第14-2話
昼過ぎということもあり、街中は人で溢れかえっていた。昨日まで山の中の町にいたので人の多さの違いに少し酔ってしまう。
あれこれ店を探すのも大変なので、この間の少し路地を入った所にある喫茶店に入ることにする。
そして席に座るなり二人は、デザートを次々と注文し、それはもう美味しそうに平らげていった。相変わらずの金ならある状態なので遠慮なく俺も普通の食事とデザートを食べた。
満腹になったので腹の調子が良くなるまでゆっくりしようと思ったが、二人はもう満足したようで早く店を出ようと言って聞かなかったので渋々と店を出る。ああ、もう自由は奪われてしまったんだな、と昨日の束の間の開放された時間を懐かしんだ。
さて、店を出たがこれからどうしようか。クルジュにこの先のことを相談しに行こうかな。
などと考えながら路地から大通りの方に向かおうとしたその時、何かが俺にぶつかってきた。
「きゃっ!」
きゃっ?
ぶつかって短い悲鳴を上げたものは女の子だった。金色のロングヘアーで水色のワンピースを着ている女の子は、俺にぶつかって尻餅をついてしまった。
あれ、どこかデジャヴを感じるぞ。
「すみません、ぶつかってしまって――、あっ!」
あっ?
女の子が顔を上げて俺の顔を見るや、何かに気づいたように声を上げた。
そして俺もこのやり取りとこの女の子のことを思い出す。いや、トラウマに刻み込まれているので思い出す必要もなかった。俺の財布と金を盗った女の子だ。
「まずい!」
「あっ、こら待て!」
俊敏な動きで立ち上がった女の子は路地の奥へと駆け出したので、俺もその後を追いかけた。とてつもなく速い。
女の子の背中を追うというのはどこか変な感じがするけど、今の俺はあの時とは違うんだ。捕まえて牢屋にぶち込んでやるぜ。そう意気込んで路地の狭い道をひた走る。
追いかけっこをすること数分。もう街のどの辺りにいるのかもわからなくなっていた。古びた壁に挟まれ、昼間なのに薄暗い場所だ。
「はあ、はあ、ま、待って……!」
俺は息も絶え絶えになってきたが、女の子の走る速度は変わらない。この間のマラソン大会にあの子が出ていたら負けていたかもしれないとまで思ってしまう。
女の子がさらに路地を曲がったので俺もそれに倣う。すると、女の子は立ち止まってこちらを向いて仁王立ちしていた。
「ここまで追いかけて来るなんてご苦労なこった。どうやらオレに献上する金が貯まったみたいだね」
「逆だ! 盗った財布と金を返せ!」
「この前と違って随分強気じゃないか。女を相手にする時はもっと優しくするもんだぜ」
「う、うるさい! 強盗を捕まえるのに男も女もない!」
女という単語にドキリとしてしまう。色んな修羅場を潜ったが異性に対する耐性は付いていなかったようだ。
「じゃあその強がりがどこまで続くか見せてもらおうか。おい、お前ら!」
「へっ?」
女の子が声を上げると物陰から悪の道の極地に至っているような極悪顔の男が五人現れた。女の子のそばに二人と俺の後ろに三人だ。これまたデジャヴ感があるが前より数が増えているのは気のせいだろうか、いや気のせいではない。
「これで素直になったかい。あのおチビちゃん達に心配かけたくなかったら有り金全部出しな」
言われて気づいたがハーディとガーディがついて来ていなかった。そもそもいきなり走り出した俺を追いかけようとしたのかすら怪しい。俺がボコボコにされて戻ってもあいつらは大笑いするだけだろう。心配なんてするはずもなかった。
「お前達に渡す金なんてない。全員捕まえてやる!」
俺はウェアウルフを倒すんだ。こんな奴らに負けていては話にならない。
「へえ、大きく出たね……。お前ら、可愛がってやりな」
男達がにたにたと下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。だが、俺が剣を抜けば怯むはずだ。そこを狙って一気にカタをつける!
まずは後ろの三人を倒してやる。俺は腰に携えている剣に手を伸ばした。しかしその手は空を掴む。
あれ? 剣がない。
頭の中の記憶がギュルルと音が鳴りそうな勢いで巻き戻されてその原因を探し始めた。そして原因の一場面を発見する。
そうだ、ウェアウルフに剣を折られたんだ。それから新しく剣を手に入れる暇もなかった。そもそも、今俺はボーナスでもらった『旅人に見える服装セット』を身に着けているから兵士とすら見られていないだろう。
やばい、殺される。
今すぐ金を出せば許してもらえるだろうか。所持金は七十リラほどあるのでこの前より多い。土下座をして無礼の数々を詫びればこの強盗達も聞き入れてくれるはずだ。あのウサギ達相手ならそうもいかないだろうけど。
見せてやるぜ、俺の土下座テクをなあ!
と、親に見られたら情けなさで悲しみにくれる行為をしようとしたその時、
「そこまでよ」
背後から声が掛かる。
その場にいた全員が声がした方に目を向けると、そこには長身の男が立っていた。俺はその男に見覚えがあった。
この間、喫茶店の前で出会ったオネエの人だ。確か名前は……、忘れてしまった。それ以外が強烈過ぎたから仕方がない。
「なんだてめえ」
「通りすがりの旅人といったところかしら。それより、あなた達は悪い人みたいね。私がやっつけてあげるわ」
「お、おう……」
急に現れたオネエに強盗達は慄いているようだ。正確に言うとその雰囲気や言葉遣いからやばい奴だと本能が察知したのだろう。
「どうする?」
「ふん、正義の味方気取りとは気に食わねえな。オレの前で泣いて詫びを入れさせろ」
女の子がそう指示を出すと三人の男が俺から離れオネエに向かっていく。オネエは余裕の表情だ。
男の一人が殴りかかる。しかし、その拳は難なくかわされた挙句、腹に拳底を打ち込まれ倒れてしまった。怯んだもう一人の男も顎に同じく拳底を打ち込まれて糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「この野郎!」
残った男はナイフを取り出してオネエに斬りかかった。それでもオネエは顔色ひとつ変えず、
「野郎だなんて失礼しちゃうわ」
抜刀すると同時に男のナイフをはじき飛ばした。
あまりの剣筋の速さに目を白黒させている男にオネエは刀を打ち込んだ。それにより男は悶絶しながら地に伏した。
俺がその光景に口を開けながら見ていると、オネエは俺を見て微笑んで言う。
「安心して、峰打ちよ」
男の痛がりようを見てどこを安心して良いのかわからないが殺してはいないらしい。
呆然と見ていたのは女の子達も同様であったようで、口が開いていた。
「くそ、逃げるよ! 覚えてろ!」
我に返った女の子が定番セリフを残すと、倒れている男達を残して路地のさらに奥へと走って消えてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ついつい身構えてしまうが、命の危機を助けてくれた恩人に礼をすると、にこやかに返事が返ってきた。
「怪我はない? えーと……、何君だったかしら?」
「リュートです。そちらは……」
「ロウよ。あなたがすごい勢いで走っていくのが見えたから気になって追いかけてきたの。危ないところだったわねえ」
「おかげで助かりました……」
もう少しで俺の土下座をロウさんに披露するところであった。危ない危ない。
「チビちゃん達はお留守番かしら?」
「いえ、喫茶店にいたんですけど、どこかではぐれてしまったみたいで」
「そう、じゃあ戻りましょ。心配して泣いているかもしれないわ」
「あはは……、どうですかね」
絶対にそんなことはないが笑って流した。あいつらが俺のために泣いていたとしたら俺が泣いてしまう。
路地に二人の足音が響く。ロウさんが倒した男達はそのままにしてきた。縛るものでもあれば良かったが、兵士に連絡して連れてきた時には男達も逃げ出しているだろう、ということで牢屋にぶち込むのはあきらめた。
ウサギ達やロウさんの使い魔である鳥の話をしながら大通りを目指す。ロウさんは買い物程度で外に出てきたらしく、鳥は宿で留守番しているらしい。
そんなたわいない話をしていたが、前を歩くロウさんにあるお願い事をしようと俺から話題を変える。
「ロウさんってお強いんですね」
「ありがと。これでも故郷では有名なのよ」
「北にある国、でしたっけ」
「そう、ヴェティアベル帝国ね。旅が趣味だからこうやって違う国に遊びに来ているの」
「まだしばらくここにいるんですか?」
「んー、そうね。今日明日に出るということはないと思うわ」
それを聞いて俺はロウさんの正面に進み出て頭を下げた。
「お願いがあります! 俺を、俺を鍛えてください。ロウさんみたいに強くなりたいんです!」
唐突なことでロウさんを驚かせたことだろう。でも俺は強くならなければいけない。ロウさんの身のこなしを少し見ただけで城のどの兵士よりも強いということがわかった。そんな強い人に鍛えてもらえたら俺も強くなれると思った。
「顔を上げてちょうだい」
ロウさんが短くそう言ったので、俺はそろーっと顔を上げた。
すると、その顔を両手で挟まれた。
「うーん、いい顔つきしてる。余程何か大事なことがあるのね。いいわよ、お兄さんがたーっぷり鍛えてあげる」
顔を近づけられ囁くようにロウさんが承諾してくれた。こわい。ただこわい。顔を背けたくてもすごい力でロックされているので動けない。
本当にこれで良かったのかと思ってしまうが、もう後戻りはできない。俺は強くなるんだ。そしてボートンの町を取り返す。
喫茶店に戻るとウサギ達はまたデザートを食べていた。こいつらどれだけ食べるんだ、と思ったがすぐに会えたからよしとしよう。
そしてなんとその食べていたデザートの代金をロウさんが払ってくれた。この間の約束らしい。大人ってすげえや。
早速その足で街の農地にある兵士の修練場に向かった。部外者のロウさんが入ることになるけど、兵士である俺が強くなるためだし怒られることはない、と思いたい。あとでクルジュに許可をもらおう……。




