(18)追跡者.1
波打ちはためく度に白と赤が切り替わる純潔なマントは、長閑な田園地帯には少々滑稽に映る。
「トコヨノ、ここは何処だ?」
マントを堂々とはためかせるラルレインは、傍らのマヨイにそう問い掛けた。
「ここはデッパリア城より直線距離で凡そ8キロメートル離れた帝都郊外の田園地帯です」
マヨイは目深に被った帽子の影からラルレインを見上げる。
「8キロメートル……。そうか」
ラルレインは理解しているのか定かでない様子で、遠くに霞んで見えるデッパリア城を視界に捉えた。
「私たちヴィットは秘密部隊です。その存在は、貴方が知らなかったように軍関係者も殆ど知りませんし、知られてはいけない。すると当然、デッパリア城には真正面から出入りもできません。なので、出入りの際は本部より四方に張り巡らされた秘密の地下道を使います」
マヨイは抑揚のない毅然とした喋り口調で、ラルレインの横顔に凍て付くような碧い瞳を向けた。
「帝都郊外には各地に地下道の出入り口が存在します。この古びた建物もそのポイントの一つです」
マヨイは視線だけで振り返り、今し方二人が出てきたボロ屋敷に視線誘導する。
「ふむ……」
ラルレインはマヨイに促されるまま背後のボロ屋敷を見つめる。
「いいですか?貴方はもうデッパリア城に正面から入れる立場ではありません。貴方は公には除籍処分ということになっています。不審者として拘束される上、私たちにも迷惑が掛かりますので、よく理解しておいて下さい」
「ああ」
「地下道の出入り口については、まぁ、今回の任務を終えたら一覧をお教えします。ですので、間違っても正面からデッパリア城に入ってはいけませんからね。判りましたか?」
「判った。デッパリア城にはもう入らない」
ラルレインは非常に澄んだ瞳で真っ直ぐマヨイを見つめていた。
「……少し間違っている気もしますが、まぁいいでしょう」
「トコヨノ、もう一つ聞いてもいいか?」
マヨイの眉頭がぴくりと動く。
「何ですか?」
「この服はなんだ?」
ラルレインは両腕を広げて、自身が身に纏う衣装をマヨイに見せ付けた。それは軍服でも正装でもない、色味も薄く飾り気がまるでない質素で少し汚れた服だった。
「一般市民の変装です。本部の衣装部屋から適当に引っ張っり出してきました。私たちは公には軍人ではなく一般市民として活動することになりますので、それに伴う衣装です」
マヨイもラルレインと同じように薄汚れた服を身に纏っている。
「ふむ……。そうか……」
ラルレインは自分の服装を見回す。
「トコヨノは美人だからこんなのでも美しいが、だが俺の服は何か変ではないか?」
「それは貴方がマントは外さないと駄々を捏ねるからでしょう。っていうか何なんですか急に?」
「急ではない!マントは英雄の証だ!いつ如何なる時でも外す訳にはいかない!」
ラルレインは声を大にしてそう訴えた。マヨイは困り顔を浮かべる。
「……。それなら違和感は我慢して下さい。王様でもない限り普通マントなんて着けないんですから」
「うむ……」
表情こそあまり変わらないが、ラルレインは腕を組んで天を仰ぎ、物思いに耽り始めた。マヨイは呆れ顔を浮かべる。
「――いいですか?私たちはこれから“この辺りの田園地帯出身の農民”で“人捜しをしている夫婦”です。判りましたか?」
「俺は農民になるのか?」
「ふざけないで下さい。農民“役”です。物事を円滑に進める為のただの設定です。呉々もボロは出さないようにしてください。もう一度確認しておきますよ?貴方はただの農民で、私は貴方の妻ですからね」
「妻ッ!!」
ラルレインは急に大声を上げた。
「何ですか?不満ですか?」
「不満などない」
マヨイは溜め息を吐く。
「では何なんですか?私たちでは血縁と言うには無理があるでしょう?円滑に任務を遂行する為です。受け入れて下さい」
「ああ――…」
ラルレインは自身の左胸に手を置いて天を仰いだ。空気を味わうように深呼吸をした。
「本当に何なんですか?さっきから――」
マヨイは気味悪そうにラルレインの清々しい顔を見上げる。
「夢のようだ……」
「は……?」
マヨイは顔色を変えてラルレインから一歩離れた。
デッパリア城・裏門前――。人通りも疎らな森林地帯に、ラルレインとマヨイの姿はあった。門番が二人いる為、少し離れた位置からの観察だった。
「ターゲットの脱出経路はこの門ですか――」
マヨイは調査資料を手に、未だ石礫が残る裏門を眺める。
「ああ。俺はここで奴を逃がした」
ラルレインは屈辱の表情で裏門を見つめる。マヨイはラルレインの横顔を一瞬見上げ、それに気にも留めずに手元の資料に目を通す。
「二日前の昼前頃、ターゲットは裏門の手前にて貴方と交戦。戦闘の最中、少年と共に裏門から逃走。その際、岩を幾つも出現させて裏門を塞いだ、とあります。中々に厄介な能力ですね」
「ああ。あの岩山を突破し終える頃には、奴の姿はもう無かった」
「突破……?」
マヨイは再度資料を見つめる。資料には、その後ラルレインが岩山を悉く粉砕したと記述されていた。
「貴方、本当に人間ですか?」
「人間…だと、思って生きてきたが……」
ラルレインは自信無さげにマヨイの顔を見つめた。
「いえ、人間ですよ貴方は。かなり能力値が偏った――」
「能力値?」
「いえ、何でもないです。それでは、この辺りに目撃者がいないか聞き込みをしましょう。ターゲットの能力を考えると、あまり期待は出来ませんが」
「そうだな」
ラルレインとマヨイは裏門を後にした。
【極秘】デッパリア城内・時の塔窃盗事件調査報告書。
――ヴィット所属 トコヨノ・マヨイ ダイゴロム・ラルレイン
北門外部周辺にて行った一般人への聞き込み調査結果。
(1)森での森林浴を日課とする60代男性■■■■■氏による目撃証言。
・・・・・・
痩せこけ胸の皮が垂れた上半身を恥ずかしげもなく曝け出すパンイチの老人に、マヨイは最大限の愛想を浮かべて尋ねる。
「二日前、この森で黒い髪をした10代後半の少女と、10代未満の薄黄緑色の髪をした子供を見ませんでしたか?」
「ああ、いたよ。確かあっちの辺に――」
すると老人は森の奥の方を指差した。
「奇抜な黒い髪に、格好も変わってたからよく覚えてるよ。でも、見掛けたのは二日前じゃなくて、昨日だよ」
「昨日、ですか?」
「そうだよ。昨日。黒い髪の背の高い女の子と、小っちゃな男の子がね、いつの間にか現れて。それで、えーと確か向こうの方に去って行ったかな。姉弟には見えなかったし、でも、だとすると変な組み合わせだし、何なんだろうなぁって――」
・・・・・・
(2)森を遊び場にしている少年少女等による目撃証言。
・・・・・・
マヨイはラルレインの強靱な身体を登って遊ぶわんぱくな子供達に最大限の愛想を浮かべていた。
「みんなー。お姉さんの話聞いてるかなー?黒い髪のお姉さんと子供を探してるんだけど――」
だが誰も聞く耳を持たなかった。
「おじさんデカーい!!」
「おじさん、私もぐるぐるしてー!!」
「うむ、任せろ」
ラルレインは両腕に子供をぶら下げてぐるぐる回り始める。すると子供達からキャッキャと歓声が上がる。マヨイは最大限の愛想を浮かべたまま、眉をぴくつかせた。
「お姉さんの話ぃ――」
マヨイの声は子供達によって容易く打ち消されてしまった。
その後、街の方に向かうテンションの高い黒髪の少女と、それに絡まれている子供の目撃情報を得る。
・・・・・・
(3)城下町北部にて、買い物中の50代の婦人■■■■■氏と■■■■氏による目撃証言。
・・・・・・
マヨイは若干歪んでいる最大限の愛想にて、婦人二人の会話を聞き続ける。
「それでね、どうなったと思う?ウチの人ったら、顔真っ赤にして逃げてったのよ。あれは痛快だったわぁ」
「そ、そうですかぁ……」
「何その話、最高に面白いじゃないのよ!」
「でしょ?もう今思い出しても噴き出してしまいそうになるわぁ」
「そうなんですねぇ……」
「アンタも気を付けなさいよ。若いうちは良いかもしれないけどね、年を取ると相手の嫌なとこばっかり見えてくるんだから」
「そうよ。まぁでも、おたくの旦那様逞しいから、若いうちは問題ないわよねぇ」
「ちょっとアンタ、ホントそういう話好きねぇ。それで?実際のところどうなのよ?やっぱり夜の方もご立派なのかしら?」
「やっぱりアンタも好きなんじゃないの!」
「そりゃ気になるでしょ?」
「ねぇー?」
「ねぇ-?」
「あははは……」
マヨイは一瞬ラルレインの様子を覗くと、ラルレインは近くの露店の店主に気に入られて食事を御馳走になっていた。マヨイはラルレインを刺し殺す目力で睨んでから、前を向き直し再び愛想を浮かべた。
その後、婦人達から黒髪の少女と子供が近くの路地に入っていく姿を目撃したとの情報を得る。その路地の先には古びた宿屋があり、その宿屋にて一週間ほど宿泊していた事、また朝までそこに居た事が明らかとなる。更にその後帝都デッパリア中央駅にて、カピバ往きの寝台列車に搭乗した事も判明した。
・・・・・・
――以上が聞き取り調査による調査結果の全てである。
帝都デッパリア中央駅・駅前広場――。二人はベンチに腰掛ける。
「……」
「どうしたんだ、トコヨノ?」
「目撃情報があり過ぎると思って――。……隠れる気がまるで感じ取れない。自身を含む物体の位置を入れ替える能力を使えるにしては、あまりに杜撰と言うか、私が同じ能力を使えるなら、もっと上手くやれると思って、何か違和感を感じます」
「確かに、そうかもしれない」
「貴方はターゲットと二度接敵したと報告書にありますが、ターゲットはどんな人物でしたか?」
マヨイがそう問うと、ラルレインは腕を組んで天を仰いだ。
「どんな……?そうだな。美人な人だった」
「……何を言っているんですか?」
「あ、あと、結構おっぱいが大きかった。揺れていた」
ラルレインは表情を一切綻ばせる事なくしみじみとそう言った。ラルレインに冷たい目線が突き刺さる。
「……。……なに言っているんですか?」
マヨイの表情は嫌悪感で冷え切っていた。
「それから、膝と腓が剥き出しで――」
「もういいです。私が訊きたいのは貴方の癖ではなく人柄や人物像についてです。貴方の目にはどんな人物に映ったんですか?」
「人柄……?――凄い、何か、こう、挑戦的というか、こう、ガツガツ来る感じの、その……」
ラルレインは目をギュッと閉じて言葉を絞り出した。
「もう結構です。貴方に聞いた私が馬鹿でした」
マヨイは資料を折り畳み、ベンチから立ち上がる。
「兎に角、ターゲットの目的地は割れました。一度本部に戻ってモリアス総帥に報告してから、カピバに向かいましょう」
「うむ」
二人は帝都デッパリアを後にし、デッパリア城地下のヴィット本部に向かった。
デッパリア城地下・ヴィット本部――。
「――以上が今回の調査結果です。モリアス総督、どう思われますか?」
「そうだねぇ」
マルゲはマヨイの違和感を判っているという口振りで、右手で細い顎を撫でた。
「うーむ。これはもしかしたら――。だが、しかし――」
マルゲは真剣な顔で暫く物思いに耽る。
「総督?」
「おっと、すまないね。だがこれは、面白い可能性が出てきたかもしれないよ?」
マルゲの表情には活気が溢れていた。それはまるで、新しいおもちゃを見付けた子供のようだった。
「面白い可能性、ですか?」
「うん。もしかしたら――」
その様子は子供のように無邪気でありながら、細められた隙間から覗く赤い眼光は鋭く未来を見据えていた。
「――盗まれた宝玉は異能を無効化するのかもしれないね」




