第18-2話
この睨み合いは長く続くことはなく、ウェアウルフが先に動く。あの素早い速さで俺の正面まで突進し、爪を振り下ろしてきた。
「でやあああああ!」
その爪を剣で防ぐと金属同士がかち合ったような音が響いた。
「なんだと!」
仕留めるつもりであったウェアウルフが驚きの声を上げた。
俺はすぐさま剣を握り直して反撃の一振りをお見舞いする。が、その攻撃はウェアウルフに飛び退かれてしまい当たることはなかった。
距離が生まれ俺は先ほどまでと同じように剣を構える。ウェアウルフから先ほどまでの余裕がなくなったように見えた。
「こ、この――」
ウェアウルフが何かを言いかける。俺はその隙を突く。剣を後ろにし、地を蹴り上げて間合いを瞬く間に詰めた。そして、水平に振り出した剣はウェアウルフの胴を斬り裂いた――、はずであった。
「ぜえい!」
頭上に振り下ろされた爪を俺は辛うじてかわす。ウェアウルフにダメージはないようだ。
「くっくっく、俺はこの辺りの鉱物を身体に取り込んでいる。その剣はなかなか丈夫なようだが俺に傷をつけることは出来ないようだな」
そう言いウェアウルフは腹を擦る。たしかに何の跡も残っていないようだ。
鉄も容易く斬り裂くこの剣が通用しないなんて……。あの爪は防げるようになったが、ダメージを与えれなければ意味もない。
ウェアウルフが襲いかかって来る。俺は距離を取りながら好機を窺う。
頭を攻撃すればさすがのウェアウルフもタダでは済まないはずだ。
しかし、追いつけるようになったと言っても俊敏なウェアウルフの頭を攻撃するのは並大抵の技では出来ない。爪を受け止めてすぐさま頭を狙って反撃するがかわされてしまう。
攻防が続き、息があがってくる。ウェアウルフにも少し疲れの色が見えるがその速さは衰えない。
「しぶとい人間だ。お前がここまで遊べるとはな」
「余裕振っているけど、相当必死に見えるよ?」
「それはお前の目が節穴なだけだ。トドメを刺してやる」
やれるものならやってみろ、と返したいところであったがそれは言えなかった。ウェアウルフから威圧的な雰囲気が消えたことに、俺の本能が焦りを覚えて剣を構えたからだ。
敵意がなくなったのかと感じるほどウェアウルフは脱力していた。だが、そんな訳はない。
――来る。
一陣の風が吹き抜ける。ウェアウルフはそれに乗るように動き出したかと思えば、次の刹那には俺の眼前にいた。
両の爪が俺を切り裂こうと向かってくる。それはとてつもなく速くこれまでの比ではなかった。
「ぐあっ!」
なんとか片方の爪は防いだが、もう片方の爪が俺の身体の表面を走った。反射的に後ろへ退がり距離を取る。
切られた。
しかしそれは中に着込んでいた鎖帷子と皮膚だけで済んだようだ。ズキズキと痛むが動くことに支障はない。一筋の汗を流して再び剣を構える。
「くっくっく、本気だったんだがなあ。しかし、これで力の差がわかっただろ? 十秒後、お前は血まみれになって倒れているだろう」
さっきの攻撃をもう一度防げる自信はない。俺はここで殺されてしまうのか。また転移で逃げるという手はあるが、もうそれは嫌だ。外では大勢の兵士とハルバさんがケーニヒウルフと戦っているんだ。今俺が逃げるとウェアウルフもそこに参戦し、皆が殺されてしまう。
無理とわかっていても飛び込むしかない。
俺は覚悟を決めて剣の柄に力を込めた。地を蹴ろうとしたその時、
「おーい、犬っころー!」
「こっちだこっちー!」
空から子供の声が降ってきた。
「このクソ犬め、俺が遊んでやるよ!」
「バーカバーカ!」
生意気そうな男の子の声とぽわぽわした女の子の声。ガーディとハーディだ。
「……なんだあのウサギは」
ウェアウルフは振り返って声がする方に目を遣った。俺から意識が逸れた。
全力で地を蹴った。剣に魔力を送り込む。それに呼応するように刃が輝く。
「うりゃあああああああ!」
気合の掛け声とともに剣を振り抜く。咄嗟にウェアウルフは爪で防御した。しかし、それは意味を成さず、爪を叩き折った剣はそのままウェアウルフの身体を斬り裂いた。
「ぐおおおおおお……!」
断末魔を上げ、ウェアウルフは前のめりに倒れた。
再び動く様子はない。
「パンパカパーン!」
上空にいるハーディがいつもの気の抜けそうな効果音を口で鳴らした。
俺は余韻に浸る間もなく城門に向かって駆け出す。
城門前では多くの兵士が倒れていた。残った兵士は武器を構えケーニヒウルフと対峙している。
今まさに新たな兵士がケーニヒウルフの餌食になろうとしていたが、
「お前の相手は俺だあああああ!」
俺が叫んでその凶刃を止めた。
ケーニヒウルフが俺を視界に捉える。
「なんだ? 死に急ぎたい人間がいるようだな」
ケーニヒウルフは地を蹴る。地を蹴ったように見えた。ウェアウルフをも超える速さでその瞬間が見えなかった。
しかし、それもまた一瞬のことであった。
俺の視界が赤に染まる。
向かってくるケーニヒウルフの姿が止まっているように見えた。
互いが交差する。俺の手には輝く剣が握られていた。
「バカな……」
背後で最後の一呼吸を使い、そう呟いたケーニヒウルフは、その巨体を地面に落とした。




