第32話 山向こうの国
ブリーフィングルーム。
庁舎の地下にある部屋、そこに入ると既にアーノル大佐がデスクに書類を積み重ねて待っていた。
僕達はいそいそと席に着く。
「困ったことになったわ・・・」
目の下のクマが酷い大佐の顔、いったい何があったのだろうか、みんな顔を見合わせる。
「本部からの情報だと、協力してくれたバルセル共和国との戦後報酬の交渉が難航しているとの事よ。まあ見切りで参加してもらったから仕方の無いことなのだけど、先日撤退したバルセル軍も規模をそのままに国境の基地から動いていない様子」
と、言うと?
「このまま交渉が決裂すると、恐らく戦争になるわ。エルゲートには交渉が難航していると伝えてあるけど、手を貸してくれるかは五分五分といったところ・・・。元宗主国のローレニアにも連絡しているらしいけどまだ返事はないそうよ」
え、戦争?また?
「エルゲートに我々の存在意義を示さないと、とても護ってくれないでしょうね、交渉自体は本部の仕事でローレニアの監視という名目で駐屯をお願いするという話もあるけど、それはローレニアが許さないでしょうし・・・、それならローレニアに駐屯してもらうのも手でしょうけど、独立した意味が分からなくなるし・・・」
僕は耳を疑いたかった、なんでどいつもこいつも争いが好きなのか、歯を食いしばり、手をギュッと力いっぱいに握る。
「とりあえず気の毒だけれど、明日以降、念の為基地に残って全機スクランブルについてもらうわ。今日は家に帰って休んでちょうだい」
ミーティングは終了、アーノル大佐は部屋から出ていき、みんな席を立ち部屋を後にしようと歩くが僕は立つことが出来なかった。
「レイ、帰るぞ」
アサギさんに肩を叩かれる、僕は悔しくて声が出ない。
せっかく戦って取り戻したこの国、こうも簡単にまた戦争に突き進ませていいものなのか、バルセルとの戦力差は歴然、戦争になれば一瞬で制圧されてしまうだろう。
それに・・・。
「アサギさん・・・」
「どうした?」
僕は俯いたまま口を開く。
「ナナリス達とは、戦いたくないです・・・」
「ああ、私もだ」
そして、僕はアサギさんに手を引っ張られて席を立ち、家、アサギさん宅に帰った。
※
夜、今日も今日とて皆でお酒を飲んでいた。
しかし、いつもと違う光景があった。
レイのやつがソファーに座り、チグサと肩を組んでお酒を飲んでいるのだ。珍しいというか、初めての光景だ、いつもは無理やり飲まさないと飲めない奴だが、そんなに追い込まれているのか・・・。
「レイきゅん、呑めるじゃん!」
一緒に呑めて嬉しそうなチグサの顔に、表面上は楽しそうに呑んでいるレイ、しかし、口元は固かった。
「俺だって頑張れば呑めるよ!」
嘘つきやがって、まだ1杯目なのに顔は真っ赤だ、あいつ大丈夫だろうか、心配になって声をかける。
「レイ、無理するなよ?顔真っ赤だぞ?」
「大丈夫です!!」
ガンッ!
ローテーブルにグラスを叩きつける。
いつもと違う、レイは普段のように冗談半分で言うのではなく、怒鳴り声で返してきた。
突然のことに、隣のチグサは目を点にして部屋は静まり返る。
「ごめんなさい・・・・・・」
我に戻ったレイ、怒っていた目をしゅんとさせ俯く。
チグサは優しく背中をさすっている、これは本格的にまずいな・・・。
そこに、ダイニングテーブルで私と呑んでいたルリがチョロチョロと駆け寄り、レイの膝に座った。
あいつは少しビックリしたようだったけど、いつものようにルリを抱えて左右に揺れる。
「ごめんなさい・・・」
弱々しくまた呟くレイ。それに、ルリも優しく声をかける。
「・・・・・・私も不安」
「え?」
「・・・・・・でもやるしかない」
「はい・・・」
「・・・・・・一緒に生きようね、レイ」
「・・・・・・」
あいつの肩は震えていた、ルリを抱く腕に力が入り苦しそうに足をバタつかせるルリ。落ち込んでるやつに追い討ちをかけるようなこと言うなよ、とも思ったが、あいつにはそれが正解だったようだ。
ルリでよく見えず多分泣いていたんだろうが、ひとしきり肩を震わせると、あいつはニッと笑って。
「頑張ります!」
無理に声を張っていた。
「さあさあ、湿っぽいのはおしまいよ、呑みましょ」
アヤメが手を叩いて話を終わらせる、そうそう、せっかくの休みだ、明日のことは明日から考えればいい。
私はグラスを取り、ウイスキーのロックをひと呑みした。
※
隣のチグサが嬉しそうに呑んでいる。
無駄に密着してレイ♪レイ♪と楽しそうに僕の名前ばかり呼んではグイッと酒を飲む彼女、つられて僕もお酒が進む。
そんなに僕と呑みたかったのか、今まで笑いながら拒絶していて、なんだか申し訳ない気持ちになる。
膝の上にちょこんと座っているルリさんも、あれから喋ることもなくチビチビと呑んでいた。
今日でこの団欒もおしまい、また暫くはお酒は飲めない生活が続くだろう、みんなそれがわかっているのかどんどんお酒が進む。
「レイはさぁ、落ち着いたら何かしたいことないの?」
落ち着いたら、バルセルとのいざこざが終わったらかな?酔って顔が真っ赤なチグサは突然にそんなことを聞いてくる。
「え?・・・考えたことないなぁ」
つい最近、まあ今もだけど生きることがやっとの僕だ、将来のことなんて考えたことがなかった。
「まあ、このまま軍人でいると思うよ」
無難な答えだ、このまま軍人、パイロットとして空を護って、何となく生きて、何となく退役して、何となく老後を迎えるんじゃないか、僕の将来は漠然としていた。
「面白くないなぁ。私ね、お花屋さんしたい!」
「小学生かよっ!」
思わずツッコんでしまった、別に夢をバカにした訳では無いけど、あまりにも唐突というか今の状況と違いすぎて思わず。
「でね!この街に桜をいっぱい植えるの、春になったらピンク色に咲く花、綺麗じゃない?調べたら気候とかも大丈夫そうだし!」
桜かぁ、写真でしか見た事ないけど、確かにあの花は薄いピンク色で山にも、街にも風景に溶け込みとても綺麗だ。意外にでかい夢だな、と感心する。
「だからさ、レイも手伝ってよ!」
「ぶっ!」
危うく飲んでいたお酒を吐き出しそうになって、慌てて口元を押さえる。え、それって・・・・・・。
あまりの突然のことに言葉に詰まっていると、僕の膝に座るルリさんが後ろを振り向き一言。
「・・・・・・私もやる」
「ルリも?やろやろ!」
まさかのルリさんもやる気、口元を緩ませニッと笑っている。
「ルリさんがやるなら、僕もやろうかな」
「えーなにー、私だけじゃ不満なの?」
「そういう訳じゃないって」
僕の腕を掴み不服そうな顔をしては、無意識だろうけど胸を腕に押し当てるチグサ。いや、まさかな、とは自分に言い聞かせるが、彼女には既に2回頬にキスをされている、そろそろ現実を見ないといけないか、この前言われたアサギさんの言葉が頭を過ぎる。
中途半端が一番嫌われるぞ。
いつかはっきりさせないとなぁ、僕の言葉に不服そうだがしかし嬉しそうなチグサの顔を見ていると、突如内ももに激痛が走った。
「いった!!ル、ルリさん!?」
またしても、ルリさんに内ももを抓られたようだ。
「どうしたんですか!?」
痛くて内ももをさすりたくてもルリさんがいてさすれない、くそ、ヒリヒリする、これ絶対青あざになってるよ・・・。
「・・・・・・別に」
何がそんなに不満だったのやら、本当によく分からない人だ。
「でも、アサギさんとアヤメさんは?」
3人でやるならいっその事5人でやりたい、テーブルでお酒を呑む2人に目線を向けると。
「私にそういうのは向かん、ここで教官を続けるさ」
「ルリが軍隊辞めちゃうなら、私がアグレッサーとして頑張らないとね」
と、2人とも軍に残る様子。
それは仕方ないことだった、チグサもそれはわかっていたようで。
「それじゃ、3人で頑張ろ!約束ね!」
「・・・・・・うん」
「わかった」
守れるか分からない約束、いや、守らないといけない約束。3人で手を出しあい手の甲に手のひらを重ね。
「頑張るぞー!」
「お、おー!」
「・・・・・・おー」
と、チグサの掛け声に合わせて拳を天井に向かって掲げた。
「ほんと、あの3人仲良いわね」
「ああ、青春ってやつだな」
そしてお酒がどんどん進み気がつけば深夜。
意識が飛びそうになりながら頑張って起きてはいるが、今にも目が瞑りそう。
一方のチグサは僕の左腕に腕を組んだまま眠ってしまい、ルリさんも膝の上で眠そうにフラフラしていた。
「そろそろ寝るかー」
アサギさんが、腕を天井に伸ばして立ち上がる。
「私も寝ようかしら」
続いてアヤメさんも立ち上がる。さて、僕動けないんだけどどうしよう・・・。
「レイ、チグサとルリを頼むぞ」
何やら意味深に聞こえるアサギさんの一言、酔って頭が回らず一瞬気になっただけで、あまり気には止まらなかった。しかしだ、この2人をどうにかしないと僕が眠れない。
「え?ああ、はい。あの、ベッドに運ぶの手伝って欲しいんですけど・・・」
と、お願いするが。
「それはお前の仕事だ、そういう度胸もないだろ?」
「えぇっ!」
そう言って自分の部屋に入っていった。襲わねーって!バレたら殺されるし!て、そういう問題じゃない!と、心の中で叫ぶ。なんでアサギさん、最近そういうネタをぶっ込んでくるのかな、実にはしたない。
さて、どうしたものか、とりあえずはルリさんからか。
僕の腕を握るチグサの腕を優しく解いて、膝上でゆらゆらしているルリさんをそのまま抱き抱える。お姫様抱っこの様に抱き変えると、彼女の目は瞑っていた、寝てたのかよ、器用に寝るもんだ。
そして、ゆっくりと僕の部屋に連れていき、ベッドに下ろす。
次は、チグサか。結局あのベッドでは数回しか寝れなかったな、どっちかと言うとソファーで寝ている回数の方が多い。少しガンガンしてきた頭を掻きながらリビングに戻ると、いつの間にかオーバーサイズのシャツを脱いで半裸になっているチグサがソファーに横になっていた。
「ちょっと、チグサ!なんで脱いでんの!」
慌てて無造作に床に落ちていたシャツを拾い、見たらダメな所を見ないように彼女に被せて体を揺らすが。
「暑い・・・」
なんか機嫌悪そうにボソッっと言われた。寝言だよね?怖くない?
しかし、脱いだままという訳にもいかないが起きる気配もない、仕方なくシャツを体に被せたまま抱き上げて僕のベッドまで運ぶ、掛布団をかけてしまえばいいだろう、少し狭いけど我慢してもらうしかない。
そして、チグサをベッドまで運び降ろし、さてソファーで寝るかと、部屋を後にしようとすると。
「レイ」
チグサに呼び止められた。
振り向くと横に寝かしたはずのチグサが、半身起き上がって僕の方を向いている、でも目はほとんど開いていない、寝ぼけてるのかな?
「もう、胸見えてるから!どうしたの?」
いくらブラジャーをしてるからってはしたな過ぎる!シャツで胸を隠して彼女の様子を伺うと。
「一緒に寝よ・・・」
「ふぇ!?」
「んん・・・」
と、抵抗するまもなくベッドに引きずり込まれて、狭いベッドに僕の左にルリさん、右にチグサと非常にヤバイ状況になった。
心臓のバクバクが止まらない、この前アサギさんと寝た時とは比べ物にならないぐらいだ。
ムリムリ!と、別のことを考えようとすると、両腕を2人に掴まれる。
ルリさんのすべすべな脚が僕の脚に当たり、チグサのアサギさんの程ではないけど、豊満な胸が僕の腕に当たる。
左右を見ると既に2人はスースーと寝息をたてて熟睡。
連れ込むだけ連れ込んで先に寝てずるい!俺はもう寝れそうにないのに・・・。
なんて思っても2人にがっしり腕を掴まれて解放してくれそうにない。
飛び出しそうな心臓を抑えながら、思いっきり目を瞑った。
●
それから3日後。
第二次グレイニア紛争を共に戦った「バルセル共和国」は「自由グレイニア」に戦勝報酬として領土の割譲を最後通告。
自由グレイニアはそれを即日拒否し、代案を提出するも交渉が決裂。
そして、バルセル共和国は、自由グレイニアに武力行使を宣言し宣戦布告。
それと同時に自由グレイニアはエルゲート連邦国に派兵を要請、1番心配されていたローレニアからの反発は無くそれを黙認、エルゲートは軍の派兵を決定し、第一陣として前線基地の端島空軍基地から戦闘機2機を派遣。
バルセル・グレイニア戦争が始まった。




