第33話 赤い片翼
ローレニア民主王国、王都サヤツィオ。
先の大戦、いや、内戦にて戦火に包まれ復興とともに急速な発展を続けている西の大陸最大の都市「サヤツィオ」。その中心部、周りに高層ビルが建ち並ぶ小高い丘に王宮が聳えていた。
その王宮の執務室にて私、若干24歳にしてこの国の国王、サヤ・アルシュール・ローレは大量の書類を確認していた。
スラッとして中性的な顔立ちは母親に似たと言われていたが、母親の記憶はほとんど無い、弟が生まれて直ぐに亡くなってしまったらしいから。
それにしても仕事が多い、私の父であり前国王のアブルニ王を倒し、建国されたばかりのこの国、やることが沢山ある。反体制派の粛清も大詰め、計画は一段落と言った感じだ。
「サヤ陛下、よろしかったのですか?」
「何がだ」
私に声をかけるのは御歳70歳、執事長のガードナー。ピシッとアイロンの掛けられた燕尾服を着こなし、歳のせいかやや背中が曲がっているがまだまだ長としての威厳はある。
私が生まれた時から面倒を見てくれている、50年以上王家に仕えるベテラン執事だ。
「ツルギ様のことです、このまま生かしておいても?」
「ああ、その事か」
私の弟、ローレ家王位継承元第2位のツルギ・アルシュール・ローレの事だ。私の3つ下なのだが5年前に家を飛び出して国外に亡命、そして何故かあいつはエルゲート空軍に所属し本土防空戦で再会。
その時に、前王派の者共があいつを担ぎ上げ反乱を起こす可能性があり、何としてでも殺す必要があった。
しかし、あいつは死ななかった。
それなりに信頼していた諜報員、シロの裏切りにて弟はグレイニアに逃亡、そこからはしばらく行方がわかっていなかったのだが。
「ローレタラティスは滅んだ、弟が生きていても誰も担ぎ上げんだろ」
「そうではございますが」
「それに、お前も弟を育てた身でよく殺そうなんて思うな」
ガードナーも弟が生まれた時から面倒を見ている、愛情というものはないのか?
「私はツルギ様に仕えていた訳でなく、ローレ家に仕えている身、王家への危険分子となりえる者は排除した方がよろしいかと」
おー、怖い怖い。まあ、私が言えたことではないが。
「いや、もう解放軍は除隊したのだろ、さしずめエルゲートに帰ってるんじゃないか?私たちに敵対しないのなら何もせんつもりだ。最早、生きていても死んでいても同じだからな」
「それならよろしいのですが・・・」
「むしろエルゲートにいてくれた方が都合がいい」
「そうでございますね、私たちはエルゲートと密約を交わしておりますし」
そう、我々は海向かいの東の大陸に存在する大国、エルゲート連邦と密約を交わしていた。
それは先の大戦、ローレニア・エルゲート戦争の時、エルゲートはローレニア反乱軍を支援してローレニア民主王国の建国を手助けすること。
その代わりに、ローレニアはエルゲートの南方諸国への影響力増大を認める。
そして、エルゲートは西の大陸の覇権をローレニアに認めることだった。
ローレニアの方が優位な内容とも取れるが、後に独立させるグレイニア地区へのエルゲートの干渉は許可されていた。
それにエルゲートはあちらの大陸の覇権をほぼ握っている、我々の大陸のことまで手が回らないだろう。
そして、ローレニアと共に戦ったノースエルは、完全にローレニアに騙された格好で戦争に踏み切り、あわよくばエルゲートが占領する予定だった。しかし、これは思っていたよりノースエルの軍備が整っていたのと、エルゲートの戦力不足で叶わなかった。
また、私がローレニア南方の自治区、グレイニアを独立させた理由については、さらに南方の国々、バルセルやタバルニアの完全に緩衝材目的だった、国交はあったが同盟国という訳ではなかったから。
想定外だったのはグレイニアで紛争が勃発し、反抗勢力であるローレタラティスが誕生してしまったこと。
私の粛清を恐れた者共がグレイニアへと逃げ、前アブルニ王派の起こした紛争だったが、下手に動いて計画がバレることを恐れた我々は、エルゲート暫定政府監視団がいることを理由に旧属国の支援はしなかった。おかげでグレイニア自治軍は、敗走を繰り返し紛争に敗北してしまった訳だが。
エルゲートも、西の大陸のことはローレニアに任す予定だったので表面上は不参加。しかし、干渉権は有しており、グレイニアに負けてもらっては困るのだろう、裏で少々手助けをしてくれていたようで、我々にも都合が良かった。
そして、思惑通りに利権を目論む隣国バルセルが第二次グレイニア紛争に参加、バルセルの大まかな戦力が確認できた我々は、エルゲート暫定政府監視団が撤退したことを理由に、第二次グレイニア紛争に軍事介入(エルゲートが撤退したことも計画のうち)。
そして、衰退しきっていたローレタラティスを、手早く壊滅させた。
「しかしだな、問題はシロだ」
「はい、バルセルに亡命した所までは掴めております」
あいつの考えていることはわからん、ツルギを逃がして行方不明となっていたが、今はバルセルにいるようだし、何をする気なんだ?エルゲートに行ってくれればそれはそれで楽なのだが、暗殺しなくて済む。そもそも、それができるのかも怪しいか、あいつは優秀過ぎる。
「我々の邪魔をする気なのか、お命大事で亡命しただけなのか」
「バルセルで傭兵となっているやもしれません、慎重に行動した方がいいかと」
「そう、だな」
下手にバルセル空軍で傭兵となっていては洒落にならん、私でも勝てるかどうか・・・。やはり暗殺するべきか、いや、もう少し様子を見よう、正確な居場所もわからんし。
「陛下、それとバルセルがグレイニアへの侵攻を目論んでいるようですぞ」
「なんでそんな大事なことを早く言わん」
「面白いことは最後に言った方がよろしいかと」
『バルセル共和国』
ローレニアの南西に位置し、少しだけ国境は隣接していて、バルセルの北東にグレイニア、東側にタバルニア、西にアルトルクスがある。内陸国ではなく、一応国土の南側が一部海に面している。陸軍は強力だが空軍、海軍は大したことはない、1番のエースが「スペクター隊」の2機だけらしい。
まったく気が利くのか利かないのか、そっちの方が大事なことだろうに。バルセルがグレイニアに侵攻してしまえばこっちのものだ、あとはどれだけグレイニアが粘ってくれるかだが。
「グレイニアの戦力は?」
「はい、陸軍は再軍備し2個師団程度とそれなりの規模ですが。空軍は脆弱、即応可能な戦闘機が5機しかいません」
「それだけか、もっといなかったか?」
「紛争が集結し、ツルギ様以外の傭兵も早々に除隊したようです」
「なるほど」
傭兵でもしばらくは雇用しとくもんだろ、再び何があるかわからんのに。まあ、雇用を維持するのに金がなかったんだろう、ツルギが金を請求するとも思えんが、あの、地方の4機も詳細がわからなかった。そいつらが報酬を盛ったのか?それとも、嫌な予感がして見限ったのか。
「北方連合の動きは?」
「ありません、今ところは不可侵条約を守るつもりでしょう」
『北方連合』
正式名:ノースザムツ・アーレンニア及び北アマルト諸島連合帝国
文字通り3つの国からなり、ノースザムツの皇帝が統一する連合国家。我々ローレニアの北に位置し隣接するする国で、大昔から血の気の多い国で、南下政策をつづけ、徐々に国土を広げていた。だが70年前、ローレニア連合王国時代の戦争で引き分け、百年不可侵条約を結んでいる。
しかし、不可侵条約を結んではいるものの、軍備増強を続けている様子で。最近では排他的経済水域を巡り、ノースエル人導教国といざこざが続いている。
一対一の戦争では勝てなくもないが、大戦になればそうはいかないだろう、動向を注視しなくては。
「タバルニアは・・・」
「ええ、先日10回目の核実験を成功させたようです」
「核か、よくもまああんなものを・・・」
『 タバルニア共和国』
ローレニアの南方に位置する国だが、横に細長い「ゾール湾」を挟んでいるため接してはいない、その間に自由グレイニアが存在する。
一応、タバルニアは永世中立国を名乗ってはいるが、自国防衛として強力な武器を有している。その最たるものが核兵器だ。実に頭が痛い。
現在、この世界でわかっている核保有国は、エルゲート、タバルニア、世界の裏側にあるダルメル社会主義国。どの国もまだ実験以外で使用したことは無いがとても危険だ。
先の戦争でエルゲートが核を使用しなかったのも、我々と密約を交わしていたから、もし密約などなかったと思うとゾッとする。
私は席を立ち、窓から王宮の外の景色を眺める。
この大陸最大の都市サヤツィオ。
丘の上に聳える古めかしい石造りの王宮の外側麓には、近代的なコンクリート造りのビルが立ち並ぶ。
「グレイニアから援軍の要請が来ておりますが?」
「しばらくは無視しておけ。祖国繁栄のため、グレイニアには頑張ってもらわんとな」
「ええ、サヤ陛下もお人が悪い」
ニヤリと笑うガードナー、私はお前の方が大概悪いと思うがな。
「東海岸の陸軍を順次内陸に展開、北の国境監視隊はそのまま。バルセルに気づかれるなよ」
「は、海軍はいかが致しましょう」
「何もせんのは怪しまれる、エルゲート艦隊が来たら何隻か警戒に当たらせろ」
「御意」
胸に手を当て、深々とお辞儀をしてガードナーは部屋を後にした。
私はしばらく外の景色を眺める。
「祖国繁栄のため、世界平和のためにこの大陸を統一する・・・」
こんなに国がたくさんあるから争いが絶えないのだ、私が統一すれば平和な世の中にできるはず。奥歯をギリッと噛み締めた。




