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第13-2話

 急いで兵舎に戻り、担ぎ込んだ兵士を兵舎の管理人さんに預けた。

 ハルバさんはここにいないらしく、おそらく町の入口近くの駐在所にいるのでは、とのことだ。兵舎にいた他の兵士にも緊急事態を伝えると、皆慌しく支度を始めた。

 俺は一足先にハルバさんがいると思われる駐在所に駆け足で向かった。


 誰もいない街中を走り抜け、町の入口にある門が見える所で俺は足を止めた。何故なら先ほどの狼が数え切れないほどいたからだ。向こうはこちらに気づいていないようなので、物陰から狼達の様子を覗った。


 狼達は何をするわけでもなく、おとなしくしているように見える。それどころか隊列を組んでいるようにも見えた。一体何を考えているのだろうか。


 奥を見ると。夜は閉まっているはずの大きな門が開け放たれていた。さらによく見ると、何人かの兵士達が地に伏しているのを見つける。動く気配はない。

 あの中にハルバさんが……。

 そんな不安がよぎったその時、背後からバラバラと足音が聞こえた。


「リュート君か。無事でなによりだ」


 小声で俺に話しかけてきたのはハルバさんであった。手には剣が握られ、何十人という兵士を後ろに携えて来られたようだ。


「街中にレージウルフが現れてそちらの対応をしていたのだが……。あれを見る限り策にはめられたようだ」


 ハルバさんは唇を噛む。あれというのは大量の狼、レージウルフ達がいることだ。策を弄するほど頭が良いのだろうか、と少し疑問に思う。


「今なら気づかれていない。奇襲をかけるぞ」


 落ち着きを払った声でハルバさんは後ろに控える兵士達に指示を出し、合図のために右手を挙げた。


「あの、お、俺も……」


 力になりたい。

 そう口にしようとしたが言葉に詰まってしまう。俺はあの灰色の群れに恐れをなしているようだ。

 そんな俺の気持ちを察してか、


「ありがとう。でも無理はしなくていいからね。後方から援護してくれるだけでも助かるよ」


 ハルバさんがこの緊迫した状況に似合わないにこやかな表情で俺にそう言ってくれた。

 この人の役に立ちたいという気持ちが高まる。


「大丈夫です。俺、さっき一体倒しましたから」


 自らを鼓舞する気持ちで言った。俺にもやれるはずだと奮い立たせた。

 それを聞いたハルバさんは少し驚いた表情に変わる。


「それはすごい。じゃあ、頼りにさせてもらうよ」


 ハルバさんが手を差し出したので俺はそれに軽く打ち合わせた。やってやるという気持ちが大きくなる。


「俺達はなにもできないからここで見てるよ」

「がんばれー」


 ウサギ達はそういうと高く昇って建物の屋根の上へと飛んで行ってしまった。あいつらも手伝ってくれたら簡単に倒せるのだろうけど、ラピスの言いつけとやらのせいで協力できないということか。少し不満に思うところもあるが、今それを嘆いても仕方がない。全力で自分ができることをしよう。


 この場にいる全員が息を呑む。レージウルフ達は背中を見せている。俺達が突撃すれば初撃でかなりダメージを与えれるはずだ。


 そしてその時が来る。

 ハルバさんが挙げた右手を振り下ろした。

 一斉に全員が駆け出し、俺も負けじとその後を追った。

 先頭の兵士達が群れにぶつかる。虚を突かれたレージウルフ達も応戦に入ったようだ。

 混戦になりあちこちから勇ましい声や獣の唸り声が上がる。

 俺はその中を動き回って一対一で戦える相手を探す。見つけるとすぐに能力を発動し斬り捨てていった。

 こちらが優勢のようでレージウルフの数は減っていくが、まだまだ油断はできない状況だ。

 そんな血みどろの戦場に場違いな声が響く。


「はい、ストーップ!」


 幼い声だ。

 呆気にとられた兵士達の手が止まる。いや、レージウルフ達が一斉に後退したせいもある。

 そして声を上げた主と思われる人影がレージウルフ達の後方から現れた。


「こんばんは、人間共。あまりこちらの手駒を減らされると困るんだよね」


 俺達と対峙した人物は人間の男の子であった。その姿を見た兵士達の中で動揺が広がった。

 ハルバさんが一歩進み出る。


「キミがこの騒ぎの首謀者で合っているかな?」

「そうだよ。まぬけな人間のおかげで思い通りに事が進んだよ。あっ、まぬけな人間ていうのはそこのお兄ちゃんのことね」


 男の子は俺に指を差した。

 たしかにこの男の子には見覚えがあった。今日鉱山から町に帰る時に見つけた迷子の男の子だ。


「外から崩せないなら中からってね。この辺りを人間共が我が物顔でいるのが気に食わないんだ。だからこうして追い出しに来たってわけ。ありがとうね、お兄ちゃん」


 その事実を告げられ背筋が凍り俺の頭はぐちゃぐちゃになった。

 俺のせいで魔物が町に。また俺は足を引っ張ってしまった。しかも人の命を脅かす失態だ。でも俺は良かれと思ってこの男の子を。でもそれはこの男の子の策略だったんだ。兵士の俺ならすんなり町に入れるのを知っていて。でも俺がもう少し怪しんでいればこんなことに――。


「リュート君!」


 呼びかけられ俺はハッとする。


「ハルバさん……、俺……」

「しっかりするんだ。事の詳細は後で聞くから今はこいつらを倒そう。力を貸してくれ」

「……はい」


 そうだ、嘆いていてもしょうがない。こいつらを片付けたらハルバさんやみんなに謝ろう。謝って許されることではないだろうけど、俺の力を使ってこいつらを倒すんだ。


「もういいかい? じゃあ、戦おうか」


 男の子がそう言って両手を広げた。すると、バキバキっと木の幹が折れるような音を鳴らしながら男の子の骨格がみるみる変わっていく。明らかに人間ではない。


「ふー。さあ、来な。俺様が何匹でも相手にしてやるよ」


 そいつは人間の男の子の姿から化け物の姿に変わっていた。顔は狼のようで身体は人間より遥かに大きく、手には鋭い爪を持っていた。


「ウェアウルフか……。皆、気を引き締めろ!」


 ハルバさんが叫ぶ。その声に兵士達は武器を構え、じりじりとウェアウルフとの距離を詰めていく。

 このまま一斉に掛かれば……。そう思った瞬間であった。

 ウェアウルフが消えたのである。

 いや、消えたと思った次の刹那にはウェアウルフは囲んでいた兵士達の後ろにいた。そして後ろを取られた兵士達はバタバタと倒れてしまう。

 何が起こったのかわからなかった。

 ハルバさんの顔を見ると、焦りと苛立ちが混じった表情をしていた。こんなハルバさんの表情を見たことがなかった。


「リュート君!」

「は、はい!」


 焦燥感に駆られたような声でハルバさんが俺を呼んだ。


「今すぐ転移して帝都まで行くんだ! 時間がかかっても良い、この事態を報告して応援を呼んで来てくれ!」

「えっ……、でも……」


 それは俺だけ逃げることになるのではないのか。俺がこの事態を引き起こしたというのに。俺にはそれが耐えれなかった。


「そんなことをしなくても俺が倒してみせます!」


 俺は剣を抜いてウェアウルフに突進した。


「ま、待つんだ!」


 ハルバさんの制止を振り切ってウェアウルフに接近する。

 能力を発動させればこんな奴……!


「世話になったな、まぬけな人間。礼に一撃で葬ってやろう」


 ウェアウルフも俺を敵と認識した。これで能力が発動する。

 敵を剣の間合いに捉える。

 だが、視界は赤に染まらない。

 ウェアウルフの後方にレージウルフが控えているが、今は一対一のはず。数の制約には当てはまらない。

 それなのに能力が発動しないということは――。

 こいつは〝獣族〟ではない。


「うわあああああ!」


 もう引き返すこともできない。俺は声を張り上げ剣を振り下ろした。


「ふんっ」


 その一太刀はウェアウルフの鋭い爪によって打ち払われた。その衝撃で剣の刃が折れてしまう。


「あっ……」

「クックック。死ね!」


 ウェアウルフの鋭い爪が振り下ろされる。

 こんな状況を招いた上に殺されるなんて。挽回しようと先走ったばかりに殺されるなんて。

 俺はこいつの言う通りまぬけだ。

 すみません、ハルバさん。

 ごめん、クルジュ。

 ひと時でも友達になってくれて嬉しかったよ。


「ぜやあああああ!」


 突然俺は背中に強く引っ張られ後ろに転んだ。それにより凶刃に倒れずに済んだ。

 すぐに起き上がって正面を見ると、ハルバさんの肩にウェアウルフの爪が食い込んでいた。


「ハルバさん!」


 ハルバさんの肩からは鮮血が流れている。手には剣が握られ、その刃はウェアウルフの腕を抑えていた。そのおかげで爪は肩で止まったようだ。


「リュート君、早く……! キミしか頼れないんだ」

「くっ……!」


 俺のせいでハルバさんが。しかし悔やんでいる間はない。


「わかりました、必ず応援を呼んできます!」


 俺は決心して目を瞑った。


「逃がすか!」


 ウェアウルフがハルバさんを押し倒してそのまま俺に向かって爪を振り下ろした。だが、その爪は空を切る。

 俺はボートンから帝都までの半分の距離の地点に転移した。

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