第81話 それぞれの
ローレニア民主王国、王都サヤツィオ
王宮のいつもの執務室にて、俺は執事長ガードナーの報告を受けていた。
俺の机の横にある来客用のソファーには珍しい客人もいるが、そいつは人目を気にせずいい歳してお菓子をボリボリと食べている。
「陛下、グレイニアからの通達であります、『我らこれよりバルセルに大規模侵攻を開始する』以上です」
それだけか、もう属国では無いのに毎度毎度律儀なものだ、短い文章だが彼らの覚悟が感じられた。
兵力でバルセルに劣るグレイニア、勝つためには侵攻やむなし、か。
「専守防衛なんて夢物語だな」
「左様でございます」
バルセル・グレイニア戦争が始まってしばらくの間はグレイニアは国際世論の反応を伺ってか、バルセルに直接的な攻撃はせず防衛に専念していた。それが今となってはどうだろう、セレクレアのミサイル部隊攻撃に始まり、最近では小さな町レルトンを夜襲によって占領した。
専守防衛が何を意味するのか、ようやく理解したか。
「敵の攻撃能力を奪わなければ戦争は終わりません、グルイニアも仕方ないにせよ賭けに出ましたな」
勝てば官軍負ければなんとやらだ、我々的にもグレイニアに勝ってもらわなければ困るのだが、いよいよ他人任せにしてられなくなってきた。
「専守防衛なんて愚の骨頂だね、敵は叩いてなんぼさ!」
突然話に割って入るお菓子にしか興味が無いと思っていた客人。彼は私の弟のツルギに似て歳の割には少年っぽく、しかし性格は根暗なあいつより活発的で、装いはオレンジ色のセミショートへア、瞳はコバルトブルーで左目の涙ホクロが印象的な、名前を「ヒナ・コバル・スール」王位継承第3位の王子だ。
「そう簡単な話じゃないんだ、ヒナ」
「ホント政治って訳わかんない、殺られる前に殺らないと殺られちゃうよ?先手必勝って言うじゃん?」
感情が真っ直ぐ過ぎて少々扱いが難しい彼、そうは言ってもヒナは優秀な近衛飛行隊の戦闘機乗りで今は俺の二番機をしている。
「政治ってのはそんなもんさ、誰かの顔色を伺いながらやるのが基本。俺はそうじゃないがな」
「さすがサヤ兄っ!かっこいい!」
パァァァァッ!と目をキラキラさせ尊敬の眼差しだろうか、すごい目で俺を見てくる。さすがに15年以上の付き合いだからもう慣れたが、面倒この上ない。
「ところでさー、ツルギっていたの?」
ああそうか、まだその事はシールとガードナーしか知らなかったな。
「ああ、グレイニアにいる」
「はぁぁー、相変わらずツルギも物好きだねぇ」
デカいため息をついて、やれやれと言った感じのヒナ。
「一応、シールに見てもらてはいるがな」
すると、は?と眉間にシワを寄せてヤバい顔をされる。おい、俺も一応王様だぞ?そんな態度をとるな。
「ボクのツルギを殺そうとした癖に、よくシール姉さんに頼めたね、あの人も大概怒ってたよ?てか、その為にゼイセルに送ったの?」
怒っている、しかもボクのって・・・・・・、いやまあヒナは同い歳ということもあってか幼少の頃からずっとツルギにくっついていたし、独占欲が強いしそういうことにしておこう。撃墜すると言った時は説得が大変だったな、ちょっと懐かしく思う。
「それはシールに言われてる、あの時とは状況が違うんだ、わかってくれ」
「そんなだからツルギに嫌われるんだよ」
「それは関係ないだろ!」
どいつもこいつも二言目にはそれだ、考えと言うか価値観の違いからツルギに嫌われていたことは否定しないが、国王をなんだと思っているのやら。俺だって国のことを思っていろいろ考えていたんだ、あいつは理解できなかったみたいだが。
今はどうだろうか。
「兄弟喧嘩はおよし下さい」
ホッホッホ、と昔を懐かしむように笑ってはいるが呆れているガードナーに止められる、別に兄弟喧嘩では無い。
「まあいい、ヒナ、行くぞ」
椅子から立ち上がり部屋の出口へと歩く。
「え?どこにー?」
慌ててお菓子を口の中にかき込むヒナ。
「飛行場だ」
それを聞くと彼は目を見開き、悪そうにニヤっと口角を上げる、こういう事には察しがいい。
「ガードナー、後のことは頼んだぞ」
「かしこまりました、手筈通りに」
胸に手を当て深々とお辞儀する彼を背に、俺とヒナは執務室を出た。
ルンルンとスキップするヒナを後ろに引き連れ、俺は王宮に隣接する近衛飛行隊飛行場へと歩いた。
●
王家直轄近衛飛行隊専用飛行場。
中規模の滑走路一本と、格納庫が四棟、三階建ての兵舎が二棟に管制塔が一つ、フェーズドアレイ対空レーダー一基といったこじんまりとした飛行場に来て、第一格納庫の中に入っていた。
俺の目の前にあるのは機首に黄色い二等辺三角形の国籍マークが描かれ、ローレニアカラーの暗灰色に塗装された、左翼端だけ赤色に塗られたSu-47ベールクトと、両翼端が赤色に塗られた同じくベールクトが駐機されていた。
垂直尾翼には王家の紋章にも象られているイヌワシが描かれていて、それは脚に王冠を掴んでいる。
俺の飛行隊、第13近衛戦闘飛行隊、「ランスロット隊」の部隊マークだ。
「明日は四時にここに集合だ」
「え、夕方の?」
「朝だ」
「はやっ!!」
えー、とあからさまに嫌そうな顔をして頬を膨らませるヒナ、女子じゃないんだから全然可愛くないぞ、俺にそういうのは効かない。どちらかと言えば強めにこられるシールの方が怖いくらいだ。
「早起ききらーい」
お前もう21歳だろ、いい歳なんだからわがまま言わないで欲しい、いったい誰に似たのやら。
「そう膨れるな、ツルギに会えるぞ」
「えっ!?マジで!?」
俺の言葉に目をキラキラさせる、このテンションの激しい抑揚はどうにかならないものか、少し落ち着け。
「多分な」
「多分かーい」
面白くなさそうに小石を蹴り飛ばすふりをして、片足をブラつかせる。
「じゃあ今から機体の点検?」
察しがいい、うむ、と首を縦に振ると。
「めんどっち」
また頬を膨らます、こいつの整備嫌いは本当にタチが悪いし、何も整備不良が起きてないのが奇跡だった。それに調子を良くしてさらに整備嫌いに拍車がかかっているのだが、まあ、その裏で整備員が泣いてるわけでな。
「空でエンジンが爆発しても知らんぞ」
「爆発しないってー、整備員がちゃんと整備してるから、ヨシッ!」
何を見てヨシッと言ってるのやら、のらりくらりと俺の言葉を躱すヒナ、相手にしてられん、俺は俺でコックピットに乗り込んで点検を始めようとすると。
「ねぇ、サヤ兄?」
そこにタラップを登り、顔だけ出して俺に何か聞いてくる。
「ツルギ、ここに帰ってこないかな?」
あいつは国外に亡命している、自ら帰ってくることは無いだろう、俺と考えも合わないし王家を離れた別の世界で楽しくやってくれた方があいつの為だ、それに俺の為にもなると思っている。
「それはお前が帰ってきて欲しいだけだろ」
「だってだって!ツルギはボクのだしー、誰にも取られたくない!」
ホントに、何を拗らせてあいつの事を好きになったのやら。いや、好きとかそういう感情なのか?男同士だし、所有物としか思ってないのでは?それはそれでやばいか。
「てか、サヤ兄がツルギと仲直りすれば済む話だと思うけどなぁ」
ゴンッ!
「痛い!叩かなくてもいいじゃん!しかもグーで!」
おっと思わず手が出てしまった。
何度も言うがあいつと俺とじゃ価値観が違いすぎる、簡単に言ってしまえば。
目的のためなら手段を選ばない俺と。
何があってもみんな大好きなツルギ。
天使と悪魔ぐらい違うんだよ。
だが、ひとつ言えるのは。
「あいつ次第だ」
かな。
※
ゼイセルにはローレニア陸軍が集結していた。
それを私とリルスが部屋の窓からそれを眺める、これを見ても従兄さんの意図がわからない、という人はいないだろう。
「なんでこんなに陸軍が展開してるんですかね?あ、また輸送機が来た」
あー、この子を除いて。考えてるフリをしているのだろう、顎に手を当てて神妙な顔で外を見ている。
「さー、何なのかしらね」
知らぬも仏と言うし、黙っててあげましょう。
《ーーローレ大尉、ジェリン中尉、作戦室まで急げーー》
この声は飛行隊長のジフ少佐の声だ、急げってどうしたのだろうか、リルスと目を合わせても首を傾げるだけ、とりあえず部屋を出て作戦室まで急いだ。
作戦室。
「いやー、忙しいところ呼んですまんな」
別に何していた訳でもない。
「どうかしました?」
首を傾げると。
「グレイニアから通達があったそうだ、大規模作戦が始まる、時間の記載はなかったそうだが翌早朝との噂だ。今から飛んで偵察してきてくれ」
ついに始まるのか、その戦闘が始まってツルギちゃんが来ていてもし何かがあったら助けないといけない、そうすればローレニアはバルセルに宣戦布告するだろう。今思えば、なかなかに気が引ける任務だ。
「偵察場所はセレクレア、レルトン、カルシューレ、トモパーレ。見つかるなよ」
「了解です」
「えー、今から・・・っ!」
偵察なんて大変な任務でもない、嫌がるリルスに肘打ちし、敬礼をして足早に作戦室をでて格納庫に向かう。
「貴女ね、嫌なのは別にいいけど口に出さないの」
「す、すみません・・・・・・」
調子のいい事はいい事なんだけど、節度を持って欲しいものだ、怒る時は怒っとかないとね。珍しく私に怒られて彼女はシュンとしてしまう。
そして、私はSu-57に、リルスはSu-37に乗り込んで無人機と共に離陸、南西に進路をとって先ずはセレクレアの偵察に向かった。
●
セレクレア上空。
《バルセルは迎え撃つ気満々ね》
《ええ、レルトンを奪還する気も無いみたいですね》
バルセルはグレイニアと正々堂々とここで戦うつもりの様だ、グレイニアが陽動の為に占領したレルトンに援軍を送る気配は無し、セレクレア国境付近に陸軍を配置し徹底交戦の構えだ。
グレイニアもレルトンから戦線を広げる能力を持ってないし、妥当といえば妥当なのだけどね。カルシューレから攻めてくるグレイニア軍を打ち負かし、その後でレルトンを奪還、グレイニアに攻め込む手筈なのだろう。
《ローレニア方向にも自走砲の砲口は向いているし、警戒はしているようね》
赤外線カメラからでも分かるように、後衛に陣取る自走砲のうち、北側の何両かは北のローレニアの方を向いているし、対空ミサイルもローレニア、グレイニアどちらも対処できるような布陣を取っていた。
《さて、レルトンはいいわ、カルシューレへ行きましょう》
《ウィルコ》
カルシューレ上空。
こっちはこっちで陸軍の車両が忙しなく動き回り、布陣を作っているのがわかった。
《こんなあからさまなのに、攻撃しないバルセルも律儀ね》
《決戦主義、ってやつですかね》
まあ、バルセルも偵察衛星を持っていないし、グレイニアを偵察しているわけでもなさそう、と言うか偵察する前に空軍にいつも落とされている。本当に相手の動きがわかっていないんだろうけど、お粗末と言うかなんと言うかだ。
だけど敵の大部隊を叩いた方が世論を戦争継続へと導く材料になり得るのもまた事実、難しい問題だ。
《戦力はバルセルの半分かしら?》
《妥当だと思います》
空軍の私でもわかる、無理でしょこんなの。
《トモパーレへ行きましょう》
《ウィルコ》
トモパーレ上空。
珍しく駐機場に戦闘機の姿は無く、どことなく閑散としていた。
《正しく、嵐の前の静けさ、ってやつかしら?》
《格納庫扉は空いているようにも見えますが、この高度からは見えないですね》
見えないからと高度を下げる訳にもいかない、またあの子に見つかってしまえば少佐になんて言われるか、
動きもないし何も見えないんじゃ仕方ない。
《帰りましょうか、陸軍の戦力がわかったしいいでしょう》
《ウィルコ》
トモパーレの方は何も情報が得られなかったけど、セレクレアとカルシューレの陸軍情報がわかっただけでもいい、目標は達成したことだし私たちはゼイセル帰投した。
※
母港に停泊中の空母ソリューの艦内は昼過ぎに急に騒がしくなった。
「隊長来てください!」
「何だ!?どうした?」
町田に引っ張られるがまま、部屋から出て上甲板に出ると。
「ほら、これ!」
「は?」
スマホを差し出され何か動画が流れている。画質が荒くて一瞬では何かのゲームの映像か?と思ったそれは。
「なんだこれ?」
「ライブ映像です、グレイニアがバルセルに大規模侵攻してるんですよ!」
大規模侵攻?車載カメラだろうか銃弾飛び交う中、戦車が砂埃りの中を果敢に前進し、走行間射撃を行っている、こんなの演習でしか見た事ない。
どうやらグレイニアがカメラ映像を動画投稿サイトにライブ配信しているようだった。
「あれ!ブルー隊じゃないですか!?」
画質が悪くてよく分からなかったが、画面の端に戦闘機が写りミサイルを発射し直ぐに画面外へと離脱していく。
「もっと画質上がらないのか?」
「向こうの電波状況が悪いみたいで」
しかし、何故グレイニアはこんな大規模戦闘を動画配信しているのか、バルセルが何か悪巧みをした時の証拠にするためか?真意は分からないが、画面に写っているのは直接会ったことないにしても、共に戦ったことのある人達だ、こっちも気が気じゃない。
「あっ・・・・・・」
突然カメラが炎に包まれ画面が暗くなると直ぐに違うカメラに切り替わる。
さっき車載カメラを載せていた車両だろうか、火を吹き燃えているのが映し出されていた。
その上空を攻撃ヘリが前進ししていきロケットを放つ。
「コメントを切れ、目障りだ」
「あ、はい・・・・・・」
この戦闘が実際に起こっているのにも関わらず、所謂ネットの住人は能天気だ、自分は関係ないからと他の世界で起こっているものだと思い込んでいる。
あいつらは、あの人たちは身を呈して自分の国を守ろうとしているのに。
「・・・・・・無力だな、この前まであの空を飛んでいたのに」
「・・・・・・はい」
俺たちはここで手をこまねいて画面を見る事しかできないのか。
笹井は自分の居場所を捨ててまであそこで戦っているのに、俺は動かない空母の上で何をしているのやら。
《空はイエローラインとグレイ隊が守ってくれている、構わず突き進め!》
スマホの向こうからアイツらが居れば大丈夫、そう信じてやまないような、そんな声が聞こえた。




