第19話 元の世界に帰ろう
夜。
ボートンの町は滅茶苦茶に荒らされていたので、代わりに近くの町で宴が開かれた。避難してきた町の人々も一緒だ。
酒が飲めない俺は少し離れた所でみんなが楽しそうにしているのを壁際で眺めていた。
「今日の主役なんだからもっと騒いでも良いんだよ」
コップを片手にハルバさんが声を掛けてくれた。
「いえ、こうしているだけで十分楽しいので」
「そうかい? なら良かった」
そう言いハルバさんは俺の横の壁にもたれ掛かった。
俺は果物のジュースが入ったコップを握り締めて、ハルバさんの顔を見る。
「あの、今日もすみませんでした。勝手な行動をして……」
「ははは、気にすることはないよ。リュート君の思惑通り事が運んだおかげでこうして宴が開かれているんだ。むしろ俺から礼を言う方だよ」
「そう言って頂けて嬉しいです。ケーニヒウルフとウェアウルフは獣人でした。だから先にウェアウルフを倒せば、討伐ボーナスで能力を発動させることが出来ると思ったんです」
これも賭けであった。討伐ボーナスが魔力を使えるようになるだけなら返り討ちに遭っていただろう。結果としては、俺に付与された魔力と相乗し、ケーニヒウルフを倒せるだけの力となった。
「一人で駆け出してしまった時は心配したけど、無事で良かったよ」
「ははは……、ケーニヒウルフがまた俺の勘違いで種族が違っていたらやられてましたけどね」
俺が苦笑いをするとハルバさんは声を出して笑ってくれた。時折、傷が痛むみたいだけど本当に元気になってくれて良かった。
そこへ、皿に食べ物をいっぱい載せたチビっ子二人がやって来る。
「リュート食べないのー?」
「こんな壁際にいるけど、また根暗野郎に戻ったのか?」
いつも通りの二人にどこか安心する。
あの時、いつもの二人ならありえない行動をした。ウェアウルフを挑発して俺から気を逸らしてくれたのだ。つまり俺の手助けをしてくれた。
ラピスからの言いつけでそれは禁止されているはずなのにどうして……、と訊ねると、
「んー? あの犬と遊びたかっただけだよ。それだけだ」
「ねー」
本当か嘘かわかりにくい答えが返ってきた。
まあ、俺が助かったのは事実だし、この二人がラピスから罰とかをもらわないのならそれで良しとしよう。
夜も深まって行くが、宴が終わる兆しは見えない。俺は途中で兵舎に戻ったけど結局朝まで騒いでいたらしい。大人ってすげえや。
その後、十日ほどボートンの復興を手伝った。完全に元通りとまではまだ行かないが、活気が戻った町を見て俺の中に残っていた罪悪感が消えたような気がした。
帝都に戻った俺は兵士の職務を全うする。その傍ら、あの素晴らしい見晴らしがある場所で、クルジュとハルバさんの二人と楽しく話す懇談会のようなものを楽しんでいた。
今日もその会合が昼前から開かれており、クルジュの愚痴が留まることを知らず、それについてハルバさんが苦言を呈すると、それにクルジュが怒ってという繰り返しでとても愉快な時間であった。ウサギ達はいつもは城内で遊んでいるが今日は一緒にいる。二羽も会話に混ざって楽しそうだ。
そして、そろそろ昼食時になったのでお開きかと皆がその場を後にしようとした。しかし、
「パンパカパーン!」
最近聞いていなかった効果音をハーディが出したことにより、その足は止まる。
「おめでとう! 『この世界に来てから三十日経過』を達成したよ! ボーナスとして元の世界に帰れるよ!」
えっ、元の世界に?
「こんにちはー」
「うわっ!」
急に黒ずくめの少年が俺達の前に現れた。
「ラピス様ー」「ラピス様ー」
ウサギ達がその少年、ラピスの方に飛んでいく。いつもは呼ばれてから出てくるのに、何の前触れもなく出てくるからものすごく驚いてしまった。
「風貌から察するにリュートが言っていた偽死神とやらだな? 本当に神出鬼没で俺も驚いてしまった」
「あっ、クルジュ、こいつはラピスっていう名前らしい、です……」
また偽死神と言われて気を悪くされても困るので、すかさず訂正を入れる。
「初めまして、皇帝陛下。ラピスと申します。リュートさんとよいお友達になって頂けたそうでありがとうございます」
「うむ、苦しゅうない」
なんでお前が礼を言うんだ。クルジュも返答がおかしいぞ。
「それではリュートさん。元の世界に帰りましょうか」
そう言うとラピスは手を上げて指を弾こうとした。
「ま、待て待て! そんな急に言われても困る!」
「むっ、何か心残りでも?」
手を下ろしたラピスが俺に訊ねた。
「当たり前だ! いきなりこの世界に飛ばしたかと思えば今度は帰るだなんて……」
俺自身取り乱しているのがわかる。でもこれが取り乱さずにいれるかという話だ。
皆が俺を見ている。俺の発言を待っている。少しの時間をもらい頭を落ち着かせた。
「教えてくれ、お前は何者だ? 俺を使って何をしたかったんだ?」
今度は俺からラピスに問いただした。ロウさんも言っていたが大きな謎の一つだ。
ラピスは顎に手を当てて一考したような素振りを見せる。
「ふむ、僕はこの世界を創った者です。人間の色々な生きる姿を見るのが好きなので、類稀な環境や考えを持っていたリュートさんがこの世界でどのように生きられるのかを見たかったのです」
しれっとにわかには信じがたい答えを返されたが、今までのこいつのやってきたことを考えると信じれる内容であった。
「世界を創ったって……。お前は神様なのか?」
俺がそう訊ねるとラピスは少し困った顔をする。
「んー、あまり神と一緒にして欲しくないのですが……、まあリュートさん達に分かりやすく理解してもらうなら、その存在と似たようなものと思って頂いて結構ですよ」
含んだ言い方をするラピスに俺は眉を顰める。
「ラピス様は神なんかよりすごいんだぞ。覚えとけ」
「そうだそうだー」
ウサギ達がやんややんやと騒ぎ始めた。完全に向こう陣営である。まあ元からそうなのだが。
こいつが異質な存在ということは元からわかっていたことだが、俺の理解が及ばない話のようだ。俺をこの世界に飛ばした理由から、自分勝手な奴ということを改めて理解した。
「お前のことはわかった……、ことにしておく。じゃあ、なんで急に元の世界に帰らせようとするんだ?」
「別に急ではありません。最初から今日この日を迎えたらリュートさんをお返しするつもりでしたよ。もしかして、帰りたくないのですか?」
「それは……」
それは当たり前だ。帰りたくない。ここで俺の居場所が出来たんだ。友達が出来たんだ。あんな何もない世界に帰る意味なんてない。
しかし、それを口にするのは何故か憚られた。
俯き加減で苦い顔をしているはずの俺にクルジュが言う。
「リュート、お前が元の世界に帰れるというなら俺は祝福するぞ」
その言葉に俺は頭を殴られた気分になった。
「な、なんで……、そんなこと言うんだよ……」
もう俺と会えなくなってもいいってことなのか。三人で囲んで笑い話が出来なくなってもいいのか。
震える声で呟いた俺に向かってクルジュは落ち着いた調子で俺に語りかける。
「聞け。リュートは俺と初めて会った時に色々と自分のことを話してくれたな。お前は元の世界では一人で生き辛かったと言っていた。それはお前がまだ弱かったからだ。しかし、今のお前は違う。自分で考え、動き、皆の役に立つために強くなった。それに一人ではない。俺という友がいるのだ。それは山を越えようが、海を越えようが、世界を越えようが変わらん。元の世界でも胸さえ張っていればお前は強いままだ」
「クルジュ……」
とても力強く心強い言葉であった。俺はもう一度やり直せるのだろうか。
「クルジュ。俺もリュート君の友達だ。忘れないでくれ」
「はっはっは、そういえばお前もいたな」
「まったく……。リュート君、俺もクルジュと同じ気持ちだ。何かから逃げ出したままでは本当の意味で幸せが訪れないだろう。今のリュート君なら立ち向かえるはずだ」
「ハルバさん……」
二人が俺を強く後押してくれる。俺は唇を噛みしめて俯いた。
この世界で体験したことが走馬灯のように巡る。
気がつけば小生意気なウサギたちと一緒にこの世界に放り出された。
それから歩けばお金が出るという救済処置によりなんとか生活が出来るようになった。今思っても可笑しな救済の仕方だ。
帝都にやって来て参加したマラソン大会。よくも転移能力を使うという不正を行おうと思ったものだ。お金に目が眩むと俺は大胆になるらしい。しかし、そのおかげでクルジュとハルバさんという友達が出来た。
クルジュに兵士になれと言われた時は到底無理と思ったけど、普段の仕事なら意外とやれたのでは、と自分では思う。しかし、失敗の繰り返して、仕舞いには町を丸ごと奪われる原因を作ってしまった。そんな重大な失敗をした俺を励ましてくれたのはやはりクルジュであった。そのおかげで俺は立ち直り、ロウさんに頼んで鍛えてもらって強くなった。
そして、ウェアウルフ達との戦い。まさか俺が生死を賭けた勝負をするなんて考えたこともなかった。だが、俺はそれに勝ったのだ。町も取り返して復興が進み、一安心出来た。
今日でこの世界に来て三十日目らしいが、色んなことがあったものだ。何より俺自身が大きく成長出来たことがよくわかる。
俺は顔を上げて友達の顔を見る。決心を固めた。
「ありがとう二人とも。俺、元の世界に帰るよ。この世界で積み上げたものを決して忘れない。二人にいつでも顔向け出来るように立派に生きてみせる」
クルジュとハルバさんが静かに頷いてくれた。
俺は振り返り、この世界で世話になり世話をした二羽を見る。
「ハーディとガーディもありがとう。楽しかったよ。いつも一緒に居てくれて助かったよ」
それを聞いてウサギ達がスイーっと俺の方に飛んでくる。小さな前足で肩をポンポンと叩かれた。
「リュート、立派になったね。私も嬉しいよ」
「その気持ちを忘れるなよ。お前を育てたのは俺だ。強く生きろ」
完全に保護者目線で言っているが、お前達の生活の面倒を見てたのは俺だということも思い出して欲しい。
「話はまとまったようですね」
「……ああ」
ラピス。悔しいけど俺が成長出来る最初のキッカケをくれたのはこいつだ。ラピス自身にそのつもりは全くなかっただろうけど、事実として俺は強くなれた。感謝はしないが、最後までこいつの手の平の上で踊ってやろう。
「では」
ラピスが指を弾いて音を鳴らした。
最後にもう一度クルジュとハルバさんの顔を見ると、二人とも柔らかい笑顔であった。俺も同じ顔をしていただろう。
世界が暗転した。
目を開くとすぐそこに銀色の柵があった。足元は踏み慣れたコンクリートの床。空を仰げば雲ひとつない青空が広がっている。柵の隙間から下を覗いてみると見覚えのあるワンボックスカーが停まっていた。
元の世界に帰ってきたようだ。しかも俺が飛び降りようとした直前の時間に。
いつの間にか服装も学校の制服に変わっていた。もちろん腰に剣はない。体の内にあった魔力の感覚も消えていた。
長い夢から覚めたような感覚だ。しかし、異世界にいた日々はしっかりと記憶に残っている。
もし、また何かに行き詰ったらこのビルの屋上に足を運ぼう。もちろん飛び降りるためではない。ここに来ればクルジュやハルバさんと話せる気がするからだ。
俺はゆっくりと噛みしめるように歩いて、安っぽい扉のドアハンドルに手をかける。扉を開くと光輝く階段がそこにあった。
もう逃げない。
俺のその思いが階段を光らせている。
後ろ手に扉を閉め、俺はその階段を一段ずつ降りた。
これにて完結です。ここまで読んで頂きありがとうございます!
最終話だけ読まれてる方は良ければ1話からお読み頂ければなと思います。
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また新しく連載した時もよろしくお願いします。




