第31話 終わったその先
8月27日。
自由グレイニア解放軍は、ローレタラティス残党を掃討し、グレイニア地区全土を制圧した。
アーガセにて最後まで抵抗していた、ローレタラティス残党軍幹抵抗虚しく、グレイニア解放陸軍とローレニア陸軍に呆気なく包囲され、ほぼ全員が自決。
各地に散らばっていたローレタラティス兵も拘束の後、ローレニア民主王国に引き渡した。
引き渡された彼らがどうなったかは、想像すれば分かるだろう。
そして、グレイニア各地に配備されていたバルセル陸軍も撤退を開始、アルサーレを経由して自国へと戻っていく。撤退は二、三日で終わるはずだ。
それと同時にバルセルとの国境も開放され、物流が動き始めた。アルサーレ特産の鉱石を満載にしたトラックが、何台もバルセルに向かって出発していく。
やっと、やっと僕達の国。
「自由グレイニア」
に平和が訪れた。
●
アルサーレ飛行場。
歓喜に満ち溢れたこの国に、ただ一人泣いている奴がいた。
「レイ、泣くなよ。悲しくなるだろ」
僕だ。
飛行服を返却し、どこまでも深く青いコートを着たソラさんに背中をさすられながら、彼の胸の中で泣いていた。
終戦に伴い、生きて傭兵としての任務を満了したソラさんは解放軍を除隊、国境封鎖で足止めを食らっていたらしいが国境が解放されたことによって、目的地エルゲートに向かうためにここを出発する。
「泣いてません!」
いや、普通に泣いていた、頬から涙が零れ落ちて地面に跡ができている。
こんないい人には二度と巡り会えないだろう、たまたまここに居ただけなのに、この国の為に戦ってくれたソラさん。彼との別れもいつかはくるとわかっていたけど、いざその場面になると涙が溢れていた。
「・・・また会えますよね?」
不安そうに彼を見つめる僕に、ソラさんは気さくに答えた。
「ああ、レイが空にいる限りいつか会える」
ニッと笑って答えてくれた。
それを聞いて僕はソラさんから離れ、しゃがんで隣のニグルムくんに顔を合わせてやさしく頭を撫でる。
「ニグルムくんも元気でね」
「うん!僕、将来はパイロットになります!」
「おお、約束だよ」
「はいっ!」
初めてここに来た時はほんとに子供か?と、思うほど落ち着いた子だったけど、今は子供そのもの、今のニグルムくんは純粋で可愛い。この子の言葉を聞いてソラさんは嬉しそうに口元を緩ませていた。
「じゃあ、皆さんお世話になりました」
深々とお辞儀をするソラさんとニグルムくん。
「ああ、ありがとう、達者でな」
「また会いましょう!」
「道中気をつけるのよ」
「・・・・・・元気で」
そしてソラさんとニグルムくんは、アーノル大佐の計らいで用意してくれたトラックに乗り込む、これでバルセルの最寄りの街まで行くそうだ。
彼はトラックの窓を開けて、僕の方を向く。
「レイ!お前は強い、自信持てよ!」
トラックが進み出す。
僕はまた涙が堪えられなくなって、泣きながら手を振る。
「ありがとうございました!!」
ちぎれんばかりに思いっきり。
そして、トラックは基地の門へと向かい、隊舎の角を曲がって呆気なく見えなくなった。
今までの出来事が走馬灯のように頭をよぎる。
傭兵だと突然にこの基地に現れたと思うと、誰よりも可憐に、誰よりも危なっかしくこの空を飛んでいたソラさん。
また僕は拳をギュッと握り、トラックの通った跡の砂ぼこりだけが残る。
「行っちゃったね」
「・・・うん」
チグサが優しく僕の手を握ってくれる、僕はしばらくそこから動くことが出来なかった。
●
隊舎の当直室に残るのは。
アサギ・セレステ。
チグサ・カエルラ。
レイ・アスール。
アヤメ・シエル。
ルリ。
初めの5人に戻ってしまった。
とても静かだ。
普段ならナナリスが、ガキンチョー!と無駄に大きい声で構って欲しそうに僕に絡んできたり、ソラさんがちょっとダメ出しをしてくれたりして騒がしい部屋だったが、こんなに静かで広い部屋だったろうか。
「アサギさん」
「なんだ?」
なんだか居心地が悪くて、本を読んでいた彼女に話しかける。
「模擬戦とかしないんですか?」
紛争前にしていたこと、暇で暇で仕方がないと思っていたらアサギさんにしごかれていなかった。ドMなわけでは無いがついつい聞いてしまう。
彼女は読んでいた本を、パタッと閉じる。
「よし、久しぶりに手合わせといこう」
なんかスイッチが入ってしまった様子。
あー、やらかしたなー。とその後、後悔した。
お昼過ぎ。
《ーー管制塔からグレイ隊、精が出るな。離陸を許可するーー》
アサギさんを先頭に僕は空に舞い上がった。
いつにも増して曇っている空。
《さてと、お手並み拝見だ》
さあ、アサギさんとの模擬戦開始だ。
僕と彼女は、正反対に飛び距離をとる。
ある程度距離を開いたところで、旋回してアサギさんの方向に向ける。
《お願いします!》
とりあえず僕は、雲の中に逃げ込んだ。
※
アサギさんとレイが訓練のために飛んでいく、薄灰色のF-15の垂直尾翼にはアイビーという蔓植物の葉が二枚描かれている。グレイ隊の部隊マークだ。
戦争も終わったばっかりなのにもうちょっと休めばいいのに、なんだか落ち着かないレイの一言でこれは始まってしまった。
「さてさて、見ものね」
「・・・・・・うん」
隣で興味津々に空を見上げるアヤメさんとルリ。
私は心配でたまらなかった。
確かにレイは強くなった、けど、やっぱりアサギさん程ではないし、ソラさんにも遠く及ばない。彼ぐらい強くならないと、アサギさんには勝てないと思う。
心配で見ていられない。
「さあ、始まるわよ」
アヤメさんがそう言うと上空の2機は向かい合った。
すると、直ぐにレイは雲の中へと消えていく。
「まあ、そうなるわよね」
ガチンコ勝負しても勝てるわけが無い、1対1ならなおさらの事だ。レイとアサギさんは雲の中に入ってしまって、状況が分からない。
「大丈夫かなぁ」
不安が思わず口から漏れる。すると、ルリさんが私の服をクイッと引っ張った。
「・・・・・・レイなら大丈夫」
すると、雲の中から戦闘機が降りてきた、レイだ。
※
正々堂々一騎打ちしても絶対に勝てない、とりあえず雲の中に入ったもののどうしたものか、何も名案が浮かばなかった。
レーダーには反応無し、このままぐるぐる回っても危ないだけだ、一か八か雲の上に出た。
《やっと出てきたか》
《あらー》
間抜けな声が出てしまった、雲から出た瞬間にアサギさんに後ろに付かれたのだ。くそっ、情けなくて仕方がない。
たまらず、直ぐに雲の中へと戻る。
今までの空戦を思い出せ、僕は頭を左右に振って脳みそを刺激する。
結果、何も浮かばなかったが吹っ切ることは出来た。これは模擬戦だ少々失敗しても死にはしないし、以前の僕にはできなかったことだってできる!
そう自分に言い聞かせ、機体を反転させ急降下、雲の下に出た。
《分かりきったことを》
いつの間にかアサギさんが後ろについている、しかし、まだ攻撃判定を食らった訳では無い、少し高度を下げて再び上昇する。
《また雲に逃げるのか?何回やっても無駄・・・っ!》
決まった。僕は空中に一瞬止まってみせる。
ソラさんにこっそり教わっていたコブラマニューバが見事に決まり、アサギさんの後方に回り込み機体をロックオン。
これぞ見事な勝負あり、だった。
《よっしゃ!やったー!》
年甲斐もなく、子供のようにはしゃいでしまう。
でも、そりゃ嬉しいさ、一度も勝てなかった文字通り雲の上の存在だった鬼教官に勝つことが出来たんだから。
《くそ、私としたことが・・・。お前の勝ちだ》
やったやった、僕は有頂天だった。
《私とも戦お?》
《ほえ?》
喜びもつかの間。そ、その声は!?
恐る恐る後ろを覗き込むと、漆黒のF-15が僕の後ろにピッタリとくっついていた。味方なのに生きた心地がしない。ていうか、いつの間に離陸したんだ・・・。
《ル、ルリさん?》
《早く》
前を飛んでいたアサギさんが、旋回してこの場から離脱していく。そんな待って!僕を置いていかないで!そう叫びたい気持ちをぐっと抑える。
勝てるかどうか分からないけど、なんだかノリノリのルリさん、もうやるしかない。
アフターバーナーを全開にして、雲に突っ込みまずは距離をとる。
レーダーからルリさんの機影は消えて、状況確認のためにとりあえず雲の上に出た。
《あれ?》
雲の上の快晴の空、そこには誰の姿もなかった。てっきりアサギさんのごとく待ち構えているものだと思っていたのに。
あまりにも見当たらないので、機体を反転させて下の方向を見ようとすると。
《うそだーぁ・・・》
僕の真下に、ルリさんの機体がくっつきそうなぐらい近くを飛んでいた。コックピットでは、キャノピー越しにルリさんと目が合い手を振っている、可愛い。いや、そんな場合じゃない!
僕は機体を元の姿勢に戻して一気に急上昇、そのままループして急降下雲の中に突っ込み雲の下へと出た。
しかし、後ろを覗き込むと、ピッタリとルリさんがくっついている。そりゃ、振り切れないのはわかっている、ここでコブラを使おうか悩むがさっきアサギさんに使った後、ルリさんには通用しないだろう。だけれど、僕にはその技しかない。また、一か八かだ、使ってみよう!
エアブレーキを使い急減速、機首を上に持ち上げ空気抵抗の力でさらに減速、ルリさんは僕を追い越して前方に出る、あとは機体の姿勢を元に戻して追撃のために急加速する。
決まったか?
一瞬口元が緩んだが、そんなことは無かった。
目の前にルリさんの機体は無く、彼女はスライスターンだろうか、滑るように左に旋回。加速を始めたばかりの僕の機体の真横に機体を持ってきて、機首をこちらに向け、一言。
《おわり》
コックピットに、ビビビビ、と補足された警報が鳴り響き。
《ムリ・・・》
情けない声が無線に拾われてしまった。
こんなんじゃ機銃で蜂の巣、以前被弾した時の事を思い出してしまう、状況見ないとなぁ。
地上に降りると、珍しくアサギさんには褒められた。
「レイだからって少し油断したな。だが、勝ちは勝ちだ」
褒められてるのに嬉しいような、嬉しくないような、複雑な気分だった。
しかし、それよりもルリさんの方だ、あんな無茶な機動ができるものなのか?しかも、前半遊ばれてたし!
下手くそ、って罵られても文句は言えない。
怯えていると、ルリさんがチョコチョコと小走りで僕の方に駆け寄ってくる、可愛い。
「・・・・・・下手くそ」
「はうぅっ!」
やっぱり言われた!泣きたい!走って逃げたい!
ルリさんが強すぎる、そんな言い訳なんて聞いてはくれないだろう。
「・・・・・・コブラの予備動作が大きすぎてバレバレ、あんなのアサギしか引っかからない」
え?自分では完璧にできていたと思っていたコブラマニューバだったが、ルリさんからしてみればまだまだらしい。てか、よくあの一瞬で判断できるな、さすがはグレイニアのアグレッサーといった感じか。
僕は慌ててルリさんのアドバイスをメモする。
「こら、どさくさに紛れて私をディスるな」
ルリさんにディスられていることに気づいたアサギさん、少し不満げに言うが、それを聞いたルリさんは口角を上げて珍しくニヤッとしていた、とても可愛い。
「ルリ、強かった?」
チグサが僕の肩から、顔を出して聞いてくる。
「前半は遊ばれてた」
「うそ?」
「ホント」
嘘じゃない、死角の真下にいるなんて反則だ、実戦じゃほぼありえないだろう。たまたま、気になって下を見たから良かったものの。しかし、それは言い訳、ちゃんと精進しないと。
チグサは僕の言葉に恐れをなしたのか、ルリさんの方を恐る恐る向くと、彼女はニッと笑っていた。
逆にそれが怖い。
「やっぱりルリ、怖いね・・・」
「ばっ!!」
慌ててチグサの口を押さえて止めようとしたが、時すでに遅し、瞬間移動でもしたのか、既にチグサの目の前にルリさんが立っていた。
「・・・・・・チグサも模擬戦する?」
全然笑ってないジトッとした蒼い目、関係ない僕が見ても恐ろしい・・・。
「なななな、なんでもないよ!ルリ、強くて凄いね!」
それで誤魔化せているのか、チグサが慌てて言葉を並べる。
「おお、それがいい」
そこに、ここぞとばかりにルリさん側につくアサギさん。
「アサギさんまで!・・・そうだ、レ、レイ!一緒に飛んで、お願い!」
なんだか涙目になりながら、僕の両腕を持ってゆさゆさと揺らして訴えてくる。
「ええ、無理だよ、さっき飛んだばかりだし」
「そこをなんとか!」
黄色い瞳をうるうるさせ、可愛さ全開でお願いしてくるチグサ。ダメダメ、僕にはそんな攻撃効かないぞ!自業自得だ。
《ーー戦闘機隊搭乗員集合、ブリーフィングルームーー》
基地放送が流れた。
僕の腕をガシッと掴んでいた、涙目だったチグサの顔はパアァと明るくなり。
「ほら、みんな行こ!」
と、一目散に走っていく。
「あいつ、運いいな」
「ですね」
「あらー、面白かったのにねぇ、ルリ」
「・・・・・・別に」
しかし、戦争も終わったのに何だろうか。僕達もチグサの後を追って、ブリーフィングルームに急いだ。




