空腹で彷徨うこともなく、それどころか、数多用意された選択肢の中から選りすぐることも出来たのだろう。でももう今は、その過度な色彩の奥に広がっていた景色が気になって、とてもそこに従属する気にはなれなかった。
トモエさんはその街道にあった公衆トイレで服の内側に入った砂を払って出てきた。
「お待たせ~」
「はい」
「ん?リオ、怒ってる?」
僕は顔を覗き込まれる。そんなつもりは無かったので戸惑う。
「え?いえ別に」
「そう?なんか怖い顔してたよ?」
「本当ですか?そんなつもりは……」
「そっか」
「はい」
「ふーん……。で、それでなんだけど――」
トモエさんはいつものことながら唐突に話題をぶち込んできた。
「私達これからどうしようか?」
「どう、とは……?」
「どうやって海を渡ろうかなぁと思ってさぁ」
「あぁ、虛空の欠片の事ですか……」
「そうそう」
トモエさんは大海原を見据える。僕は自分の胸元を見詰める。
「まだ先にあるみたいでしょ?それで、この世界の先輩であるリオくんに意見を仰ごうと思ってね」
「先輩と言われましても、あれですけど……」
ずっと幽閉されていた僕では力不足感が否めない……。
「ブツブツ言ってないで、ちゃんとエスコートしてよね。私、こっち来て一ヶ月ちょいなんだから、それよりは何か知ってるでしょ?」
「まぁ、恐らくは……」
――尚、自信はない。
「それで、何だっけ?カウカウだっけ?」
「はい。カウカウです」
「そのカウカウには、どうやったら行けるのかな?」
「そうですね……。ここは貿易港みたいですから、船は世界中と繋がっているんでしょうけど、僕らは乗れませんし――」
「なんで?こっそり乗ればいいじゃん」
トモエさんは至って当然という表情でそう言った。僕は僕の思案が馬鹿らしくなる。
「……。でしたら、船着き場にでも行けば何とでもなるんじゃ――」
「なるほどね~。じゃあ早速、船着き場に行こう!」
「ですが、カウカウ往きはそう多くないかと思われます」
「そうなの?」
「はい」
「んじゃ、頑張って見付けないとだね!」
トモエさんは待ってましたと言わんばかりに海原を目掛けて歩き出す。
「――あっ、待ってください!」
僕も慌ててあとを追った。




